16 無情 ①
ダラン総合魔法学校の寮の廊下や階段は、朝、とても賑やかになる。生徒たちが一斉に校舎側へと移動する中で友人などと会い、挨拶を交わしたり話し合ったりするからだ。
朝の校舎への移動時間を過ぎると、その後は夜までずっと静かだ。校舎から寮に戻る時間は生徒によりバラバラで、朝のように会話があちこちで聞こえるということはない。また、基本的に、寮に戻る時間を他の生徒とわざわざ合わせるということもしない。
あちこちで飛び交う会話を躱すように、シーナは早歩きで校舎に向かっていた。イッサールでマックス・トラベルと別れてから、すぐにダランに戻ってきていたのだ。そもそも長居する予定ではなく宿泊準備をしていなかったため、一泊したこともかなり無理があった。さらに、それ以上に、フローラが事故であるということから何も進展がなかったということが、ダランに戻ろうという気持ちを後押しした。
一時的には事件ではないか、という観点から転落事故を見つめ直した彼女らだったが、現場を見て回ってわかったことは、結局結論に辿り着けないということだった。
シーナは二日だけの滞在を終え、肩を落としてダランへと戻ってきた。いろいろ考えた結果、本当は事故で、自分たちが考えすぎなのではないかとも感じていた。
マックスも同じだった。彼が見つけたいくつかの手がかりは、それぞれ決定的に転落事故に結びつくことはなく、偶然の産物とも考えられた。それ以上何も得ることはできず、彼もやはり肩を落としていた。
無言で歩き進めるシーナの前に、急に曲がり角の陰からリリアが現れた。
「あら、おはよう、シーナ」
「……おはよう」
「元気ないわね。どうしたの?」
リリアが前に立ち塞がるので、シーナは立ち止まらざるを得なかった。
「何でもないよ。大丈夫だから」
シーナはリリアの横をすっと通り過ぎようとしたが、今度は半ば意図的に前を塞がれた。
「きっちり言いなさい。私はあなたの母親みたいなものよ。娘の様子がおかしいと心配になるのは普通でしょ?」
「……大丈夫だから。心配しないで」
シーナは再び横を通ろうとしたが、また止められた。
「総合指揮官室を開けるから。二人になれるところで話しましょう」
シーナは自分の周りを見回した。総合指揮官に立ち塞がれて、普通ではない表情をしているシーナ。何も事情を知らない生徒たちが気になるのは当たり前だ。あちこちから視線を感じる。
「……わかった、行くよ」
やむを得ないと判断した。リリアに連れられ、総合指揮官室に向かった。
シーナは昔からあるソファに腰を下ろした。束の間の沈黙の後、先に口を開いたのはリリアだった。
「シーナ、ここ数日で何かあった?」
「ううん、何もないよ」
「でも、何かあるって顔してる」
「気のせいじゃないかな。何もないよ」
「でも」
「大丈夫だよ」
シーナがこの調子で呆れたのか、リリアは立ち上がった。
「そんなに隠してどうしたの? 言えないことでもあった?」
「何もないよ。……もう行っていい?」
シーナも立ち上がった。
「アープで、どこに飛んだの?」
「……見てたの?」
リリアに突然言われたため、シーナは表情を変えた。それまでと異なり、リリアは真剣な表情になっていた。
「あなたがどこに行ったのかは知らない。けど、学校を休んでまで行くところとすれば、どこかしら」
そうである。彼女の言うとおり、実は、シーナは休日にイッサールに行ったわけではなく、学校のある日に行ったのだ。学校を休んだということだ。
「いいじゃない、たまには休んでも」
「もちろんいいわ。休むことぐらい普通よ。でも北の方角に向かって、たった一人で、どこに行ったのかなと思って」
「リリアには関係ないよ」
シーナは部屋を出ようとした。が、リリアの空間系魔術により、リリアの目の前まで移動させられてしまった。空間を切り取ったのだ。
「関係ないことないわ。もしリラにでも行っていたら問題でしょ? 総合指揮官として知りたいの」
「……そこまでして、私をどうしたいの?」
「あなたは大事な人なの。私にとっても、ダランのみんなにとっても、アールベストのみんなにとっても」
「だから何? 会ったこともない人から大事に思われているなんて、そんなこと知らないわ」
「あなたが知っているかどうかは関係ない。とにかく、あなたは大事な人なの。あなたに何かがあると困る」
「知らないわ。もう行く」
シーナはそうリリアに言い放つと、踵を返して部屋から出て行こうとした。しかし、また足を止めざるを得ない言葉がリリアの口から飛び出した。
「フローラは残念だったわね」
「……事故を知っているの?」シーナは振り返らず言った。
「ええ、もちろん。ここはダラン総合魔法学校よ? アールベストのことなら何でも知っている」
「……なら、あれが事故だったのか、そうじゃなかったのかも?」
「あれは事故でしょう?」
「……そう聞いているけど」
シーナは部屋の扉を開いた。
「彼はいい人だったわね。優秀で、純粋で、人望も厚かった」
リリアの言葉を背中に受け、シーナは部屋を出た。
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