14 フローラの死(一) ②
「卒業、おめでとう。今後も諸君が各地で大いに活躍することを、心より祈っている」
イールスの声が競技場に響き渡った。リリアと最後に話してから、もう二週間ほどが経過した。というのも、あれ以来、シーナからリリアに近付こうとしなかったため、ほとんど疎遠に近い関係性になっていたのだ。
ダラン総合魔法学校の卒業式は、例年競技場で行われる。講堂にも全生徒と教員が入ることは可能だが、昔から競技場で行うことが慣例だった。
空は教員や在校生の魔法によって彩られ、華やかな卒業式がちょうど終わろうとしていた。
観客席にいるシーナは、アリーナの中心部分にいるフローラに釘付けだった。卒業式の閉会直後にローブを脱ぎ捨てるという慣習があり、毎年在校生が楽しみにしているのはその瞬間だ。卒業式の雰囲気といえばその瞬間が描かれることが多いし、事実それを思い浮かべる生徒が多いだろう。
その後、ようやく式が終わったかと思えば、今年もやはり卒業生が一斉にダランのローブを脱ぎ捨てた。白いシャツやブラウスの姿になった卒業生の姿に、観客席から花やちり紙が飛ばされる。魔法で花火を打ち上げる者もいた。
その直後、アリーナの出入り口が開放されるので、観客席にいる生徒たちは流れるようにアリーナへと駆け込む。シーナもそのうちの一人だった。
シーナが向かった先は、他でもなくフローラだ。彼の元へやってきたシーナは、勢いよく彼に飛びついた。
「卒業おめでとう!」
「わあ、ありがとう」
「はい、これ」
シーナが手渡したのは花束だ。卒業式といえば花束で、プレゼントするものは花束以外に考えられないほどだった。
「ありがとう。綺麗な花だね」
「私が選んだんだ。フローラに似合うと思って」
シーナが選んだ花は薔薇だった。それも、眩しいほどに艶のある白い薔薇だった。
「ありがとう。ずっと大事にするよ」
「私が卒業するまで持っててくれる?」
「もちろん持っておくよ」
「でも枯れるでしょ。大丈夫だよ」
シーナは、冗談だよ、と伝えるように返した。しかし、もし枯れるとしても、フローラはイッサールで彼女と再会するまで持っておくつもりなのだろう。しっかりと薔薇の花束を手に持っていた。
その後、しばらくシーナとフローラは談笑していたが、やがてフローラは他の卒業生とともにその場を離れていった。その後は寮から荷物を運び出しすぐにダランを離れるわけで、シーナと話す最後のタイミングだった。
ダランから離れた場所に行く生徒は、この日のうちに移動するのが基本だ。翌々日から新しい生活が始まるためで、その準備期間を考慮して移動を始める。フローラも昼過ぎには馬車で移動する予定だった。
「じゃあ、また会おうね」
それが、シーナとフローラが最後に交わした言葉だった。シーナは泣きそうな顔をしていたが、フローラは前を向いていた。イッサールで働くという夢が叶う瞬間、そう感じていたのだろう。
会えないうちは、手紙でやり取りをする。そう約束したシーナだったが、卒業式が終わって寮の自室に戻ってからは、やはり寂しい気持ちでいっぱいだった。
また数週間が経過した。シーナの成績は依然変わらず、リリアと会うこともなかった。
シーナがリリアと校外に出ることもなくなっていた。それは、他の誰かが同行することになったのか、あるいはそもそも出て行く用事がなかったのかは不明だった。
この日はよく晴れていた。フローラがいなくなった学校はこれまでと同じように多くの新入生を迎え入れ、学校中のあちこちが生徒たちで賑わっていた。
シーナは、高等部で仲良くなったアイリス・ブラーノと共にいることが多かった。アイリスは、シーナたちが中等部のときに行った校外実習の際に命を落としたルア・フェリスに、瓜二つの顔立ちだった。性格も少しだけ似ているが、アイリスの方がずっと落ち着いている。
「彼とはどうなの? 手紙の交換はしている?」
アイリスは、シーナとフローラの関係性を知っている。しかし、それに関して下手に干渉するようなこともしない。だからこそ、シーナはアイリスのことを信用していた。
そんな彼女がフローラとのことを尋ねてきたのは、離れ離れになったシーナたちのことを憂慮したのだろう。
「それが、一週間以上前に送ったんだけど、まだ返事来ないんだよね……」
「遅いの?」
「遅いと思う。だって、フローラ、手紙はすぐに返すって言ってたんだよ。イッサールは同じアールベスト地方の中なんだから、一日もあれば余裕で郵便は届くでしょ? もう返ってきてもいいと思うんだけど……」
シーナは困ったような顔をしていたが、アイリスは気を取り直して告げた。
「……大丈夫だよ。きっと、向こうに行って忙しいんじゃないかな」
「そうだね、そうだよね」
シーナは笑った。忙しいに決まっている。つい少し前まで学校の生徒だったのに、突然新しい土地で仕事を始めたのだ。忙しくないはずがない。手紙はすぐに返す予定だったけど、それどころじゃなくなったんだ。——シーナの頭の中に文章が次々に並んだ。
シーナが難しそうな顔をしていたからか、アイリスは「シーナ、大丈夫?」と聞いてきた。実際は大丈夫ではなかったが、シーナは無理矢理笑顔を作り、「ありがとう。大丈夫だよ」と端的に伝えた。
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