9 黄泉の客(一) ③
陽はまだ高いところにあるが、先ほどよりは傾き始めただろうか。
再び歩き進めたところで、先に小さな墓地があることに気が付いた。位置的には、プラル地方においても北側の、リラ地方により近付いたところだ。墓地を越えた向こう側に、リラとの境に当たる森が見えるのが目印だ。
少し前に振り返ったところ、ダランのローブを羽織った人たちがユキアの遺体を回収しに来たところを見かけたため、シーナは少しだけ安心していた。もし彼女があそこで寝たまま放置されてしまえば、いつか本当に原型も無くなるのだろうと思うと、気が気ではなかったからだ。
緩やかに墓地に進んだところ、墓地の中に人影があることに気が付いた。シーナはすぐにリリアの腕を掴み立ち止まった。
「リリア、あそこ。誰かいる」
「カクリスね」
ローブには、白地に赤色の模様が描かれており、すぐに教師であると認識できた。
何も隠れるものがないため、シーナとリリアは真正面から向かうこととした。
「突然攻撃される可能性もあるから、いつでも戦えるように構えておいて」
「わかった」
墓地に差し掛かったところ、あちらを向いていたカクリスの教師はこちらに振り向いた。ユキアに似たブロンドの長髪を持った女だった。が、ユキアの方が綺麗な髪だろう。
シーナたちが歩いて向かってくることを見て、ニヤリとしている。
「リリア・ボード総合指揮官。ようこそお越しくださいました」
「あなたは……」
十分に距離を取りリリアは口を開いた。
「知っているの?」とシーナ。
「彼女は、カクリス魔法学校の総合指揮官、メラニア・エドワーズ。空間系魔術が専門だけど、コントロール系魔術も使えたはず」
説明してから、彼女は続けた。
「あなたがここにいるということは、ユキアを殺したのはあなた?」
「ああ、あの貧弱なダランの教師ね。そうね、そんなところよ」
甲高い声が耳障りに感じられた。むやみに上から目線なところも好けなかった。
「そちらのおチビちゃんは、ダランの生徒さん?」
「ローブを見ればわかるでしょう。それで、どうして私を呼び出したの? あえて私を呼び出したんでしょう?」
「まあ、そんなところかしらね」
メラニアは踵の高いハイヒールブーツを履いており、標準的な身長のシーナは、歩み寄ってきたメラニアの顔を見上げていた。
「ダランの誰かと繋がっていた?」
リリアは目を細めた。しかし、メラニアは高らかに笑った。
「それは言わない約束だからね」
「私を総合指揮官から降ろしたい人間か、そもそも嫌っている誰かのどちらかでしょう」
リリアが嫌われているとは到底考えられなかった。他の教師からも人望が厚いはずだ。
対して、総合指揮官になりたい誰かがいたのであれば、前者については否定できない。可能性としては大いに考えられる。
「それより、今日はあなたを殺したいわけじゃないのよ」
歩み寄ってくるメラニアから、シーナとリリアは後退りした。シーナは後方にあった墓石に躓き転けそうになった。
「なら、何を?」
「世間話よ」
「ユキアの遺体を使ってまで私を誘き出しておいて?」
「そう」
シーナは何のことか全く見当もつかなかったが、リリアの表情から察するに、相手は相当に手強いのだろう。並々ならぬ緊張感を感じた。
「そちらのおチビちゃんは、今何歳かしら?」
「十三歳。それがどうしたの」
「なら、同い年ね」
「……誰と?」
シーナは終始黙っていた。メラニアは、シーナには全く目線を移さなかった。敵だとも認識されていなかったのだろう。
「ソフィア。私たちの希望の人材よ」
「それで、その子がどうしたの? どうして急に話そうと思ったの?」
シーナは全く知らない名前だ。おそらくリリアもそうだろう。
「あなたたちに警告しておこうと思って。……ダランに勝ち目はないから。今後、一切」
メラニアの声が低くなった。まるで確信したかのような物言いだ。
それでもリリアは怯まなかった。
「最初から争っていないわ。カクリスが勝手にアールベストに入ってこようとしていただけでしょう」
「なら、アールベストのイッサール一般学校を含む北部一切をリラに渡しなさい。それで私たちのしたいことは終わりよ」
「私に決定権はない」
メラニアはため息をついた。その答えは想定内だ、とでも言いたげな顔だ。
「今決めてほしいなどとは思っていない。期限はロマンス時代五年よ。ソフィアが卒業した翌年。その頃になれば、ソフィアは自由に外部に出ることができる」
「なるほど」
リリアは溢すように声を出した。
「つまり、これから四年かけて、アールベストがリラに土地を譲る段取りをつけろ、というわけね」
「そういうこと」
「それを私に個別に話してどうするつもり?」
「それは、あなたにもわかるでしょう」
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