17 忘却の魔法 ①
ダランに地下室があったということを、シーナは知らなかった。きっと、他のほとんどの生徒も知らないだろう。
その地下室で、シーナはリリア・ボード総合指揮官とモア・ブルーノの視線を受けながらイスに座っている。教員二人を相手に逃げることは難しそうだ。
シーナはモア・ブルーノと見つめ合っていたが、とうとう彼の眼に恐怖を感じ、リリアの方を向いた。
「私はモア先生に助けられたことなんてない。話したことも多くないのに」
「それは、あなたが過去を忘れているからよ」
「リリア・ボード総合指揮官、忘れているとは、遠回しな表現をするんですね。それに、……総合指揮官もよく覚えていらっしゃる」
モアはリリアに向かって笑った。シーナが見たことのないような、不気味な笑いだった。
「そうね……、少しだけ思い出したの。で、この際、はっきり言いましょうか。あなたの過去の記憶は、私が消したの」
「……消した……?」
シーナは唖然としていた。全く予想していなかった事実に驚いたのだ。
「そう。だから、あなたは昔の記憶を思い出すことができない」
「一体どうやって……?」
「忘却の魔法よ」
「忘却の魔法?」
シーナは首を傾げた。魔法属性で分類するならば特殊魔法だが、そもそもそんな魔法が存在することを聞いたことがない。それに、聞くからに穏やかではない響きだ。
「忘却の魔法は、もちろん特殊魔法。そして、禁術でもある」
「禁術ってことは……」
そう、禁術とは、名前のとおり、使うことを禁止された魔法のことだ。禁術に指定される魔法は、魔法運用協議会を通して世界皇帝により決定される。
もちろん魔法学校も例外ではなく使用を禁止されるのであり、もしリリアが忘却の魔法を使ったならば、世界皇帝の決定に叛いたということになる。
「まさか、ダランの総合指揮官ともあろうリリアが、禁術を使ったなんてことないよね」
「たとえ禁術であっても、私やカクリスを守るために必要なことだった」
「……まさか、リリアがそんなことをしていたなんて……」
「そうするしかなかったのよ。あなたが本来の魔法の強さを持ったままだったら脅威になるし、記憶があったならば、きっとあなたはまたコート・ヴィーラジュに戻ったと思うから」
「コート・ヴィーラジュ……?」
「リリア・ボード総合指揮官、……カクリスだったわけですね」
モアは背後で静かに告げた。それを聞いたリリアは、モアの方に視線を動かすと、
「わかってるわよね? あなたが誰かと立ち話ししているのを聞いたわ。エザールの人間だって? それにシーナを連れて行きたいって」
「そ、そうだったんですね」
彼は苦笑した。秘密がバレたと思っているのだろうか、そうでもないのだろうか、わからないが、シーナは彼と同じように笑うことなど到底不可能で、やはりとても険しい顔をしていた。
「あなたの出身地はコート・ヴィーラジュよ」
「私がコート・ヴィラージュに行ったのは、校外実習が最初だと思っていたけど……」
「そう。あなたは過去の記憶がないから、そう思ったというだけのこと。実際には、行ったことがあるどころか、そこが出身地だった」




