2 リラ地方往訪 ②
メラニアに連れられてやってきた先は、カクリス魔法学校の学長室だった。学長のジャック・カクリスがシーナたち一向を出迎えた。
「ようこそ、イールス・ダラン学長。そして、皆さん。ダラン総合魔法学校からここまでは遠かったでしょう。さあ、ゆっくりくつろいで行ってくださいね」
ジャックの使用人が紅茶を持ってきて、静かにテーブルに並べた。テーブルの周りのチェアは背もたれが高く、クッションもふかふかで最高の座り心地だった。よく考えれば、シーナは何度も総合指揮官室のソファに座ったことがあるが、学長室のソファやチェアに座ったことはなかった。もしかすると、ダランの学長室にあるものも同じように座り心地抜群だったのかもしれない。
「それでは、来月の魔法運用協議会における議題についてだが、定例の魔法運用状況については特段申し上げることはない……」
ジャック・カクリスが次の言葉を発しようとしたとき、イールスが口を開いた。
「いいえ、ダランから申し上げることはあります。最近、御校の、主に生徒たちによる魔法運用状況が芳しくない。その点についてはいかがお考えで?」
「……さて、何のことでしょうか、イールス・ダラン学長。弊校の生徒たちが魔法を乱用しているとでも言いたいのでしょうか」
ジャックが鋭い視線をイールスに向けた。ただし、負けずにイールスも睨み返している。
「ええ。残念ながら、おっしゃるとおりです。御校の生徒たち、……一部の生徒たちが、魔法を乱用している実態があります。それゆえ、アールベスト地方の一部において衝突が発生している」
イールスはテーブルの上に身を乗り出して続けた。
「ジャック・カクリス学長、あなたもわかっているのでしょう?」
「いえ、なんのことか、さっぱりわかりませんね。リラ地方で起こったことなら、私たちカクリス魔法学校が適切に対処する必要がある。ただし、リラの外においては、生徒の自主性に委ねている。したがって、我々は何も知らない。あなた方はその生徒とやらを捕まえて裁判でもすればよいのですよ」
「それを正気で……?」
イールスは眉を顰めたが、ジャックはせせら笑って続けた。
「ええ、もちろん」
ダラン総合魔法学校の副学長、フェデラック・ベルンが咳払いをして口を開いた。イールス以外がこの場で口を開くのは、彼が初めてだ。
「我々には常に時間がない。魔法の運用に規制を設けるかどうかは以前から議論されていることであり、今回の魔法運用協議会においても論点となることでしょうね。そのため、今回も引き続き議論を要するでしょう。……で、全体の議題を把握するという目的ですが、次の話題はカクリスにあるのですか?」
「もちろん、ありますよ」
フェデラックはひとまず魔法運用の議論を継続することを無理矢理ねじ込んだが、淡々と応えるに徹したのは、カクリス魔法学校の外交部を担当しているリナ・メイデン副学長だ。
カクリスの学長が世襲制でなければ、次の学長は彼女だろうと噂されていると聞いたことがある。要するに、魔法の扱いはもちろん、恐るべき頭脳の持ち主だということだ。
「私はカクリス魔法学校副学長のリナ・メイデン。以後お見知り置きを。それで、別の件ということですが、カクリスからは地方運営においてマージとオームを完全に分離させることを提案します」
「それは難しいだろう」とイールスは一蹴したが、リナは引き下がらなかった。
「あら、世界皇帝をルードビッヒ家に継がせることについて、カクリスは無条件に呑み込んだのですよ? まさか、私たちの提案を一蹴しようというわけではないですよね?」
イールスは口を閉じた。
「以前から、この話を議題に挙げていますが、難しいとばかり言われてやむを得ず取り下げざるを得ませんでした。ただし、今回、より具体的な方法を提案させていただきたく」
「そもそも、カクリスは既にマージに肩入れしすぎだろう。オームに配慮した政策を考えられないのか」
「……あまりにも的外れですよ、イールス学長」
リナが目を細くしてイールスを睨みつけた。
「私たちはオームにも十分配慮している。だからこそ、マージとオームの分離が必要なのです。共存することで、魔法の破片がオームを傷付けるでしょう。だから彼らは分離しないといけない」
「そんなことはない。現に、アールベストではそのような問題は起こっていない」
「カクリスでも、分離したことによる問題は起こっていません」




