4 卒業 ①
ダラン総合魔法学校の噴水前に、たくさんの生徒が集まっていた。過去の思い出話に耽る者もいれば、今後について語り合う者もいた。その場にいた全員、教員、生徒を問わず、悲しみに暮れるような者はおらず、皆前を見ていた。
シーナもそのうちの一人だった。
しばらく彼女は他の生徒たちと噴水前で話していたが、しばらくすると、少し離れたところで、今度は多くの教員が彼女を取り囲んでいた。
「シーナが残ってくれて本当に嬉しいよ」
「心強いよね」
「これからはダランの時代だな」
「生徒には優しくするんだぞ」
いろいろな声が飛び交っていた。
彼女らがそのように話している理由は、察することができるように、シーナが卒業後にはダランの教員となるからだ。
「いいえ、先生。私はまだまだ未熟者ですから」などと言い、彼女は笑って過ごしていた。
この日は卒業式だったのだ。だから、こんなにたくさんの人々が学校に集まり語り合っているのだ。もちろんダランに残る、言い換えれば、ダランの教員となる生徒も複数いるのだが、その中でもシーナは群を抜いて実力者だった。だからこれほど教員たちに取り囲まれ歓迎されているのだ。
「謙虚だなあ。もっと図々しくなってもいいのに」
「いいえ、シーナはこういうところもいいのですよ」
そんな会話が繰り広げられているところに、リリア・ボード総合指揮官がやってきた。他の教員たちは黙って彼女に視線を移す。
「シーナ、あなたが教員になることになって、本当に嬉しいわ。他の教員のみんなもそう。あなたがこれからもたくさん活躍することを祈っている」
「ありがとう、リリア。まあ、私は普通の教員になって、普通に生活する予定だけどね」
シーナは笑った。同じようにリリアも笑ったが、目は笑っていなかった。
競技場での卒業式が終了した後、生徒や教員たちはこのように噴水前に集まることが多い。そのまま帰宅する生徒もいれば、友人やお世話になった教員たちと少しだけ会話していく生徒もいる。
シーナもつい先ほどまで噴水前にいたが、ようやく寮の自室に戻ってきた。教員になると、もうこの寮に住むことはできない。そのため、荷物をまとめているのだ。
色々な荷物をまとめていたところ、見覚えのないバッジが目に留まった。どうしてそこにあるのか、一体何を意味するものなのかわからないが、とにかく「現代魔法研究所」とだけ書かれていた。だが、シーナはこれが意味する内容もわからず、ひとまずボストンバッグに入れておいた。
このダラン敷地内にある寮は生徒用のものであり、教員になるとグランヴィルの端にある教員用のマンションを利用することが可能となる。寮よりもずっと住みやすく、部屋も少しだけ広い。
「シーナ、まだいる?」
突然シーナの自室にやってきたのは、アイリスだった。前の一件以来話したことがなかったが、卒業ということもあって挨拶をしにきたのだろうか。
「どうしたの、アイリス」
「前はごめんね。ちょっと状況を理解できていなくて」
「ううん、いいの。もう気にしていないから。入って」
片付けの途中だったが、荷物をまとめたスーツケースを端に寄せ、ベッドに腰を下ろした。すぐにアイリスが隣にやってきた。
「私もごめんね、きつく言っちゃって。アイリスに悪気がないことはわかっていたのに」
「いいの。……シーナ、ここの教員になるんだってね」
「知ってたんだ」
アイリスの耳にも届いていると知って、シーナは驚いた。いろいろな人に言って回った覚えはない。数少ないうちの誰かの口が軽かったということか。
「結構噂になってるよ。最強の生徒が教員になるって」
「最強だなんて、そんな」
「でも、魔法の扱いにおいては教員も凌ぐほどのシーナが教員になるなんて、本当に頼もしいよね。生徒たちに厳しくしないようにね」
「あんまり人に教えるのは好きじゃないから、そこだけ困ってるの」
「大丈夫だよ、シーナは優しいから。それに、私だっているでしょ?」
「アイリスは本当に優しい人だと思うけど、私が教員になったらもうほとんど会わなくなるんじゃないかな」
シーナは困ったように嬌笑した。
「そんなことないよ、いつだって会えるよ」
「そうだね、場所によったらそうだよね。……アイリスはどこで働くの? そういえば聞いていなかった」
「驚くかもしれないけど、私もここで働くの」
「え?」
無論、シーナは大いに驚いた。学校に残る生徒も多いが、まさかこんな近くにいるとは思っていなかった。それに、アイリスは魔法の扱いが飛び抜けているなどといった特徴もない。
「全然知らなかった。以前から教員になりたかったの?」
「うん、まあ、実はね。人に教えることが好きなの」
「でも……言い方は悪いけど、……魔法は得意ではないよね?」
「そう。だから、講義の授業が中心になると思っているわ」
「確かに、講義系のテストだと上位だった気がする……」
多くの教員は、講義も実技も教えることができる。そのような中でも、実技しか教えないという教員はちらほらいるが、講義しかしない教員はほとんどいない。アイリスのタイプは異例なのだ。
「なら、これからもよろしくね、アイリス」
「よろしく。……今後はマンションに?」
「そう。アイリスも?」
「同じだよ。また、あっちで会おうね」
アイリスは立ち上がり、シーナの部屋から立ち去った。彼女も今頃荷物の整理で忙しくしているのだろう。その合間に時間を作ってここまでやってきたのだろうと思うと、やはり彼女は優しい人なんだと理解していた。同時に、以前の彼女とはどのように接していたのだろうと、半ば落ち着かない気持ちも抱えていた。




