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二つの世界 〜シーナの記憶〜  作者: Meeka
第一章 失われた記憶
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14 フローラの死(一) ①

 イールスが去ってから、シーナたちはやってきた教員たちの治療を受けて、何とか一命を取り留めていた。リリア、アンディも傷が深かったが、意識がないものの命はあるとのことだった。


 教員たちに抱えられて馬車に乗り込んだ、あるいは乗せられたシーナたちは、無言のままダランへ向かった。揺られる馬車でも、リリアとアンディは寝たきりだった。シーナだけ意識があったが、他の教員たちと話す気分にはならなかった。


 シーナは誰とも話さなかったものの、やってきた教員たちの小さな会話は少しだけ聞こえた。


「見たか? あの女の子、まだ生徒だぞ」

「みたいだね。まだ生徒なのに、リリア総合指揮官と一緒に校外に出るなんて」

「あんまりにも危険だし、そもそも成績だってそこまで良くないらしいじゃないか」


「中等部ぐらいまではよかったらしいけど、高等部になって少しずつ順位が落ちてきているんだってね」

「自分ができる人間だって自惚れているんじゃないか?」

「それだったら笑う。今回、こうやって教員二人が傷付いた状態になっているのに。もし一番優秀な生徒だったら、そうはならなかったでしょうね」


「本当にふざけているよな。こうやって駆り出される俺たちも大変なんだから」

「あいつが死んでおけば、リリアもアンディも無傷だったんじゃないか?」

「ちょっと。それは言い過ぎでしょ」

「でも、実際、そうだったら状況は変わったかもな。自惚れている奴はこうやって他人に迷惑をかけるから嫌いだ」

「私も同感。はあ、疲れた」


 こんな調子で会話がなされていた。誰が聞いても理解できる、シーナに対する不満だった。より強い言葉に置き換えれば、彼女を邪魔者だと思っているということだ。


 無論、これを聞いてシーナが内心穏やかではなかったことは想像に容易い。そもそも自惚ているわけでもないし、反論したい気持ちはあった。しかし、現状を見ると、そうすることは不可能だった。


 黙って横になっているシーナの脇にはリリアとアンディが倒れている。時々他の教員たちが彼女らの様子を伺い、シーナには目もやらずに再び話し始めていることが、彼女にとってこれ以上になく窮屈に感じられた。自分がそこにいることが憎らしい、どうして自分なんかがそこにいるのだろうと、強く感じていた。もしリリアに意識があれば、目の前の教員たちはこのように会話していないだろう。


 しかし、今回、こうしてようやくシーナに対する教員たちの眼を理解することができたということでもある。


 馬車がゆっくりとダランの敷地に入る頃には、外はすっかり暗くなっていた。シーナたちが馬車から降りると、御者はまた手綱を引いて馬車を走らせ、食堂の裏へと消えていった。


「リリア・ボード総合指揮官とアンディは、私たちが様子を見ておく。あなたは寮に戻って」


 馬車が見えなくなった頃に、教員の一人がシーナに告げた。文字だけだとわかりにくいが、冷たい物言いだった。


 シーナは何かを答えることもなく、言われたとおり寮へと戻った。


「行きたかったわけでもないんだけどな……」


 一人になってようやく、シーナは心に浮かぶ言葉を呟いた。


 そう、そもそも、シーナは自分が行きたいからリリアに同行したわけではない。リリアに呼ばれたから行っただけだ。だからこそ、教員たちの態度に納得できずにいた。


 自室の扉を開いた。いつも同じなのだが、このときは、室内がより一層暗く感じられた。シーナは照明を付け、ローブを脱ぎ、ベッドに横になった。


 深いため息が溢れた。


「もう行きたくない……。何もしたくない……」


 シーナはしばらく窓の外で輝く星を眺めていたが、いつの間にか深い眠りへと落ちていた。




    ◇◆◇




 翌朝、部屋の扉を何度もノックする音が聞こえ、シーナは目が覚めた。


「誰?」

「私よ」


 この声はリリアだ。夜中のうちに目が覚めたようだ。


「……今日もどこかに行くの?」


 シーナがそう尋ねたのは、ちょうど八時を回ったところだったからだ。


「いいえ。ちょっと話をしたいと思って」


 シーナは扉を開いた。リリアがそこに立っている。ただし、いつもと違うのは、ローブを羽織っていないということだった。それに、見たことのないブラウスを着ている。きっと、傷口の処置を済ませた後、誰かのブラウスを借りたということだろう。


「話って?」


 シーナはリリアを部屋に通した。シーナの部屋にリリアが入るのは、これが初めてである。


「昨日のことと、これからのこと」

「……昨日は、ごめん……。私がうまく戦えないせいで……」

「うまく戦う必要はない。でも、授業でやったことを使えるようにはなってほしい」

「ごめんなさい……」


 リリアはため息をついた。


「シーナ、あなたは特別なの。だから、がんばってほしい」

「……私だって、がんばってるよ……」

「でも、まだ足りないの」

「何が?」

「あなたの強さが」

「……何を言いたいの?」


 シーナは眉を顰めた。


「あなたはわかっていない。あなたはとても大事な人なの」

「どうして? 誰にとって?」

「アールベストのために」

「……いや、意味わかんない」


 シーナはリリアと並んでベッドに座っていたが、立ち上がった。


「アールベストのためとか、そんなこと、私にとって大事じゃないの」

「……なら、フローラ・モナコ、彼のことが一番大事?」

「……どうしてそう思うの?」


 リリアもシーナに続くように立ち上がった。リリアの方がシーナよりも少しだけ背が高い。


「あれだけ他人の目を気にしていなかったらわかるわ」

「……それが何か?」

「あなたにとって、彼が障壁じゃないかと思っているの」

「障壁? 何それ」


 シーナはリリアから視線を逸らし歩き進め、勢いよく部屋の扉を開いた。


「リリアがそういうこと言うなんて思っていなかった。黙って応援してくれたら嬉しいのに」


 そう言い残し、彼女は足音うるさく部屋を出ていった。


「彼を大事にしたいなら、あなたには変わってほしい。それだけよ」


 リリアは彼女に聞こえるように言ったが、廊下を響く足音以外の応答はなかった。

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