13 実力 ②
その後しばらく経過したが、シーナの成績はリリアが期待したほど思うように伸びていなかった。さらに複数の生徒が実戦演習においてシーナに優っており、学校一と呼ばれることはなくなっていた。
シーナは相変わらず残りの学校生活をフローラと楽しんでいた。休日には一緒にグランヴィルの街中に出かけたり、昼休みを共に過ごしたりと、課外で魔法を使うこともほぼなくなっていた。
一方で、相変わらずリリアが校外に調査で出かけるときはシーナを連れていった。とにかく、ダランの今後の命運を分けるのはシーナなのだと、彼女は強く感じていた。
フローラが卒業するほんのわずか前のことだった。
「シーナ、今日はエッペルゼの周辺に行く。九時には学校を出るから、準備しておいて」
シーナは、今日もか、という思いで準備を整えた。
魔法学校の朝はゆっくりだ。基本的に十時から授業が始まるため、寮に住んでいるシーナは十分ほど前に家を出れば十分だ。しかし、リリアがシーナを校外に連れて行くときは、およそ八時に寮の部屋にやってきては、九時にダランを出ると告げる。今回も同じだった。なお、一般学校の朝は早いという噂があり、九時には授業が始まるのだとか。
いつもの待ち合わせ場所、校舎側の総合指揮官室前へやってくると、リリアはすでに準備を終えて彼女が来るのを待っていた。
「じゃあ行くわよ」
「今日は何するの?」
シーナは、早歩きのリリアの後を追うように足早に歩いた。
「空間系魔術のアンディから緊急連絡があった」
「またカクリス?」
呆れような顔をしたシーナには目もやらず、リリアは校舎から出た。
緊急連絡をよこしたというのは、空間系魔術が専門のアンディ・シャンソンという教員だ。今年か去年に教師になったとかで、その端正な顔立ちや母性溢れる優しさでとても人気だ。ダランの生徒であれば誰もが彼女のことを知っている。
「それが、今回は違うの。見たことのないローブらしい」
「……見当は?」
シーナは怪訝そうな顔をした。一方のリリアは首を傾げた。
「……現代魔法研究所かしらね」
「現代魔法……研究所……」
シーナはその実態を知らない。言葉を聞いたのも初めてだ。
ただし、言葉を見たことはある。二歳の頃、リリアの部屋に入ったときに持ち帰った、例のバッジだ。あのバッジは、今も寮の自室に置いている。最近は気にかけることがなかったが、改めてその言葉に触れると何か心の中で蠢くものが感じられた。
「……それは何? 授業でも聞いたことがない」
「簡単に言うと、よくわからない組織よ」
「本当に何もわからないじゃん」
シーナが告げた直後、リリアは立ち止まってシーナの手を握った。
「じゃあ、行くわよ。アープ」
直後、二人はエッペルゼの村のすぐ近くにやってきていた。村の周辺は全く荒れておらず、戦闘になったわけではなさそうだった。二人は急いで村の中へと入っていった。
「シーナ、あなたは先に村の中を調べて。何か異常があればすぐに教えて。わかった?」
リリアは、続けて「私は村の外を調べてくるから」と告げると、シーナの返事を待たずに走っていってしまった。シーナも仕方がなく、村の中をあちこち駆け回った。
随分と走り回ってみたが、村人は問題なくのんびりと過ごしているし、荒らされた様子もなかった。それどころか、数名に何か騒がしいことがなかったか聞いて回ったが、誰も知らないと言う。
いよいよ村の中では何もなかったのだろうと判断したシーナは、手で耳を塞いで話し始めた。血が手の平から流れてゆくのを感じた。
「リリア、聞こえる? 村の中には何もなかったよ。それどころか、村人も何も知らなかった」
二回告げると、耳を塞ぐのをやめ、村から出るように歩いた。
ちょうど村から出たところで、シーナはリリアからの声を受け取った。
「わかったわ、ありがとう。こっちではアンディを見つけた。負傷している。村を出て左方向に三十度で、一キロメートルほどよ」
シーナはリリアの声に従うように、村を出て三十度の方角を確かめて走った。
しばらく行くと、目線の遠くに、立っているリリアと仰向けの状態のアンディの姿が見えた。なるほど、確かに腕と足を負傷しているようだ。
「リリア、来たよ。アンディは大丈夫?」
駆け寄ったシーナに二人はすぐに気が付いた。リリアが口を開いた。
「シーナ、ありがとう。敵はもう去ったらしい」
リリアはアンディの横に座った。シーナも、アンディを挟んでリリアの反対側で同じことをした。
「アンディ、大丈夫?」
腕には縦に鋭い切り傷が、足には皮膚が剥ぎ取られたような傷が残っており、いずれも血まみれだった。
「痛い……」
シーナは悶えるアンディの肩に手を置いた。
「医療魔法の先生を呼ぶから。ちょっとだけ我慢しててね」
「ありがとう、シーナ……」
シーナはまた耳に手を当て、今度はダランの医務室宛に連絡を取り、急ぎ来てもらえるよう要請した。
「シーナ、ありがとう……」
リリアは周囲を見回しながら告げた。シーナやアンディの方向を全く見ていない。
「リリア、どうしたの?」
「いや、本当に敵は去ったのだろうかと思って……」
「去ったわ……」アンディが消えそうな声で答えた。
「本当にアールベストから出るところまで見たの?」
「……いや、ここから見える範囲だけ……」
「なら——」
リリアは立ち上がった。周囲を見回す彼女のローブが、風に激しく煽られている。




