1 芝居 ①
「あれ、……ここ、どこだっけ……?」
シーナは目を覚ました。どこか小さい部屋の中で、ベッドに横になっている。窓の外を眺めれば、遠くに美しい街並みが見える。
彼女はベッドから立ち上がり、部屋の中を見回した。壁にかけられたハンガーには、何かコートのような服がかけられている。ブラウスしか着ていなかったシーナは、その服を羽織って部屋の外に出た。
部屋の外には廊下があり、いくつもの部屋が廊下に面しているようだ。大きな建物のようで、廊下はずっと先まで続いている。
シーナは階段のある方向に向かい、一歩ずつゆっくりと階段を下った。
「見ろよ、裸足で歩いているぞ」
階段を上ってきた二人の男児がシーナを見て笑った。シーナは靴を履いておらず、素足のまま歩いていた。それなのに、スカートとブラウスの上にローブを羽織り、文字どおり不恰好だった。
シーナは三階で足を止めた。
「こ、ここは……」
ふらふらと廊下に進もうとしたが、向こう側から自分と同年代ほどの数名の男女がやってきたのが見え、踵を返すと階段を急いで降りた。特に理由はなかったが、何となく会いたくない気持ちだったのだ。
二階にやってきたところ、廊下に二人の大人が立っているのがみえた。内容まではわからないが、何やら話し込んでいる。
シーナがその様子を見ていると、その大人たちのうち一人が彼女に気が付いた。
「ああ、シーナ。ようやく目が覚めたか。意外に早かったな」
「……あなたは?」
「モア・ブルーノだ。リリア・ボード総合指揮官が待っているから、こっちに」
一体誰のことなのか、何のことなのか何もわからず、シーナはモアに付いていった。もう一人の男は、どこかに去っていってしまった。
モアに連れられてある部屋に入ると、ソファに座っている女性がシーナを手招きした。その向かいには、別の一人の男性が座っている。
「シーナ、ようやく目が覚めたのね。無事でよかった」
「リリア・ボード総合指揮官だ」
「あなたは意識を失っていたの。でも、記憶を失っているだけで本当によかったわ」
「記憶を……失っているだけ?」
シーナは首を傾げた。一体何のことか、と感じていた。
「そうよ。あなたはもともと殺されかけていた。そこを、危機一髪で私たちが救ったのよ。でも、敵の攻撃はあなたの記憶を奪ってしまったらしい」
「そ、……そうなんだ……」
シーナはぼんやりとリリアを見つめていた。立ったままだったシーナを手招きてしてソファに座らせたのは、リリアの前に座っていた体格の良い男性だった。
「私たちはあなたの味方よ。何でも頼ってくれたらいいから」
「ありがとう……、リリア……」
シーナが名前を呼ぶと、リリアは明るい笑顔で応えた。
後ろから、モアが部屋の扉を閉めてこちらに向かってくる音が聞こえた。
「そうそう、それと、こちらはイールス・ダランよ。あなたが大好きだった彼よ」
「……久しぶりだな、シーナ」
「イールス……?」
シーナは唖然としていたが、彼の顔をまじまじと見つめていた。
「私の……大好きな人だった……?」
「ええ、そうよ。本当に仲が良かった」
「年齢が離れているけど……」
シーナは見た目の年齢が明らかに離れていることに不信感を隠せないようだった。
「年齢なんて関係ない。あなたたちは、本当に仲が良かったの。シーナが卒業したら、イールスと結婚するって騒いでいたのが懐かしいわ」
リリアはモアと一瞬顔を見合わせると、視線をシーナに戻して微笑んだ。
「そう、だったんだ……」
シーナはそれ以上疑うことなく、イールスに近付いた。
「ごめんね、イールス。お待たせ」
「……いや、大丈夫だ」
「私、前からこんな感じだった?」
「……ああ、そんな感じだよ。いつだって君のままだ」
そこまで言うと、イールスは立ち上がった。彼はリリアにも立ち上がるよう手で合図して促した。
「じゃあ、残りのことは頼んでいいかな?」
「もちろん、イールス学長。そんな感じで、しばらくお願いしますね」
リリアはイールスに微笑むと、彼は表情を全く変えず部屋から立ち去った。そんな様子を目の当たりにしたシーナだったが、思考はまだ幼く、何かを感じるなどは全くなかった。
「じゃあ、シーナ。あなたのことを教えてあげるわ」
リリアは再びソファに腰を下ろし、話を始めた。
リリアの話した内容は、シーナの氏名は「シーナ・ベルリア」で、コントロール系魔術に長けているということ、今はダラン総合魔法学校というところの生徒で、あと一年で卒業だということ、基本的には学校の授業に出席するが、時々リリアと校外に出ることがあるということなどだった。
つまり、シーナの記憶が奪われる前から同じことと、新しくなったことがあった。特に、リリアと校外に出るのはしばらくなかったため、かなり久しぶりとなるが、リリアはまるでこれまでも同じようにしていたというような顔をしていた。
シーナは一通り学校のことや普段の生活のことを聞き終えると、寮の自室に戻された。部屋を出るとき、次からは靴を履くようリリアに注意された。
寮の自室に入って気が付いたが、ベッドの脇にショートブーツが置かれていた。記憶では定かでないが、そこにあるということは、きっと以前から履いていたのであろうと、シーナはそのショートブーツを履いた。
続けて、再び自室を出ると、階段を駆け下り、夕焼けに染まる噴水の正面へとやってきた。理由はなかったが、リリアの部屋から自室に戻る途中、廊下の窓から少しだけこの空間が見えたのだ。
「わあ、噴水がある。それに、とっても大きい。ダラン総合魔法学校って、大きい学校なんだな」
シーナはあちこち見回しており、周囲の生徒たちはその様子を珍しそうに眺めていた。ダランのローブを羽織っていて見た目は高等部の生徒なのに、やっていることは外部から来た人のようだからだ。
「あれ、シーナじゃん。そんなところで何してるの?」
この声は……。
第二章が始まりました。この機会に、ぜひお読みいただけますと嬉しいです。
シーナの物語は、まだまだ続きます。最後まで見守っていただけますと幸いです。よろしくお願いします☆