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二つの世界 〜シーナの記憶〜  作者: Meeka
第一章 失われた記憶
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11 スプラー山脈の麓の町(一) ①

 シーナが高等部二年目、十四歳になってすぐのとき、フローラとある約束をした。


 彼女が十四歳ということは、フローラは十六歳、つまり、卒業の年だった。それゆえ、まだダランにいる間の思い出として、旅行に行こうと約束をしたのだった。


 十四歳の中盤のある日、シーナはフローラと共に、彼の部屋で話していた。どこに行こうか、という話だ。


「どうせなら、少しぐらい遠くまで行きたいよね」

「そうだね。でも、さすがにハルセロナまで行くと遠いし……」

「じゃあさ、エニンスル半島のちょうど真ん中辺りにしようよ。それで、大人になったら、東海岸まで行くんだ」

「いいね、そうしよう。でも、中央部って、砂漠と山脈しかないよね?」

「確かにそうだった気がする……。そうだ、学校の図書館から地図を持ってくるよ。ちょっと待ってて」


 フローラはそう言い残し、バタバタと部屋を出ていった。


 数秒だけ彼の部屋に取り残されたシーナだったが、すぐに立ち上がると彼を追いかけた。


「待って! 私も一緒に行く!」


 その声がフローラに届いたのか、階段を駆け降りる音が突然止まった。シーナ一人だけがフローラの部屋に残る意味もなく、この判断はシーナの方が適切だったと言えただろう。


 図書館にやってきた二人は、読書用のテーブルで地図を一緒に眺めていた。


「……やっぱり、砂漠と山脈しかないね……」

「本当だね。……もうちょっと詳しく見てみよう」


 シーナが退屈そうに言ったため、フローラは気を取り直すようにページをめくり始めた。


 本音を言えば、シーナは、グランヴィルのような都会的な場所に行ってみたいと思っていた。そのため、砂漠や山脈といった自然にはほとんど興味がなかったのだ。




「シーナ、シーナ」


 興味がないと思っていたら、いつの間にか肘をついて寝てしまっていたようだ。フローラに起こされ、シーナは慌てて目を開けた。


「シーナ、寝てた?」

「ごめん、寝ちゃってた」


 シーナは恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら(うつむ)いた。


「いいよ、いいよ。それで、行き先のことなんだけど……」


 フローラが張り切って説明をしていることはわかっていたが、彼女の頭にはあまり入っていなかった。というのも、頭の中が恥ずかしい気持ちでいっぱいだったからだ。


 したがって、適当に返事をしていると、何かが決まったようだった。


「わかった、ありがとう。じゃあ、このスプラー山脈の(ふもと)の町だね。山脈の向こう側に行くなんて、考えただけでわくわくするね!」

「そ、そうだね」


 どこだっけ、と言うことはできなかった。出発するまでのどこかで、きっと聞くことができるタイミングがあるだろうと思っていた。


 しかし、そのままフローラとまともに話すこともできないまま、出発日を迎えてしまったのは、シーナにとって不覚でしかなかった。


「まさか、一度もちゃんと聞くことができなかったなんて……」


 シーナは独り言を呟きながら、重たいスーツケースを持って寮から出た。


 約束していた待ち合わせ場所、いつもの校門前の噴水にやってくると、すでにフローラの姿があった。スーツケースを地面に置き、座って地図を眺めていた。


「フローラ! お待たせ!」


 シーナの声を聞いて、フローラは立ち上がった。そして、彼女の方を見ると、上から下に視線を動かし、眩しい目で彼女を見つめた。


「ど、どうしたの……?」

「いや、かわいいなと思って……」


 フローラは恥じらうように手を後頭部に当てていた。


 今日のシーナは、ワイン色のミニスカートに黒いベルトを着け、胸元にリボンのある黒いブラウスを着ていた。足元には黒のローファーを履いている。髪は下ろしたままだが、艶のある綺麗な橙の髪が風に(なび)いていた。学校に行くときは絶対にしない格好だ。


 実は、シーナは今回のために、フローラに内緒でグランヴィルの商店街に行っていたのである。そのおかげで、フローラは見たことのないシーナに本当に驚いていた。


「明日はまた別の服装なの?」

「もちろん」


 シーナは自信に溢れた顔をして、フローラの横に並んだ。


「フローラも素敵だよ」


 シーナに笑顔で言われ、フローラはまた恥ずかしかったようだ。頬を赤くして校門の方を見ている。


 シーナが素敵だと言ったフローラは、薄いベージュでオーバーサイズのカットソーを着ており、黒の長ズボンを履いていた。靴は白と黒のスニーカーだった。彼もやはり、学校には着ていかないようなラフな格好をしていた。


 二人はそれぞれ手にスーツケースを持ち、並んで話しながら歩いていた。グランヴィルの商店街の端に長距離用の馬車乗り場があり、ゆっくりとそこに向かっていた。


「今日は天気が良くてよかったね」


 シーナは一瞬空を見上げ、視線をフローラに移して言った。


「本当に。向こうも天気がいいといいね」


 二人はそんな調子でグランヴィルの商店街を抜け、とうとう馬車乗り場にやってきた。


「お二人さん、どちらまで?」


 ハンチングを被った男がシーナたちに声をかけてきた。手に何やら表が書かれた紙を持っているのを見ると、彼は馬車の運行を管理しているのだろう。


 二人が行き先を伝えれば、彼は穏やかに笑った。


「じゃあ、あっちの馬車に乗りなさい。すぐ出発だからね」

「わかりました、ありがとうございます」


 シーナは笑顔で男に手を振り、馬車へと向かった。フローラは小さく会釈していた。


 男の言ったとおり、二人が馬車に乗り込むと間も無く出発した。ゆらりゆらりと馬車に揺られながら進む先は、スプラー山脈の麓の町。グランヴィルを出た後は南に進み、プラル地方の中心市街地を通って東に経路を変える。その先はスピードを上げてヒールフル地方に入り、ヒールフル地方の中にあるヒールフル砂漠の北端の街道を通り抜けて、ヒールフル地方の東の境界線を描くスプラー山脈へと到達する。山脈の中の曲がりくねった道を越え、イルケー地方側に彼女たちの目指す町がある。


 この馬車は、途中何度か止まりながら一日かけて移動し、翌朝に目的地に到着する予定だ。なお、馬車の最終目的地はイルケー地方の北東部に位置するイルケーの港だ。かなりの長距離だが、普通の馬車にしては途中かなりのスピードで駆け抜けるため、一日と少しの時間をかければイルケー地方まで移動することができる。


「楽しみだね、フローラ」


 シーナはフローラの手を抱くようにした。逆に、フローラは残った片手で彼女の頭を撫でた。


「楽しみだよ、本当に。一緒にいられて幸せだよ」


 彼の言葉を聞いて、シーナはやはり赤面しつつも、彼の腕をより強く抱き締めた。

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