14 フローラの死(一) ③
「偶発的な事故だったらしい。イッサールまで行ったのに、まさかこんなことになるとは思わなかった」
シーナの耳に飛び込んできたのはそんな言葉だった。その直前まで何も聞いていなかったのだが、「イッサール」という言葉を聞いただけで、鞭打たれたようにシーナは全神経をそちらに向けた。
「もっと活躍するべきだったのに。こんな短い人生でいいはずがない」
「言うとおりだよ。彼は本当に、ダランが誇るべき人物のうちの一人だったのに」
墓地の入り口から聞こえてきた男性たちの声を聞いていたシーナは、かつての友人のルアの墓前で膝をついていた。花束を添えていたのだ。
少し前から墓地にやってきた男性たちは、なお話を続けている。
「そういえば、彼女がいたよな。もし今も続いていたなら、本当に悲しむだろうな」
「だよね。彼女のことを想うと、本当に心苦しいよ」
そのとおりだ。亡くなったその誰かに彼女がいたならば、心底悲しむだろうし、立ち直ることができないかもしれない。名も顔も知らない彼らの意見に、シーナは賛成していた。
「誰だっけ、あの彼女。確か、俺たちの二つ下だっけ?」
「そうだった気がする。名前は?」
「……シーナ・ベルリア、じゃなかったっけ? 違うかな」
「え?」とシーナは声を出しそうになった。私の名前を知っているなら、彼らはダランの生徒だろうか。
いや、違う。そんなことよりもっと大事なことがある。
彼らが言う「彼女」がシーナだということは、亡くなったのはフローラということか。単に、彼らが他の「シーナ・ベルリア」という人物のことを指している可能性はあるが、いずれにせよシーナは落ち着いてルアの墓前に居座ることなどできなかった。
すっと立ち上がり足早に彼らの元に近付いたシーナは、「すみません。その亡くなった人って、フローラ・モナコのことですか?」と聞いていた。考えるより先に声が出てしまっていた。
この男性たちは、それぞれ花束を持っており、至って身軽な格好をしている。つまり、彼らが向かおうとしている先は誰かの墓で、その誰かは直近ではない少し以前に亡くなっていた、ということが想定できる。もし昨日などに作られた墓に向かうのであれば、もっと正装をするのが通例だ。
「え? ああ、そうだよ。君は?」
もちろん聞かれることはわかっていた。
「私はシーナ・ベルリアです。あなたたちがさっき言っていた、フローラの彼女です。……いや、……でした……」
シーナは複雑な気持ちになった。どんな顔をしていたのか、自分でも想像できなかった。涙が流れるわけでもないし、怒りを感じるわけでもない。いくつもの得体の知れない感情が走馬灯のように頭を駆け巡っては、汲み取ることのできない心地が湧き上がってまた消えて、そんな混沌とした心を抱いていた。
「あの、……フローラは、死んだのですか?」
「……ああ、受け入れ難いと思うが、そうなんだ」
「それはいつ?」
「数週間前だったかな。本当に、イッサールに行ってすぐのことだったと思う。フローラと同じようにイッサールに行った同級生から聞いたんだ」
「……事故って、具体的には?」
男性たちは、本当にその同級生から聞いただけだったのだろう。あまり知らないという顔をした。
「……まあ、よくわからないが、不慮の事故とは聞いている。イッサールの中心市街地のあたりに大きな川があるんだが、そこで溺れたらしい。川にかかる橋から落ちたとのことだ」
「橋から川に落ちた……」
シーナは呆然としていた。目の前の男性たちが言っていることは本当なのだろう。しかし、受け入れたくない話だった。もし数週間前の話ということであれば、シーナが手紙を出した時点で、すでにフローラは死んでいたということになる。
真実を自分の目で確かめたいと感じたシーナは、男性たちを背にして墓地から走り出た。
グランヴィルの南端に位置する墓地からダラン総合魔法学校に帰ってきたシーナを迎えたのはリリアだった。偶然にも、寮の一階で出会ったのだ。
「慌ただしくして、どうしたの?」
リリアと話すのは久しぶりだ。シーナはあまり話したい気分ではなかったのでそのまま横を通り過ぎようとしたが、腕をぐいと引っ張られ止められた。
「どうしたの、と聞いているの」
「……ちょっと、用事」
シーナはそれだけ答え、再び走り出そうとしたが、やはりまたリリアに止められた。
「用事? そんなに慌てて、らしくないわね」
「……リリアこそ、そんなに話したがるなんて、らしくないね」
シーナはリリアを睨み付け、腕を掴む手が少しだけ緩くなったことを機に階段を駆け上った。それ以上リリアが話してくることはなかった。
自室に戻ったシーナは急いで出掛ける支度をし、ブラウスとスカートの簡単な格好で部屋を飛び出した。ダランのローブは羽織っていなかった。
寮を出てすぐにアープを唱えてイッサールの方向に飛んだシーナの姿は、シーナ本人は知らなかったものの、やはりリリアに見られていた。
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