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二つの世界 〜シーナの記憶〜  作者: Meeka
第一章 失われた記憶
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15 フローラの死(二) ①

 イッサールにやってくるのは、シーナにとって、これが初めてだった。グランヴィルほどではないが、アールベストでは第二の街だと言われることが頷けるほどに人々で賑わっていた。


 中心市街地にはいくつもレストランや商店が並んでいたが、観光に来たわけではないシーナは脇目も振らず、一目散にフローラが行ったのであろう川に向かった。


「どうしてそんなところに……。おかしいよ、絶対におかしい……」


 シーナは小さく呟きながら走り続けた。街の広場にあった地図によれば、この道を真っ直ぐ進み、中心市街地を抜けたところを曲がれば橋がかかっているはずだ。


 中心市街地の端には「イッサールへようこそ」と書かれたアーチがあった。シーナはその角を曲がり、数十メートル先の橋へと走った。


 人々が行き交う橋には、何の異変も感じられなかった。誰かが何かを気にすることもなく、立ち入り禁止にされている場所もなく、ただ日常が目前に広がっていた。——フローラのことなど、誰も知らないようだった。本当に、単なる事故と処理されたようだった。


「すみません、ここで最近事故がありませんでしたか?」

「あの、私と同じぐらいの歳の男性が亡くなったとか、聞いたことありませんか?」

「橋から転落した人がいるとか、知りませんか?」


 シーナは複数の人々に聞いて回ったが、そもそも知らない人や、「ああ、あったみたいね。橋から落ちちゃったとかいう事故よね。橋の手すりに登っていたとか聞いたわ。あんたも気を付けなよ」などと、まるで気にも留めていない人ばかりだった。要するに、誰も重要な事故だとは思っていないし、それどころか興味もないといった具合だった。誰も見たとは言わないものの、同じような説明をしていた。


 仕方がなくシーナは橋から川を見下ろした。橋は川面から高く、橋の上から落ちたとすれば水面で強く打ち付けられただろう。……たとえば、衝撃で骨折し、何もなすことができず溺れながら川に流された、というシナリオは容易に想定される。


 いずれにせよ、複数の住民が事案を知っているということは、やはり墓地で話した男性たちが言っていたことは間違いや嘘ではなかったようだ。


 シーナは、次にイッサールにある地方役所の支部に向かった。死亡の記録はそこで確認できるはずだ。


 再び中心市街地に戻ってきたシーナは、今度は広場のすぐ前にある地方役所の支部の建物に入った。グランヴィルにあるものよりも新しく、全体的には綺麗な印象だった。


 住民の戸籍に関する事務を所管している課に赴いたシーナは、そこに座っている新人らしき人物に声をかけた。名札にはアルベルト・カローと書かれている。


「アルベルトさん、お尋ねしたいのですが、少し前からイッサールで暮らしているフローラ・モナコという人を知りませんか?」

「フローラ・モナコ……、ああ、そうだ。数週間前に事故に遭われた方だね。君は彼の知り合いか何か?」

「……ええ、まあ、……知り合いです」


 アルベルトも事故と認識しているらしい。ということは、本当に事故だったのか。


「事故の原因は?」

「橋から川に転落したとか。不慮の事故だって聞いている」

「どうして彼はそんなところに?」

「それは知らないな。散歩でもしていたんじゃないか」

「……そうかもしれませんね……」


 本当に何もなかったのだろうか。アルベルトは何も疑っていないようだが、シーナは納得できていなかった。


「当時の捜査資料とか、何か残っていませんか? 治安維持局のレポートとか」

「ああ、あるよ。こっちへおいで」


 アルベルトは、受付の奥にある資料の陳列棚へとシーナを案内した。ファイルには整理番号が振られていて、事件や事故が起こった場合のレポートが保管されているようだ。


 並んだファイルの中からアルベルトが取り出したファイルは、見ただけで新しいものとわかるほど綺麗なものだった。ファイルが薄いのは、事故と処理されたからだろう。


「このファイルを好きなだけ見ていったらいいよ。単なる事故だから、開示できない内容も特にないしね」


 シーナはファイルを開いた。文字がぎっしりと並んでおり、しかし、読めば読むほど当時の状況が事故であることを示唆しているだけであることがわかった。


「あ、そうだ、その人の自宅から、枯れた薔薇が出てきたんだ。大切そうに保管されていて、遺留品として倉庫に保管している。持って帰るかい?」


 アルベルトはそう提案してくれたが、シーナにとってその薔薇を持って帰るなど想像することすらできなかった。


「いえ、結構です。……ありがとうございます」


 その後も、彼女は資料の端から端まで眺めていた。




 シーナはすぐに支部の建物から出た。結局、新しく得た情報は特になかった。本当に事故だったのかもしれない、そう感じる気持ちが強くなっただけだった。


 肩を落として広場のベンチに座っていたシーナの足元に、小鳥が数羽飛んできた。小刻みに体を揺らし、その身体の大きさからは想像もつかないほどの速さで前進し、あっという間に広場の反対側まで駆けていってしまった。


「飛べばいいのに」


 シーナは小鳥に言うわけでもなく、独り言を言っただけだった。


 ところが、直後、隣から声が聞こえてきた。


「鳥だから飛べばいい、ってものじゃないんだよ、きっと」

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