3 魔法運用協議会 ③
およそ一週間後、魔法運用協議会の概要が発表された。シーナも新聞を読んでみたが、カクリス側の提案は完全に削除されていた。対して、ダラン側の提案については大々的に記載されていた。
「どうして、こうも扱われ方に差があるんだろう……」
シーナはただ一人、寮の自室で頭を抱えていた。
「そうだ、リリアは何か知っているかも」
寮の二階へと駆け降りたシーナは、即座にリリアの部屋の扉をノックした。だが、内側からの応答はない。
「どこかに行っちゃったのかな……」
今日は授業のある日だ。学校にいる可能性は十分に高い。
仕方がなくシーナは自室に戻った。彼女は授業がない日だ。だから、部屋でぼうっと過ごしている。
「考えられるとしたら、世界皇帝がダランに肩入れしているってことかな。そうであれば、カクリスの記事をなくして、ダランの記事を大きくする理由がわかる。でも、公正中立なはずの世界皇帝が、どうしてダランに寄っているんだろう。そもそも、前ロマンス時代でルードビッヒ家になったのも気になるし……」
シーナは頭を抱えて考えていたが、とうとう埒が明かないと思い、図書館に向かった。そこになら何か記載があるかもしれないと思ったのだ。
「シーナ?」
図書館に向かっている道中、急に後ろから声をかけられ、彼女は驚いて振り返った。
「……えっと、……アイリス?」
そうだ、目の前にいたのはアイリスだった。記憶を失ってから、全くと言っていいほど関わりがなかった。ただ、今はこちらも相手も一人ずつ。話せるタイミングだと思ったのだろう。
「シーナ、最近変わったよね」
「か、変わったかな……?」
「うん、随分変わったよ。前よりも少しだけ冷たくなった印象もあるし」
「そ、そうかな……?」
アイリスはシーナの顔を覗き込んだ。思わずシーナは数歩下がった。
「何か悩んだりしてる? 私はシーナの友達だよ。頼ってくれたらいいから」
「ありがとう……。いつも、……助かってる……」
「助かってる? 何の話? 私がシーナを助けたことなんて、ほとんどないと思うけど」
アイリスは一歩踏み込んできた。シーナは、目の前にいる人物が悪い人ではないことを理解した。
「そ、そうだったかな……。あ、今、図書館行こうと思っていたんだよね。だから、また今度……」
シーナは歩き出そうとしたが、アイリスに腕を掴まれた。
「ちょっと来て」
「え、どこに?」
アイリスに連れて来られた場所は、寮の一室だ。ここがアイリスの部屋であることは言うまでもない。
シーナはアイリスと並んでベッドに座った。
「急に、何?」
シーナは若干迷惑そうな顔をしていた。自分は図書館に行こうとしていた。しかし、急に腕を掴まれて制止されたのだから、無理もない。
「外だと話しにくいでしょ。だから二人になろうと思って」
「二人になったから話せるというわけでもないと思うけど」
「でも、他人の目や耳を気にする必要はなくなる」
「……まあ、そうだけど」
シーナは仕方がなくため息をついた。アイリスはその顔を覗き込んだ。
「あの事件、噂だけ聞いたわ。本当に、残念に思う」
「あの事件?」
「フローラさんの……」
「えっと……」
シーナが戸惑う様子を見せたので、アイリスは彼女の手を握った。
「ごめん、思い出したくなかったよね。気にしないで。シーナの心に傷があるなら、何とかしたいと思っているだけなの」
「よくわからないけど、ありがとう。でも、大丈夫」
「最近、何か意識しているの? ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、大人びたというか……。前のシーナじゃないみたい」
「……どうして、そこまでして以前の私と比較しようとするの?」
「ごめん。ただ、ちょっと変わったなと思っただけなの」
「……私は変わったよ」
「……どういうこと?」
シーナがため息をついて答えたので、アイリスは食いついてきた。
「詳しくは何も知らない。でも、私は変わった。前のことは何も覚えていないし」
「何も、覚えていない……?」
アイリスは一度唇を湿らしてから続けた。
「フローラさんのことも?」
「……誰のこと?」
シーナがあまりにも不審そうな顔をしたので、アイリスは激しくショックを受けた。
「記憶を、失ったの……?」
「そうみたい。でも大丈夫」
シーナの表情が戻ったので、アイリスはベッドに座り直した。
「記憶を失う前の話は聞いたから」
「……なら、フローラさんのことは聞き忘れたの?」
「だから、誰それ?」
「シーナの恋人でしょ?」
「え?」
シーナは目を丸くした。一体何のことかさっぱり、とでも言いたげな顔だ。
「私の恋人はイールスでしょ?」
「イールス? そんな人いたっけ?」
「学長じゃん」
「え? イールス・ダラン学長と……?」
アイリスは完全に理解できない様子だった。何度も瞬きをしている。
「いや、冗談すぎるでしょ。一体誰に何を聞いたのか知らないけど、さすがに冗談の域を超えているわ」
「ううん、本当だよ。だってリリアが教えてくれたから」
「リリアって、総合指揮官の?」
「そう」
アイリスはまた瞬きを繰り返した。
「ごめん、全然状況が理解できない。シーナの恋人はフローラ・モナコさんだったでしょ」
「……私もアイリスが言っていることを理解できない。私の恋人はイールスだよ」
「二人いたってこと……? 本命はそっち……?」
何もわからないアイリスが悩んでいるのを横目に、シーナは苛つきを覚えていた。
「二人とか、それはひどいでしょ。私は一途なタイプだから、勝手に悪い人みたいに言わないで」
言い捨てると、シーナは立ち上がって部屋の入り口に向かった。
「アイリス、あなたが私の何を知っていたのか知らない。でも、適当なことを言って傷つけるとか、さすがにひどいよ」
シーナは勢いよく扉を開けると、扉を閉めることもせずそのまま出て行ってしまった。




