12 スプラー山脈の麓の町(二) ①
町の中を歩く人々は、シーナたちを珍しそうに見ていた。宿屋の老婆が言っていたとおり、この町には観光客があまり来ないのだろう。だからこそ、実際に観光に来ている彼女らを見ると、とても珍しいものを見ているような気持ちになるのだ。
彼女らがここの人間でないことは、ここの町の人々からすればすぐに理解できたはずだ。なぜか。
ここにいる女性は、皆黒地や濃紺、深緑のワンピースにエプロンを付け、決まって付け袖を付けており、至ってシンプルかつ家事作業に適した服装をしている。また、男性は、質素なドレスを着用している。
それに対して、アールベストからやってきたシーナたちの服装は、似ても似つかぬものだった。あまりにも都会的過ぎたのだ。
このように、好奇の目線を浴びつつも、シーナたちはパンを買っては食べ歩き、町の端から端まで歩いた。途中、彼女たちに話しかけてくる人もいたが、嫌味や暴言などではなく、単に興味を持って話しかけてくるだけの陽気な性格の人たちだった。
「疲れたね」
そう言いながら大きく伸びをしたシーナは、横を歩くフローラの方を向いた。彼は欠伸をしていた。
「長閑でいい町。ここに暮らす人たちは、きっと、ダランとかカクリスとか、そういったものを何も考えずに生きているんだろうね」
彼がこちらを向いて告げた。
「いいよね。私たちも、子どもができて、幸せに過ごせるようになるといいな」
彼女の言葉に、フローラはただ黙って頷いた。
シーナは根っからの平和主義者だった。過去に人を殺したことがあるとはいえ、それは本望ではない。争いには参加したくないと思っているし、小さな出身争いなどもってのほかだった。
それでも、環境がそれを許さなかった。彼女が戦地に赴くことも幾度かあった。その度に、彼女は不機嫌ながらも同行することを余儀なくされたのだ。
最初にコート・ヴィラージュでカクリスの生徒の一人を殺して以来、彼女は「人を殺す」という任務を任されることが多くなった。その度に、後ろめたさを感じながらも、リリアや他の教師の言うことを従順に守ってきたのだ。
断ることはできなかったのか。
生憎、シーナはその選択肢を持ち合わせていなかった。情緒がついた頃からリリアのそばで育ってきた。シーナにとって、彼女の言うことは絶対だった。
結局、この日までに、何人殺したかはわからなかった。犯罪者であったり、カクリスの諜報員であったり、真っ当な善人を殺したという思いはなかったが、それでもやはり気持ちが前向きになることはなかった。
「アールベストやリラも、いつかここみたいに平和にならないかな」
「いつかなるよ、きっと」
フローラは答えたが、何の根拠もないのだろう。彼の目がそう語っている。口先だけで答えた、そういう目だ。
夕焼けが町を一層美しく鮮やかに彩り始めた頃、シーナとフローラは並んでベンチに座っていた。町を出て数分だけ歩いた場所にある、どこの敷地にも属していないような小さな広場のベンチだった。
その場から見える町は、中から見たときとは異なり、より一層小さく見えた。少し前までその中を歩き回っていたのだと思うと、外から眺める景色と中から見回す景色は全く異なるものなんだな、と勝手に理解するに至った。
「フローラ、連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして。僕からも、ほら」
フローラが差し出してきた手では、一本のバラと手紙がシーナに受け取られるのを待っていた。シーナは期待されているとおり、まずは手紙を受け取った。
「ありがとう。どうしたの、これ?」
そんなことを言いながら、シーナは封筒を開封し、中身を取り出した。フローラは恥ずかしがりながらも、何も答えようとしなかった。
「親愛なるシーナへ——」
「ちょっと、読み上げないでよ」
フローラはまた恥ずかしそうな顔をして、早口に告げた。
いいじゃん、読み上げたって、読み上げなくたって。変わらないでしょ。
シーナはそんなことを思いながら、今度は黙って手紙を読み進めた。
今日はありがとう。そして、いつもありがとう。
僕にとって、シーナは本当に大事な人だよ。
そして、とても信頼できるし、尊敬する人でもある。
だから、僕はいつか君と一緒に暮らしたいと思っている。
前に言ったとおり、僕はイッサールで仕事をして、生活したいと思っている。
シーナが卒業するまで、少しだけ離れ離れになるのは寂しい。
けど、シーナがイッサールに来てくれると信じて、待ってるからね。
これからも、ずっと、よろしくね。
君のことが大好きなフローラより
こんなことが書かれていた。シーナはなぜか恥ずかしくなり、手紙を封筒に戻しながら思わず俯いていた。
フローラは何かを期待しているように、まじまじと彼女のことを見つめていた。さらに、手に持っているバラの花をこちらに向けている。
「フローラ……、ありがとう」
シーナが俯いたまま小さく呟いたので、彼は少し緊張したのだろう、断られるのではないかと。
しかし、現実はもちろん違った。シーナは彼の持つバラの花を受け取ると、その花にも勝る満面の笑みで彼の顔を見た。
「私からも、これからも、ずっと、よろしくね!」
フローラの顔は、一瞬歪んだようにも見え、次に笑ったかと思えば少し目を細めるなど、いろいろな表情を数秒のうちにやってのけたが、最終的には彼女を強く抱き締めるに至った。
「嬉しい。……本当に嬉しい。ありがとう、愛しているよ」
ニヤつくシーナの顔を見ることなく、フローラは耳元で囁いた。
ああ、幸せだな。
シーナはただそう感じていた。
いつもありがとうございます!
引き続き、どうぞよろしくお願いします☆彡




