4 卒業 ②
卒業式を迎える数ヶ月前のことだ。元々ダランの生徒で数年前に教員となったモーリス・シュタインバーズが、突如として姿を消していた。関わることが全くなかったためシーナは何も気にしていなかったが、教員同士の間では大きな問題となっていたようだ。
後から聞いた話だが、多くの教員たちはカクリスに攫われたのだろうと感じていたらしい。だが、直感的にそう考えていたとしても、現実には矛盾点があることも否めなかった。
カクリスはいろいろな場面でダランから反感を受けていた。というのも、突然村や人々を襲ったりしていたからだ。しかし、そうであっても、一教員を攫うようなことは一度もしたことがなかった。さすがにリスクがあると考えたのだろうが、やはりそれまでやってこなかったことを突然するとは考えにくく、現実にも違うことが後々判明することとなった。
モーリス・シュタインバーズのように、時折、学校から、文字どおり消える人物がいる。そういった人物に共通していることは、消える前からあまり学校で姿を見ることはなく、ある日突然アールベストではない場所で死体となって発見されるのだ。また、ユキア・オムロンのように命を落とすこととなった要因がはっきりとわかる人はほとんどおらず、校内でもほとんど話題に上がることがないままに人々の記憶から薄れていくのだ。
今回の場合、モーリス・シュタインバーズの死体が卒業式の時点においても発見されていないということが、いつもと違うところだ。数ヶ月間、彼の遺体はどこからも発見されていない。今回はどうやら状況が違うようだ。
——シーナがこれらのことを網羅的に理解したのはずっと後のことだ。
「モーリス・シュタインバーズ先生がいなくなったって聞いたけど、本当?」
シーナがリリアにそう尋ねたのは、彼を心配する気持ちよりも好奇心の方が強かった。
「ええ、本当。だけど、まだ真相がよくわかっていないの」
「みんなで探しに行くとかは?」
「……今のところ考えていないわ。どこで何があったのかもわかっていないし、闇雲に探すのは無理がある」
「であれば、モーリス・シュタインバーズ先生が帰ってこなくてもいいってこと?」
「いいことはないわ。でも、現時点でできることはない」
シーナはしばらく口を閉じた。
このやりとりをしたのは、卒業式から一週間ほど前のことだ。それ以降今日まで何の進展もなさそうであるため、モーリスは失踪したままとなっているのだろう。そして、卒業式を迎える日まで探しに行くこともなかった。
「誰か先生が、モーリス・シュタインバーズ先生のことをほとんど見たことがないとか言ってた。それは本当? 彼はどういう人物だったの? どうしてダランにあまりいなかったの?」
「……誰が言っていたのか知らないけど、モーリス先生は普通に学校に来ていたわ。その誰かがあまり彼のことを見なかっただけじゃないの?」
「そ、そうかもしれないけど……」
結局、シーナは何も知ることがないまま終わってしまったということだ。
「そうそう、結婚式を考えないとね」
「え、何?」
シーナは突然の言葉に自分の耳を疑った。一体何を聞き間違えたのだろうと思った。
「だから、あなたとイールス学長の結婚式よ」
「え? 私たち、まだほとんど話したことないよ?」
「それは、不幸にもあなたが記憶を失ってしまったからよね。でも、それまでのあなたたちは本当に仲が良くて、シーナ、あなたからも結婚したいって言っていたのよ」
「そうだったの? ……でも、早くない? 私、まだ十六歳だよ」
「平均しても二十歳前後が多いでしょ。他の人よりもちょっとだけ早いぐらいだし、問題ないわ」
「そうかなぁ……」
「それに、あなたたちが本当に仲が良かったということなのよ。……信じていいのよ、私のことを。あなたたちのことなら、一番近くで見てきたから」
「そうかなぁ……。そうだったのかなぁ……」
シーナは少々恥じらう様子を見せつつ、俯いて複雑な心境をした顔を見せないよう努めた。
「大丈夫よ。私が何かと手伝ってあげるから」
「…………」
その後、適当にはぐらかしてその場をやり過ごしたのは記憶に鮮明に残っている。
過去の記憶がないのに、どうしてあれほど違和感を覚えたのかは後になってもよくわからない。しかし、当時のシーナは、理由のない何かを感じ取っていたのだった。




