16 無情 ④
リリアが扉を開くと、先には薄暗い部屋が広がっていた。暗くて部屋全体を見渡すことはできないが、壁が見えないことから察するに広そうだと感じられた。
部屋の中央にはイスが一つだけ置かれており、リリアはシーナにそこに座るよう指示した。金属製のイスは冷たく、座り心地も最悪だった。
「リリア、教えて」
「ええ、教えてあげる」
リリアはそう言って、シーナが座っているものと同じイスを部屋の端の暗闇から持ってきた。そして、それをシーナの目の前に置くと、そこに腰を下ろした。シーナと正対する形となった。
「フローラは誰かに殺されたの? それとも、本当に事故だったの?」
「まあ、落ち着きなさい。順を追って説明するわ」
シーナは無言で小さく頷いた。
「まず、この学校において大事なことからよ」
「学校において大事なこと?」
「そう。それは、いつカクリスがダランに攻めてきても、勝つことができる力を手に入れること」
「カクリスがダランを攻めてくる? どちらかというと、アールベストの領土を奪いにくるんじゃないの?」
「それもなくはないけど、建前よ。実際はダランを崩壊させるために来ている」
「どうして?」
「ダランが過去に犯した罪を償えということよ」
「過去に犯した罪?」
シーナは眉を顰めた。何の話か全くわからない、という表情だ。
「要するに、カクリスにとって大事な人を、ダランが消したの」
「ということは、殺したということ?」
「そう。だから、カクリスはその報復のため攻撃をしてくる」
「一体誰を殺したの?」
リリアは一瞬口を開いたがまた閉じ、再び口を開いて言葉を発した。
「第三代世界皇帝よ」
「……わかった、それはわかったから。で、その話がフローラにどう結び付くの?」
シーナが聞きたいのはそこだった。第三代世界皇帝をどうして殺したか、誰が殺したのかに興味はなかった。
「ダランには、アールベストを守るための武器が必要だった。……最強ともいえる武器が」
「……合成魔法を作ったということ?」
「違う。合成魔法でそんなに大きな力を発することはできない。だから、最強の武器となるマージが必要だったということ」
「つまり、……誰かを武器にしたかったんだ」
シーナの発した言葉は、意外にもリリアの心に刺さったようだった。たった一瞬だけ顔を曇らせたように見えた。
「まあ、そういうことね」
「それがフローラだったの?」
「違うわ。あなたよ」
「……私?」
シーナは目を丸くして、一瞬息が止まった。頭の中が急に混乱し始めた。
「私を利用しようとしていたの?」
「そう。ただ、あなたもわかっているとおり、フローラ・モナコと長い時間を共有するようになってから、あなたの成績は下降を始めた」
「だから、成長の妨げとなっているフローラを殺したっていうの?」
シーナはなお混乱していた。自分の言っていることが、正しいのか間違っているのか、何も理解できていなかった。
「まあ、そんなことでいいかしら。あなたの魔法を操る力は、ダランにとって不可欠だった。だからこそ、あなたの能力が弱くなってしまってはいけなかったの」
「……私は最初からリリアたちに操られていたんだね」
「そんなに怖い顔をしないで。私たちは、昔あなたが死にかけていたところを助けてあげたのよ」
「そんなこと覚えていない。一体いつの話をしているの」
シーナはリリアを睨みつけていた。しかし、リリアは全く動じなかった。
「あなたは、生まれて間も無く、実の父に殺されかけているのよ」
「実の父に? ……私に父親はいない」
「ええ、いないわ。戸籍上もね」
シーナは顔を顰めた。何を言いたいのかよくわからない、という顔だ。
「あなたは父親に認知されてすらいないのだから」
「…………」
「あなたは自分の両親のことを何も知らないでしょう?」
リリアの問いかけに、シーナは何も答えられなかった。どれだけ記憶を思い返そうとしても、両親の顔も名前も、何も思い出せない。まるで、自分が生まれたことすら信じられないほどに。
「それが真実なのよ」
「……フローラのことを教えて」
シーナはとうとう耐えきれなくなり、話を戻そうとした。
リリアは立ち上がった。
「本当は私も心苦しかった。けど、彼を消すしか方法はなかった」
「私の問題でしょう? どうしてフローラを巻き込むの。いくら何でも、やりすぎでしょ」
「……イッサールに行った彼を、あなたは追いかけようとしていた。けど、あなたにはダランに残ってもらう必要があった。それに、イッサールに行ってはいけなかった」
「ダランから離れる理由を無くしたということ?」
「察しがいいわね」
リリアは立ち上がったまま、シーナの周りをぐるぐると歩き回った。
「……それで? 今日はそのことを私に伝えるために、こんな場所に連れてきたの?」
「そうね。けど、あなたがダランにいる理由、それも教えてあげようと思う」
「遠慮しておく。もう戻るから」
シーナは立ち上がろうとしたが、急に背後から伸びてきた手で肩を押さえられ、イスに戻された。彼女は咄嗟に背後を確認した。
「誰!? ……モア・ブルーノ先生?」
「そうよ。そして、死ぬ間際だったあなたを助けてくれた、命の恩人よ」
リリアが説明を付け加えた。
シーナの肩を押さえたまま、背後から彼女を睨みつけて立っているモアの姿を、彼女は目を丸くして見つめていた。何が起きているのか、一体リリアが何を言っているのか、全く理解できていなかった。
次回、いよいよ第一章の最終節となります! お楽しみに!
引き続き、どうぞよろしくお願いします。




