13 実力 ①
旅行をしてから、少しの月日が過ぎた。いよいよフローラの卒業も間近に迫っていた。
「フローラ、おはよう」
この頃、残り少ない時間ということで、シーナとフローラは一緒に学校に行くことにしていた。
彼女らの通学の様子は、いつ間にか有名な話になっていた。学校一の美女が誰かわからない男と並んで学校に来ているのだ。有名になることも無理はない。
「シーナ、おはよう。今日もかわいい」
フローラは頻繁にかわいいと言うようになっていた。旅行に行った頃はまだ恥じらいがあったが、これが俗に言う「慣れ」だった。しかし、それは不快なことではなく、言われたシーナは喜んでいた。毎朝自己肯定感が高められた。
「じゃ、またね」
そう言って、シーナは実習室へと向かった。
シーナたちが中等部のときに発生した例の事件により、ダラン総合魔法学校内での実習の授業が増えたこと、実戦を想定された訓練があることは述べたとおりであるが、シーナの戦闘力がずば抜けていたことは過去の話になりつつあった。というのも、実習の授業やテストにおいて、成績が下がってきていたのだ。
無論、実力はほとんどの生徒を凌駕していたのであるが、数名の生徒に抜かれつつあった。
「リリア・ボルドー総合指揮官、シーナ・ベルリアの件ですが……」
「どう? やっぱり落ちてきている?」
「大変申し上げにくいのですが、おっしゃるとおりです。今日の戦闘訓練では、また別の生徒に負けてしまいました」
「原因は?」
「完全なシーナの実力不足です。経験は彼女の方があるのに、使うべき魔法を使うべきタイミングで使えていません」
「違うわ。そうじゃなくて、どうしてシーナの実力が落ちている?」
男の教師は顔を曇らせ、顎を手で撫でた。
「……フローラ・モナコが原因ではないかと」
「フローラ? あの噂の?」
「そうです。シーナと毎朝一緒に通学している彼です」
「……二人の関係性は?」
「恋仲でしょう」
「……二人の監視を強化して」
ドアがバタンと閉められる音が総合指揮官室の内部を響き渡った。リリアは部屋の中で一人になると、深いため息をついた。
「今日は、皆さんの卒業後の進路について確認しますね」
朝の講義室内で、教師がプリントを配りながら言った。
「卒業後にどこで働きたいか、何をしたいか、帰宅前に提出してください」
全員にプリントを配り終えると、その教師は講義室から出ていった。
フローラは配られたそのプリントを眺めていた。
——イッサールに行きたい、そこで町の人々のために働くんだ。
彼はそんなことを考えながら、プリントに必要事項を記載し、昼休憩には提出を終えた。
「イッサールに行きたいって書いたんだ。前から話していたからいいよね?」
「うん、大丈夫。わかっているよ」
シーナとフローラは、食堂で一緒に昼食を食べていた。
「もうすぐ卒業だね」
シーナがぼんやりと天井を眺めながら呟いた。
「とうとうここまで来たか、って感じだよね」
フローラは答えたが、シーナの方を向いておらず、彼もやはり天井のどこかを眺めていた。
「フローラに会えてよかったな」
「そう? 嬉しいな。僕もシーナに出会えてよかった」
シーナは天井から目を逸らし、今度はフローラの目を捉えた。
「私たちほど幸せな人たちっているかな? いないよね」
そう言うと彼女は嬌笑した。フローラもそれに続いて笑った。
「そうだね。いないだろうね。僕たちがこの世で一番幸せだ」
「だよね、そうだよね」
そんな調子で二人は笑い合っていた。どこから見ても和やかな空気だった。
寮に戻ったシーナは、そこにリリアが立っていることに気が付いた。階段の目の前で、まるで上らせないというような顔をして、シーナがやってきたのを確認すると手招きした。
「リリア、どうしたの?」
「大事な話がある。来て」
いつになくはっきりとした物言いで、シーナはわずかに緊張していた。ここにフローラがいなかったことはよかったかもしれない。
二階のリリアの部屋に入ると、シーナはソファに座らされた。いつもなら何か飲み物を入れてくれるリリアだが、今回は何もなかった。
「最近、成績が落ちているようね。特に実技関係の」
「そう、かな……」
「担当教員から聞いた話だけどね。シーナなら、実力をもっと発揮できると思う。しっかりがんばってほしい」
「うん……」
シーナは俯いた。
この頃も、シーナは時々リリアに連れられては校外に出て活動を行い、時には人を殺めることもあった。リリアに指示されるため仕方がなかったシーナだったが、本心では人を殺すなどしたいはずがなかった。
そんな彼女の意思に反するように、ダランでは実戦演習が取り入れられている。もちろん授業の中で誰かを殺すということはしないが、確実に殺すための方法などを教わっている。
「学校の授業は好きじゃないの」
「外に行った方がいい?」
「そうじゃなくて。前はこんなに戦闘を意識した授業はなかった」
「でも、環境が授業内容の変更を余儀なくさせたのよ」
「そうだけど……」
リリアの言っていることは正しい。そもそも、カクリスが急にアールベストにやってきたりしなければ、今の事実もないはずだ。そう考えると、カクリスが憎らしい。
「悪いけど、授業内容を変えることはできない。それは生徒に危険が及んだときに生死を分けることになりかねないから。だから、その中で、シーナ、あなたにはしっかりがんばってほしいの」
「わかった、わかったから」
内心乗り気ではなかったが、この場を収めるという意味でもそう答えた。
「もう行っていい?」
「……いいわ。……しっかりね」
シーナは「うん、わかったよ」と答えながら、静かに扉を開閉して出ていった。
リリアは彼女の背中をただ真っ直ぐ眺めていた。彼女から「もう行っていい?」などと言ってきたのは、今回が初めてだった。
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