8 知らなかった現実 ②
寮に戻ったところ、扉に紙が挟まっていたのでシーナは手に取ってみた。どうやら、今回の校外実習が中止となったのはそのとおりらしく、明日からは通常の授業にするとのことだ。
シーナはローブを脱いで髪を軽く整えると、階段を下っていった。向かった先は、リリアの部屋だ。
扉をノックしたが、リリアが出てくる様子はない。まだ校舎側にいることも大いに考えられ、シーナは一旦部屋に戻ることにしたが、その道中偶然にもフローラに出会った。彼はとても心配そうな顔をしていた。
「シーナ、無事でよかった。今日は昼頃に授業が終わって、急遽生徒たちは家へと戻されたんだ。先生たちは会議を開いているらしい」
フローラはそこまで告げると、突然、シーナのことを抱擁した。彼女は思わず「どうしたの!?」と顔を赤くした。
「悪い噂もいろいろと耳にしたんだ。それで、シーナが無事かどうか、ずっと気がかりだったんだよ。……本当に、無事でよかったよ……」
フローラは心から安堵しているようだった。彼の言葉を聞いて、シーナも彼を抱き返した。
「心配かけてごめんね、私は大丈夫だから」
シーナにとって、何よりも幸せで穏やかな時間だった。
その後、フローラと分かれたシーナは、時間を置いて再びリリアの部屋へと向かった。今度は、中からリリアが笑顔で彼女を出迎えた。
「リリア、聞きたいことがあるの——」
「どうしたの、シーナ」
リリアはオレンジジュースを用意して、シーナの横に座った。いつも対面で座るのに、珍しいものだと感じられた。
「学校が何を隠しているのか、教えてほしいの」
「学校が、……隠しているもの?」
リリアは笑顔を崩さなかった。
「今日は災難だったわよね、ゆっくり休めばいいわ」
全くシーナの質問を聞こうとしない態度だった。しかし、シーナがそれにめげるわけもなく、
「今日みたいなこと、これまでも起こっていたんでしょ?」
「何のことかしら」
「ある先生が言っていたの。今日みたいなことは珍しいって。それって、これまでも同じようなことがあったってことだよね?」
リリアは何事か、という顔をしているが、その裏ではこれまでの事実を把握しているはずだとシーナは認識した。総合指揮官ともあろう人間が、知らないはずがない。
「リリア、私には隠さないでほしい。二歳のときからずっと一緒にいてくれたリリアのこと、信用しているの。だから、今回も私のことを信じて真実を教えてほしい」
シーナはリリアの瞳を見据えた。リリアも彼女の目を見つめ返している。
暫時の沈黙の後、ようやくリリアが口を開いた。
「わかった、シーナ。あなたにはこの社会のある真実を話すわ。だから、私がこれから話すことは他の誰にも話さないで。そして、私がこの話をすることを、誰にもバラさないで。約束してくれる?」
「もちろん。リリアとの約束なら、私、守れるよ」
シーナは彼女の前でだけ見せる、甘えたような顔をした。
それを見て、リリアは意を決したように説明を始めた。
数は多くないけど、これまでも今回同様のことが何度か起きていたことは事実。とはいえ、人が死ぬということはほとんどなくて、いざこざになる程度だったの。
でも、今回は違った。これまで一箇所だけが標的となっていたものが、今回は北部を中心に一斉に狙われた。だから、あなたたちだけではなく、校外実習全体を中止としたの。
これまでも起こっていたならどうして放っていたのかと、あなたは聞きたくなると思う。結論から話すと、カクリスからの宣戦布告だと見なすことができなかったからなの。どの事件においても、カクリスが主犯であることはほとんど確かだったんだけど、確たる証拠はどこにもなかった。つまり、カクリスに、単なるでっち上げだと言われかねないものだったの。
さらに、もし宣戦布告だと見なしたならば、ダランとしてもそれに対応しないといけなくなる。具体的には、反撃するか、防衛に留めるか、ということ。
残念ながら、今のダランには反撃するほどの戦力はない。というのも、授業で実戦演習はほとんどしないでしょ? だから、戦闘になる前から、結果がわかってしまっているの。
リリアはジュースを飲み干した。一方のシーナは、ほとんどジュースには手をつけず話を聞いていた。
「カクリスの生徒たちが、産業のためにこっちに攻めてきている、って言っていた。それは本当?」
「それも理由の一つだと思うわ。確かに、リラの土地は農業などにあまり適していないからね」
「他の理由があるの?」
「歴史的な理由……も考えられるかな。定かではないけど」
リリアは立ち上がると、彼女自身のコップを台所に戻した。戻ってくると、シーナの顔を見て、ジュースはもういらないのか、という顔をした。シーナは急いで飲み干すと、コップをリリアに手渡した。
「歴史的な理由って?」
「……今日はもう寝なさい。続きはまた今度よ」
リリアに促され、シーナはまだまだ聞きたいことがたくさんあったが、渋々立ち去ることとした。
「リリア、ありがとう。またいつか、いろいろ教えてほしいな」
「また、機会があればね」
リリアは笑顔でシーナを見送った。シーナは駆けるように自室へと戻っていった。




