3 魔法運用協議会 ②
世界皇帝はテーブルに着く全員を見回した。
「後日正式に発表するが、この点については、イールス・ダラン学長の主張を受け入れることとする。さらに、責任は、その個人が属する地方を代表する学校にも及ぶものとする」
「学校にも責任を追及するのは適切ではないでしょう」
ジャックが意見を述べたが、世界皇帝は結論を変えなかった。
「そんなことはない。地方の運営に学校は大きく関わっている。責任を取らないなどあり得ないだろう。……さて、次の議題だが、カクリス魔法学校からとのことだな。説明を求める」
ジャックは眉間に皺を寄せていたが、咳払いし、口を開いた。
「御説明申し上げます。現在、地方の運営に関する制度については、マージとオームを両方対象としたものがほとんどです。ただし、これでは効率が悪い。なぜなら、マージとオームでは求めるものが違うからです。そのため、我々は、これらを分けた地方運営を基本とすることを求めますが、いかがでしょうか」
「マージが住む地方、オームが住む地方を分けるということか?」
「おっしゃるとおり。そして、その基礎となる、地域の指定を明文で定めるということです」
「なるほど、理には適っている」
「原則として、すべての人々が高い水準で生活できることが現代社会に求められていると考えると、取り得ない提案だと思っております」
イールスが異議を申し立てた。エンベル・ルードビッヒが彼の方を向いた。
「イールス・ダラン学長、続けよ」
「御指名いただき、誠にありがとうございます。確かに、マージとオームでは、それぞれ、求めることが異なります。一方で、それぞれがそれぞれを補完し合っているという現実があることも忘れてはなりません。マージとオームは、共存しなければどちらも崩れるということです」
「それもそうだ。ジャック・カクリス学長、異論はないかね」
「ございます。マージは、オームがいなくても生きていけます。イールス・ダラン学長の主張は問題にはなりません」
「オームは? オームはどうなんだ?」
エンベル・ルードビッヒがジャック・カクリスの顔を見た。
「オームも同様でしょう。かつて、この世には魔法の力など存在しなかった。それでも生きてきたのです。だから、マージとオームを分離して生活すること自体、問題にはなりません」
「いいえ……」
イールスが再び口を開いた。エンベル・ルードビッヒが彼を指名する。
「分離などすれば、歴史が繰り返されます」
「歴史?」
エンベル・ルードビッヒが目を丸くした。
「ええ、そうです。かつて、多数派のシャトー教がアーム教を迫害したように、一部の傲慢なマージがオームを虐殺するといったことが起きかねない。我々はそれを阻止する責任がある」
「いいや、完全に分離した社会において、そのようなことが起きるはずがない」
ジャック・カクリスは首を横に振った。
魔法属性のトップたちや他の魔法学校の学長たちは黙ったままだ。きっと、彼らが話す場ではないのだろう。
「我々が求めているのは、完全に分離した社会です。そこでは迫害など起こるはずがありません。マージがオームに対して恨みを持っているわけではないのですから」
「かつてのシャトー教もそうだった。恨みを持っていたわけではない。ただ単に、シャトー教のトップが自分の権力を広げたいと思っただけだ。だが、たったそれだけで世界は変わった」
目の前で繰り広げられる議論に、シーナは目を丸くしていた。何を言っているのか、言葉の裏にある物語はほとんど知らない。ただし、それぞれの主張が、どうも完全に間違っているわけではないのだろうと理解していた。
つまり、シーナの心は中立になるばかりだった。
「イールス・ダラン学長。この際はっきりしておきますが、あなたにマージとオームの共存を語る権利はない」
「…………」
イールスは思わず閉口した。視線がイールスに集まった。
「第三代世界皇帝ハワード・セリウスを殺したのはあなただろう。それも、彼がオームだからという理由で。それが、何が今更、マージとオームの共存ということでしょうか。言っていることとやっていることが矛盾していますよね。あなたの心の中では、世界皇帝になる人間がオームだと困る、という考えが少しでもあったんでしょう、だから犯罪を犯したんでしょう」
「……何のことか全くわかりませんね。私は第三代世界皇帝を殺すなどしていない」
「そうだ。別の議論は不要だ」
エンベル・ルードビッヒは何か知っている、シーナはそう悟った。そうでなければ、イールスに加担する理由はないはずだ。
「……まあ、いいでしょう。マージとオームの分離社会については、また議論することとしましょう」
ジャック・カクリスは浮いていた腰をイスに下ろした。
「……では、ただいまの議論については、保留とさせていただく。改めて議論したい場合は、御所に相談すること。それでは、本日は閉会とする」
エンベル・ルードビッヒが立ち上がり、魔法運用協議会は終了した。
「いつもこんな感じ?」とシーナは横に座るリリアに尋ねた。
「いや、……今日は、ちょっと空気が違った。……何かが起こるでしょうね」
リリアは立ち上がり、イールスを迎えた。それに合わせるように、シーナも立ち上がった。
「ひとまず、こちらの提案を通すことができた——」
そこに、ジャック・カクリスがやってきた。付き添いのメラニアも一緒だ。
「さすが、身内となると強いですね」
それだけ言い残し、彼らは去っていった。
「……今の、どういう意味?」
シーナはリリアの顔を見たが、リリアは何も答えなかった。




