15 フローラの死(二) ②
誰だと思い、声のする方を向いた。そこにいたのは自分と同じぐらいの年齢に見える青年だった。が、声を聞く限り、大人であることは間違いないだろう。見た目が極めて若い。
彼はシーナの方を向いているのではなく、小鳥を眺めている。
「小鳥だって走りたいときもあるんだろうね。……名前は?」
ようやくこちらを向いた。「シーナ」とだけ答えた彼女に、青年は「へぇ」とだけ答えた。自分も名乗るわけではないのか、とシーナは目を丸くした。
「シーナはこんなところで何しているの? 誰かを待っている?」
「私は……」
死んだ彼氏を待っている、とは言えない。
「私は、友達を待っているだけよ」
シーナは無理矢理笑顔を作り、この青年に見せた。自分ではあまりわからないが、きっと目元は笑っていなかっただろう。
「……そっか、友達を待っているんだね」
青年はそう告げると、ベンチから立ち上がり、どこかに去ろうとした。その後ろ姿を、シーナはすかさず呼び止めた。
「あなたの名前は?」
「マックスだよ。マックス・トラベル。……今日は先客がいてるし、明日またここに来ようかな。……僕の休憩場所なんだ、そのベンチ」
背中を向けて手を振りながら歩き去るマックスを見ていたシーナは、明日もここに来ようと決めていた。
「どこかに泊まらないと……」
シーナは宿探しに中心市街地を駆け巡った。
◇◆◇
翌朝の真昼、シーナは再び広場のベンチにやってきていた。
彼女は、中心市街地の裏路地にある宿屋に宿泊していた。イッサールの宿は、ダラン総合魔法学校の生徒であれば通常の七、八割引き程度で宿泊できることが多い。成績が優秀であれば、成績証明書などを提示すれば、無料で宿泊させてもらえる場所もある。シーナの成績であっても無料宿泊は可能だっただろうが、そもそも成績証明書を持ってきていない。そのため、きっちりと宿料を払っていた。
前方を見回していたが、誰もやってくる気配はない。まさか、マックスの嘘だったのかと思っていた矢先、後方から彼の声が聞こえた。
「シーナ、おはよう。今日も来たんだね。……びっくりした?」
背後から声をかけられて驚き、肩が一瞬竦んだことに気が付いていたらしい。やっぱりこの人は苦手だ、とシーナは思っていた。
「おはよう。ちょっと聞かせてほしいんだけど……」
シーナが話すと同時に、マックスは彼女の隣に腰を下ろした。
「あなた、ここで何して働いているの?」
「何してって、……どういう趣旨の質問かな?」
マックスは笑顔を崩さなかった。つまり、余裕の表情だった。
「そのローブ。アールベストにそんな色のローブはない。カクリスも違うし」
シーナは、マックスが羽織っていた深緑で模様のないローブについて言及していた。彼女の言うとおり、少なくともアールベストに深緑のローブを使っている組織はない。それに、他の地域であっても、無地のローブであることが珍しい。
普通、ローブは所属を明らかにするために羽織る。しかし、このような無地のローブを使っているということは、知らない人間に知られたくない組織ということになる。
「珍しいなと思って」
「ああ、このローブね。……まあ、珍しいものだね」
マックスは余裕の表情のままだ。このような話は当たり前ということか。
であれば、尚更どこの人間かが気になるところだ。
「アールベストの人間ではない。であれば、リラ? でも、リラであっても無地のローブを羽織るところはないよね」
「おいおい、そんなに詮索するのはやめてくれよ」
「……もしかして、エニンスル半島ではない?」
「……はあ、まあ、そういうところだよ。僕は治安維持局で働いているんだ。服をあまり持っていないから、プライベートでもローブを着ることが多いんだ」
マックスがため息をついたのを見て申し訳ない気持ちになったが、彼の答えを聞いてシーナは目を丸くした。
「治安維持局? ということは、……フローラ・モナコのことも知っている?」
「ああ、つい数週間前の事故のことだね」
「あれは、本当に事故だったの?」
「シーナも知っているんだろう? 事故だよ」
「……そっか……」とシーナは俯いた。
「見た目はね」
「見た目は?」
シーナは顔を上げた。真っ直ぐこちらを向いているマックスと目が合った。
「どういうこと?」
「結論から言うと、その一件は、治安維持局の出した公式発表においても事故ということになった」
「でも、本当は事件だと言いたいんでしょ?」
マックスは唇を舐めた。
「そうだ。そうなんだけど……」
彼はシーナの目から視線を逸らした。言えない事実でもあるのだろうか。
「最終的には事故で処理されて、捜査は打ち切りになったんだ」
「打ち切りに?」
「僕も理由まで詳しくはわからない。ただ、一週間だけで捜査が終わってしまったんだ。普通ならあり得ない」
「なら、あなたの上司に聞いてみる。アールベストにも支部があるでしょ? 連れて行って」
シーナはマックスの目を捉えたが、彼はやめてくれと言わんばかりの表情をした。
「それはダメだ。シーナが聞いたからといって捜査が再開することはない」
「……でも、事件なんでしょ? なら、捜査を再開するのが当たり前でしょ」
「ダメだ。事件とは誰も言っていない。だから、そんなことを言っても取り合ってくれない」
シーナはベンチから立ち上がった。
「……私は真相を知らないといけない。私が真実を知らないと、フローラは助からない」
「どうしてそんなに真実を追い求める? シーナは、フローラ・モナコとどういう関係だったの?」
「私は……フローラの大切な人。確かに想い合っていた。だから、フローラを助けないといけないの」
「わかった。でも、……フローラはもう助からない」
「違うの。彼を虚構の世界から助けないといけないの」
シーナは振り返って、マックスの目を見た。さらに、右手を伸ばして彼に立ち上がるよう促した。
「ほら、マックス。現場で、あなたの事件の解釈を教えて。上司に会うのはやめるから」
「……わかった。ここだと人目も気になるしね」
マックスはシーナの手を取り立ち上がった。




