15 フローラの死(二) ③
シーナとマックスは例の橋の手前にやってきた。マックスは立ち止まると、指を差して説明を始めた。
「フローラ・モナコは、僕たちが今歩いてきた道を通って、ここから橋に差し掛かった。そのまま進み、ちょうど橋の中央付近まで行ったところで、橋の下を覗き込もうとしたのか、手すりに身を乗り出しすぎて転落した——というのが、基本的なストーリーだ」
マックスは橋には登らず、その横の階段を下り、橋台の裏に回った。シーナも彼に続いた。
「ここに何が?」
「公式な捜査資料において、ここのことは何も記されていない。けど、僕は発見してしまったんだ。……見て、これ」
フローラが指差した先には血痕があった。薄暗くて見えにくい場所だが、確かに足元に血痕がある。しかも、それそうに大きなものだ。
「この血を調べたところ、ちょうど事故当時のものだとわかったんだ。それに、血痕の形状から察するに、被害者の身体を滑らせて、川に落としたように見える」
「どうしてそんな大事なものが、捜査資料に記されていないの?」
「捜査資料に何を記載して何を記載しないかは、上司が決めることになる。最初はこのことも記載しようとしていたんだけど、最終的に資料から落とされることになったんだ」
「なら、その上司が今回の事件を隠蔽しているということね」
シーナは腕を組んだが、マックスは困った顔をした。
「それならいいんだ。しかし、現実は違う」
「何が?」
マックスは橋台にもたれかかり、シーナと対面した。
「僕にはどうも、その上司の一存で決まったとは思えなかった」
「どうして?」
「その上司はとても熱心で、面倒だと思えるほどに決まりにうるさい。普通なら、むしろ記載しなかったことを怒るような人だ。なのに——」
「今回はなぜか、書くべきことを書かないようにした。さらに、事件性のありそうなことを事故と処理することにした……」
マックスは「そういうことだ」と首肯した。
「いずれにせよ、あなたの上司に会えば、話が進みそうな気がする」
シーナは思っていたことを口に出したが、マックスの顔は難しいままだった。彼が口を開く前から、言いたいことは理解できた。
が、それ以上に、彼は話し始めた。
「上司は操られていたんだと思う」
「……誰に?」
「具体的にはわからない。けど、大きな組織であることは間違いないと思う」
「治安維持局の本部である可能性は?」
「ないと思う。本部は運営しかしていないから捜査に関わることはないし、この事件を認知すらしていないだろうね」
「とすれば、他に思い当たるところは?」
シーナが問うと、マックスは表情を曇らせた。
「答えはまだ出ていない。ただ、可能性としては、……学校かな」
「イッサール一般学校?」
シーナは腕を組んだまま尋ねた。
しかし、次のマックスの回答により、その手は解かれることになった。
「いや、ダラン総合魔法学校だよ」
シーナの頭の中でしばらくいろいろな考えが巡り巡っていたが、ようやく口を開いたのは頭上にかかる橋の上側から、子どもたちが遊んで駆け回る音が聞こえたときだった。
シーナは、まだ自身がダラン総合魔法学校の生徒であることを明かしていない。そのことに加え、ローブを羽織っていないことで、彼の本心を聞き出すことに成功したのかもしれない。
「どうしてそう思うの?」
「治安維持局の人間が、簡単に誰かに言い丸められることはない。つまり、それそうに相手が大きな組織であるとか、そういうことがあるはずだ。そして、ここはアールベスト地方。ダラン総合魔法学校が関与していることは十分に考えられる」
「イッサール一般学校かもしれないわ」
シーナの言葉に、マックスは首を横に振った。
「いや、それは考えにくい。もちろんイッサール一般学校も大きな学校だが、一般学校が治安維持局に口出しすることなど到底あり得ない」
「カクリス魔法学校の可能性は?」
「それは残っている。ただ、結論に至るのは相当難しいだろうね」
シーナは沈黙した。
もしダラン総合魔法学校が関与しているとすれば、なぜか。どのように関与しているのか。
そもそも、フローラはダランの元生徒だ。そんな彼を簡単に死に追いやるとは思えない。
ただ、一方で、マックスが言っていることも理に適っている。結論としてダランに結び付かなければ良いが、最終的にどのような結論に着地するかはわからない。シーナは祈ることしかできなかった。
それからも、シーナとマックスは橋の上やその周りなどを歩き回り、マックスの説明を聞きながら数時間を過ごした。
彼の話を聞きながら知ったことだが、マックスはフローラの一件が事故で終わったことが気になり、一人で調査に来ていたとのことだった。もちろん非公式なものであり、出張費もない。ただ休日に自腹で費用を払いながらイッサールにやってきているだけとのことだった。
また、マックスが住んでいるのは、リラ地方よりずっと北部、すなわち、大陸側だ。エニンスル半島の外に住んでいる人と交流を持つことはほとんどないため、その話も少しだけ聞くことができて楽しい時間を過ごしていた。
さらに、マックスは治安維持局のエニンスル半島担当部員でもあるため、エニンスル半島内に住むシーナよりも半島内のことに詳しく、やはり教えてもらうことの方が多かった。
なお、マックスはエニンスル半島担当部の中でも西部を担当しているらしく、イルケー地方やハルセロナ地方のある東部に関しては詳しくないとのことだった。




