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二つの世界 〜シーナの記憶〜  作者: Meeka
第一章 失われた記憶
47/91

16 無情 ②

 それからというもの、シーナは何にも力が入らなかった。常に脱力しており、自分の考えを全く持たず言われたことをそのままするという生活を送っていた。


 学校の成績は、良くなったり悪くなったりを繰り返した。休日の予定がなくなったため授業で習ったことを復習する時間ができた一方、物事に対するやる気は低くなったからだ。


 そんな彼女のことを、「何かおかしい」と感じた教員はほとんどいなかった。


「シーナ、ちょっといい?」


 シーナの異変に気が付いた数少ない教員のうちの一人はレイチェル・カールトンだった。彼女の実戦演習の授業が終わった直後、教員室から離れた場所にある小さな会議室に呼び出された。なんともセンスの良い部屋選びだった。


「シーナ、何かあったの? 様子が変だけど」

「ううん、大丈夫」


 いつもと同じように、シーナは作り笑顔を見せた。だが、レイチェルはそれが作り笑顔であることを見逃さなかった。


「シーナ、ここに誰かが来ることはないわ。だから、何を話してくれても大丈夫」

「ううん、本当に大丈夫だよ」

「……私のことを教員だと思わないで。あなたが何を言っても、秘密を守る。だから、正直に話してほしい」

「……誰にも言わないで」


 シーナの声が急に暗くなったことに、レイチェルは動揺せずに頷いた。


「約束する」


 その言葉を聞き、シーナは一呼吸してから、再び口を開いた。


「私の大事な人が死んだ」

「……フローラのこと?」


 レイチェルの言葉を聞いて、シーナは床に向いていた顔を上げた。


「知ってるの?」

「学校でも有名な話だから、一応ね。……それで?」

「フローラが亡くなったことが悲しい。それに、彼を助けられなかったことがもっと悲しいの」

「彼を助ける、というのは?」

「世間的には、フローラは転落事故で亡くなったとされている。でも、私は本当にそうだとは思えなかった。だから、真相を突き止めたかった」


 話を続ける彼女の瞳から、一掬の涙が溢れ出た。


「でも、何もわからなかった。フローラを助けることができなかった。私は何もできなくて、ただ無力なだけだった」

「シーナ、それは辛かったわね。でも、少し違う」

「……何が?」


 涙をローブの袖で拭いながら、シーナは顔を上げた。


「あなたは無力ではないし、あなたにできたことをした。それだけでも、フローラは助けられているわ」

「……ありがとう、レイチェル。でも、私、まだ真実がわからない。事故だったのかもしれないけど、そうではなかったのかもしれないって少しだけ思ってる」

「……事故か事件かと迷うことがあったということを、私は今知った。だから何も役に立てなくてごめんね。でも、どこかで何か話を聞くことがあればすぐ伝えるから」

「ありがとう」


 シーナはゆっくりとレイチェルに抱きついた。レイチェルは彼女の頭を撫でて応えた。


「まずは休んだらどうかしら。心が疲れてしまうわ」

「そうする。今夜はいっぱい寝るね」


 二人はしばらくそのまま黙って時間を過ごしたが、やがてシーナは立ち上がり部屋を出ようとした。


「レイチェル、ありがとう、私に一人じゃないって教えてくれて」

「いいの。あなたがそれを理解してくれたなら」


 シーナは一瞬だけ振り返り、フローラが亡くなって以来、初めて本心の笑顔を見せた。あまりにも眩しく、儚い笑顔だった。




    ◇◆◇




 翌朝、シーナは洗面台の前に立ったが、どうも学校に行く気が出なかった。それは、ようやく彼女が自分の心に正直になったということだった。レイチェルに休んだらどうかと言われたことが、自分に素直になれという意味でシーナを助けたのだった。


 魔法学校において、授業を休むというのはそれほど珍しいことではない。年齢が上がるにつれ、授業を休む生徒は増えてくる。体調不良で休んでいるという場合もあれば、どこかに遊びに行くという理由の場合もある。いずれにせよ、事前に学校への報告などは必要ではなく、その日の朝に休みたいと思えば休むことも自由にできた。


 ただし、休むこと自体は直接成績には影響しないが、成績が芳しくない場合に休むことはリスクになる。というのも、場合によっては退学という制度もあるからだ。実際に適用されたケースはほとんどないが、あまりにも成績が悪いのに休んでばかりいては退学となる。シーナと同じ現高等部三年生では、二人だけが退学となった。


 シーナはベッドに寝転がった。窓から見える空は青く澄んでいた。


「はあ……。あと二年もないのか……」


 シーナは高等部三年生だ。つまり、高等部四年生で卒業するダラン総合魔法学校に在籍しているのは、彼女の言うとおり、あと二年もない。


「長いような、短いような……」


 シーナはベッドの上で左右に転がった。ベッドに寝転がったのは、眠たかったからではなく、精神的な疲れがあったからだった。


 彼女は深いため息をついた。


「シーナ? 入っていい?」


 突然、部屋の扉をノックする音が聞こえた。声の主はリリアではない——レイチェルだった。

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