表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの世界 〜シーナの記憶〜  作者: Meeka
第一章 失われた記憶
34/91

12 スプラー山脈の麓の町(二) ②

 しばらくして宿に戻った二人は、順調に寝る支度を済まし、ダブルベッドの上で並んで横になっていた。昼間は賑やかだったが、夜になると本当に静かになるようだ。物音ひとつ聞こえない。単に宿の中にいるからではなく、本当に野外が静かなのだろうということは、空気感から感じ取れた。


 窓を閉め切っているためか、全く風が流れない。それでも暑いことはないが、妙な静寂で逆に落ち着かない夜だった。


 横にいるフローラは起きているのだろうか、などと考えながら、シーナは目を丸く開いたまま寝付けずにいた。フローラと背を向け合って寝転がっているが、本当は向き合って寝たいと思っていた。


「フローラ? 起きてる?」


 シーナはか細い声を出した。これ以上弱々しい声など出すことができるまい、というレベルで。


 しかし、彼の応答はない。シーナは身動きせず目を開いたまま寝転がっていた。


「寝た? ……よね?」


 彼女は目を閉じた。不気味な静寂に包まれて、なんとか眠ろうと決めた。


「……シーナ?」


 突然、背後から声が聞こえた。あちら側もとても弱々しい声をしている。死ぬ間際になんとか絞り出した声のようだった。


「静かだね」

「そうだね」


 今にも切れてしまいそうな声を出して答えるフローラ。


「ちょっと怖くない?」

「そうかな?」


 フローラがもぞもぞと動き、何となくこちらを向いたのだろうとわかった。


「……そっち向いてもいい?」

「……いいよ。こっち向いて」


 促されるようにシーナは身体の向きを変えた。


 真っ暗な部屋の中に、窓から差し込むほんのわずかな光に照らされ、目の前にフローラの輪郭が映し出された。


「フローラ……」


 シーナはまた身体を動かし、彼に近付いた。


「はあ。落ち着く……」


 フローラに抱き付いたシーナは、ため息をこぼした。ゆっくりと彼も抱き返してくるのがわかった。確かに強く。


「フローラも起きてたの?」

「うん。寝ようとがんばっていたけど、寝れなくて」

「どうして?」

「……どうしてだろうね。わかんないや」


 フローラは肩を(すく)めるようにして笑った。


「最初は返事してくれないから、寝ているのかと思った」

「寝言かと思ってね。でも、二言目もあったから、起きているんだろうなってわかったんだよ」

「まあ、起こしたわけじゃないならよかった」


 シーナは彼を抱く手に力を入れた。


「どうしたの?」

「ううん、なんだか落ち着くなと思っただけ」

「嬉しい」


 フローラも返してきた。


 このような調子で少し雑談していたが、気が付けば、二人は深い眠りへと誘われていた。安心を身体いっぱいに感じながら。




    ◇◆◇




 小鳥の(さえず)りに誘われるように、二人はほとんど同時に目を覚ました。


「おはよう、フローラ……」


 まだ寝たいとうるさい目を擦りながら、絡まり合う手を解いてシーナは上体を起こした。


 フローラも彼女に続き、上体を起こして横に並んだ。


「シーナ、おはよう。……まだ、眠たいね」

「本当に。眠すぎて……」


 腰の力が抜けたように、シーナは倒れるようにベッドに横になった。座っているフローラが上下に揺れていた。


「シーナ、もう少しだけ寝る?」

「うん……寝たい……。寝たいんだけど……」


 彼女はまた起き上がると、今度はフローラに抱き付いた。


「ずっと寝ていたら、フローラといる時間が勿体無いから……」


 しかし、そう告げる彼女の目は閉じていた。


 フローラは彼女の頭を優しく撫でながら、


「シーナが寝ていたって、僕はずっと隣にいるのに」と言ったのものだから、シーナは小さく「好き」と呟いて彼により強く抱き付くのだった。


 しかし、シーナに残された選択肢は、起きるか寝るかだ。


 彼女は精一杯に背伸びをすると、ようやく目を開いた。フローラと目が合った。


「よし、起きるか」


 シーナが目を覚ましたので、彼はベッドから立ち上がった。


 この日の予定は、昼過ぎまではこの町で観光をし、その後馬車に乗ってアールベストへ戻るというものだ。馬車はイルケーの港の方からやってくるので、この町を出発するのが昼過ぎとなる。この町に到着したのは昼前だったが、帰りのアールベストに到着するのは夕方となる。また馬車で一泊するのだ。


「今日は何を見たい?」

「おいしいものを食べたいかな。そんなに時間もないし、見るものはいいや」


 シーナがそう答えたので、フローラは顎に手を当てた。


「ここの特産品はなんだろうね。それを食べられたらいいんだけど」

「もしかしたら、ワインかも」


 シーナは、昨日町を散歩したときに、たくさんのワイン屋があったことを伝えた。さらに、スプラー山脈側にはワイナリーも点在している。


「なるほどね。ちょっと飲んでみようか」

「うん!」とシーナは上機嫌だった。


 エニンスル半島において、飲酒が可能となるのは九歳からだ。つまり、生徒たちは中等部になれば酒類を飲むことが可能となる。すでに高等部になっている彼女らは、ワインを飲むことができるのだ。


「着替えるからこっち見ないでね」


 シーナに言われ、フローラは素直に反対側を向きながら着替えた。


 しばらくして、シーナの「もういいよ」の声が聞こえ、フローラは振り返った。


「……今日もかわいいね」


 髪をハーフアップにし紺色のボウタイブラウスを着たシーナは、紺、青の花柄の描かれた美しい白地のロングスカートの、腰の部分に付いている黒のリボンを結んでいるところだった。


 彼の言葉に、シーナは振り返って笑顔で応えた。


「ありがとう。フローラも、今日もいい感じだね」


 シーナはフローラに歩み寄った。彼は白のカットソーの上に薄手の黒のジャケットを羽織り、昨日と同じ黒のズボンを履いていた。


「ジャケット、好きだよ」


 彼女にそう告げられフローラは恥ずかしがっていたが、シーナはすぐに持ち物を整理するためスーツケースの置いているところに向かった。

 お読みいただきまして、ありがとうございます!

 引き続き、最後までぜひご一緒くださいませ☆彡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ