13 実力 ④
「ん?」
男は想定よりも素早くナイフが迫っていることに気が付くと、アンディを盾にした。おかげで、彼女の胸元と腹部にそれぞれ突き刺さる結果となった。
「スプレッドさん。そこの小娘、生きてますよ。この俺に貧弱なナイフを飛ばしてきやがった」
男はそう言うと、アンディを地面に投げ捨てた。体重でナイフが深く食い込み、彼女は完全に気を失ったようだった。
シーナが怖がって少しずつ男から離れたが、這った状態の彼女がこの男から逃げられるはずがない。すぐに敵は目の前まで迫ってきた。
「こっちもいい女ですよ。さっきの女よりも楽しませてくれそうだ」
男はシーナの目の前で立ち止まり、怯えて目を見開いて硬直している彼女を見下ろした。
「そいつも雑魚だ。後で殺す」
「シーナ! 何やってるの!」
リリアが叫び、スプレッドとの戦いを中断してシーナの元に駆け寄ってきた。
「おっと、総合指揮官の相手はごめんだ」
男はシーナを即座に持ち上げると、リリアから走って逃げた。空間を切り取って瞬間的に男に近付こうとするリリアを制止したのはスプレッドだった。空間を切り取ってリリアの背後に瞬間移動すると、ナイフでその背中を突き刺した。
口から血を吐いたリリアを、さらにもう一度ナイフで突き刺して念を押した。
血を噴き出しながら地面にうつ伏せに倒れたリリアの背中を踏みつけたスプレッドは、さらにナイフを振り上げた。
「死ね死ね死ね!」
シーナの視線の先で、リリアは今にも殺されようとしていた。
シーナは授業に対して不真面目だったわけではない。ただ単に鍛錬が足りなかったのだ。だが、この場においてそれは言い訳にしかならなかった。現に二人、目の前で殺されかけている。
直後、リリアを刺し殺そうとしていたスプレッドの手が、突然動かなくなった。彼の背後に、ダランのローブを着た男が立っている。さらに向こう側には、数名、やはりダランのローブを着た教員がいる。
「私の学校の大事な教員を殺そうとしているのは、一体誰かな」
「イ、イールス学長……」
リリアが声を震わせて言った。そう、彼女の言うとおり、そこにいるのはダランの学長、イールス・ダランだ。圧倒的な魔法陣の魔法の実力を持っており、ダランではもちろん、エニンスル半島においても最強レベルのマージだ。
「ど、どうしてあんたがここに……」
「危険な状態だと聞いたものでね。緊急事態と判断して駆けつけた」
イールスは他の教員に「リリア、アンディの治療を」を告げると、今度はシーナに視線を移した。
「彼女はダランの生徒だね。生徒にまで手を出すとは」
「い、いや、あの小娘が襲ってきたからで……」
シーナは、スプレッドが汗を流しているのを目にした。
「スプレッドさん、この娘、どうしましょう……」
「その辺に捨てておけ! 研究所に戻ってろ!」
「……わかりましたよ。スプレッドさんも早く戻ってきてください」
シーナは一瞬宙に浮いたかと思うと、重力で地面に叩きつけられた。文字どおり、あの男に捨てられたわけだ。
「逃がせると思ったか?」
イールスが笑ったかと思うと、次の瞬間、男に向けて伸ばしたイールスの手から魔法陣が出現し、そこから現れた紫色の筋が男を貫通した。直後、男はその場に倒れ、次に動くことはなかった。
「今のは……」
シーナが目を丸くしていると、イールスはそれに気が付いたらしく高らかに笑った。
「そうか、生徒はあまり知らないよな。私はいわゆる特殊魔法で、魔法陣を自在に操る。今のはそのほんの一部だよ」
「特殊魔法……」
シーナは特殊魔法で攻撃する様子を初めて見た。というのも、現行のダラン総合魔法学校において、特殊魔法を専攻することはできない。そもそも括りが曖昧なだけに、特殊魔法として何を使えるように指導するべきか、本当に特殊魔法で良いのかといった問題があるからだ。そのため、生徒の全員は特殊魔法以外の魔法属性を専攻することとなる。
「特殊魔法は後から習得可能だ。君も興味があれば勉強すると良い。ただし、基本的にどんな特殊魔法でも、血液を多く必要とするから気を付けるんだな」
イールスはスプレッドに向き直った。
「さて、君には話してもらわないといけないことがあるな。ダランに来てもらおう」
「やめろ。私は口を割らない。何をされてもな」
「さて、どうだろうか。君がどれだけ現代魔法研究所に従順であっても、限界もあると思うのだが」
「そんなことがあるものか、馬鹿馬鹿しい。私を連れて行って後悔しても知らないからな」
「残念ながら、後悔はしないな」
そう言うと、イールスはスプレッドの両手を背中側で拘束した。シーナの治療を他の教員に指示し、自身は先に帰ると告げてその場を去っていった。
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