10 黄泉の客(二) ①
陽は依然として高く昇っている。
メラニアが向こう側からこちらに歩いてきた。
「状況を理解できたかしら? じゃあ、私は行くから」
「わかったわ……」
リリアが言った直後、メラニアはその場から消えた。同時に、向こう側に見える森も音を立てた。
残されたシーナとリリアは墓地から歩み出た。
「メラニアは何をしたくて来たんだろう」
シーナの問いかけに、リリアもわからないという顔をした。
「結局、メラニアは私たちに何もしてこなかった。ただ単にリリアに言いたいことを言って、自分がユキアを殺した犯人だと自白して、それだけだった。でも、それだけならば、ダランにリリア宛ての手紙を送れば済むよね?」
「そうね、それが一番簡単な方法だわ」
リリアは短くあっさりとした返事をした。
「であれば、どうしてここまで来たんだろう。たとえば、リリアと顔を合わせることに意味があったのかな」
「あるいは、シーナの顔を見たかったか」
「でも、私が来ることは予想できないでしょ? だって、今朝呼ばれたわけだし」
そう、シーナがここに来ているのは、今朝、リリアから呼び出されたからである。登校して間も無くリリアに呼び出され、総合指揮官室で同行することを求められた。すなわち、シーナが来ることは不確定だったわけである。
「そうね。ということは、私の顔を一度拝んでおきたかったとか、そういうことなのかしらね」
「そうかな……。まあ、そうだろうね……」
シーナはまだ納得できていなかったが、リリアの言うことに従うことにした。そのリリアは、シーナの前を素早く歩いており、まるで他のことで頭がいっぱいで背後のシーナのことなど忘れたかのようだった。
ユキアが倒れていたあたりまで戻ってきた。その辺りだけ雑草が倒れており、すぐにユキアがそこに倒れていたことが理解できた。遺体を回収した人の姿はどこにも見当たらないため、ここに到着して用を済ませてからすぐに帰ったのだろう。
シーナは雑草が倒れているところにしゃがみ込んだ。
「ユキア先生……。どうしてユキア先生が狙われたんだろう……」
シーナがそこで止まっていることに気が付き、少し先を歩くリリアは足を止めた。
「シーナ? どうしたの?」
「どうしてユキア先生が、って思って……。ちょっと感傷的になっていただけなの」
シーナは徐に立ち上がると、走ってリリアの元にやってきた。
「そう。……ダランに帰るわよ」
彼女の言葉に、シーナは「うん」とだけ答え、真後ろをまた同じように歩いた。どことなく悲しい気持ちになっていたシーナだったが、リリアには悟られないように注意していた。初めてリリアに自分を曝け出さなかった。
その後、二人はしばらく無言で学校への道を進んでいたが、ようやくシーナが口を開いたのは、アイザック教会群遺跡まで戻ってきたときだった。
シーナはもやもやした気持ちでいっぱいだった。そして、しばらく心の奥に押し込めていたこの質問をせざるを得ない気持ちになった。
「ユキア先生は、派遣先で何をしていたの? 単なる教員じゃなかったの?」
「…………」
シーナの予想どおり、リリアは閉口した。ユキアのことを聞けば、彼女は詳しく話さなくなる。
それはなぜか。——知られたくない何かがあるからに違いない。
シーナはそれをなんとか聞き出そうとしていた。が、やはり総合指揮官ともあろう人間の口は固い。言って良いことと悪いことを完璧に仕分けているのだろう。
「リリア、教えてよ。リリアとの約束なら、私、守れるから。信じて」
「シーナ。私はあなたのことを信用しているし、尊敬している。でも、話せないことは、何があっても話せないの。ごめんなさい」
「でも、リリアにとっても私にとっても大事なユキア先生が死んでしまったんだよ? ユキア先生に関することを話せないなら、まるで何かを隠蔽しているみたい」
「そう見られても、言えないこともあるの。たとえシーナであっても」
「……わかった。ごめんね、リリア」
シーナは折れることとした。これ以上押しても、リリアが口を割ることはないだろうと悟ったのだ。
◇◆◇
ダラン総合魔法学校に戻ったシーナとリリアは、真っ先に副学長室に向かった。この件は総合指揮官から副学長に報告し、それを受けて副学長から学長に状況を説明する運びとなった。
「教員のユキア・オムロンが殺されました。犯人は、カクリス魔法学校のメラニア・エドワーズ総合指揮官で間違いないと思います。あと、もう一点、重要なご相談があるのですが」
例の件だろう、シーナは即座に理解した。
予想どおり、リリアはメラニアから聞いた、四年後の話を副学長に説明した。そして、リリアとしては、あらかじめ学校対学校で議論し、外交的に攻撃されないようにすることを提案した。非常に現実的かつ合理的な策だった。
「なるほど。それが最も良い。フェデラック・ベルン副学長に伝えておいてくれ。イールス学長には私から話しておく」
「ありがとうございます、スンナ・イノウエ副学長。話に進展がありましたら、改めて御説明に参ります」
「ところで……」
二人が部屋を出ようと踵を返したところで、スンナに呼び止められた。二人は驚いて振り返る。
「そちらの生徒は? 今回の任務に同行したということか」
「はい。彼女はシーナ・ベルリア。今は高等部の一年生ですが、魔法の扱いは学校の中でもトップクラスです」
「なるほど。有望だな」
「ええ、……そうかもしれませんね」
スンナがシーナに向いて「有望だ」と言ったので、シーナは困った顔を見せて応えた。リリアは満足そうに笑みを浮かべていた。
スンナの部屋を出た二人は、フェデラック副学長にも同様の説明を行った。
フェデラック副学長はダランの外交を担当している。スンナが内政的なことを処理していることと棲み分けがなされているのだ。
外交とは、主に他の学校との連絡及び調整を行うことだ。地方機関の役人は地方内の学校と他の地方との調整が主であるが、学校の場合は相手も学校だ。ダランの最も重要な相手方はカクリスだ。問題は多々あるものの、カクリスとの全面戦争が起きないのはフェデラックのおかげでもある。
「リリア総合指揮官、念のため聞いておくが、今回の任務は教員からの報告があったということだったよな?」
「ええ、そのとおりです。何か疑問点が?」
「いや、少し気になっただけだ。特に問題はない」
「いえ、それでは」
簡単に済ませたフェデラックへの報告後、リリアに促されるようにシーナは寮の自室へと戻った。
「疲れたでしょう。今日はもう休みなさい」とのことだった。
シーナは魔法の扱いにおいては学校一を誇るレベルだったが、座学の面でいうと人並みだった。
それでも、これまではあまり気にしていなかったのだが、今回の一件を境に、過去に何があったのか歴史を考えるようになったため、彼女は珍しく教科書を開いた。
とは言っても、教科書にすべてが載っているわけではない。もちろんユキアが何をしていたのかは記載されていないし、カクリスが攻めてくる理由が詳細に記されているわけでもない。
シーナはベッドに寝転がった。窓の外では、遠くに見える丘が燃え盛っている。そろそろ学校の授業が終わる頃だろう。
数分程度ベッドに横になっていたが、思い立ったように跳ね起きると、階段を下りた先の三階部分で退屈そうに立っていた。上ってくる生徒たちの顔を一人ひとり一瞥しては、目を逸らすといった作業をしていた。
ふと、ある人物がやってきたことに気が付くと、シーナは三階に上ってきたその人物の手を取った。周りには彼の友人も数名いたが、彼女が気にする様子はなかった。
「どうしたの、シーナ」
「フローラと話したいことがあって。これから時間ある?」
「もちろん。……ここだとなんだし、外で話そうか」
シーナは無理に作った笑顔で頷いた。
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