6 世知辛い話だ
──廊下
扉を開けた先はやや広い廊下だ。そして正面にはガラスの掃き出し窓がある。
そしてその向こうは、中庭だ。この屋敷は、四角い中庭の外周を廊下が囲み、その外に部屋が並ぶという間取りだ。そして、建物は石造りで二階建て。
そしてその中庭の中央には、噴水のある池。そのすぐそばには、ドーム状の屋根を持つ東屋のような建物。屋根の下には石像が見える。礼拝堂か何かか?
う……む。やはりかなりの豪邸だな。昨晩は部屋の隣にあるトイレとの間を往復しただけであったから気づかなかった。
建物の感じとしては、トルコやギリシャ、イランあたりの様式に近いかもしれない。
とはいえ、テレビの旅行番組で見た程度の知識しかないので断言はできないが。
「ずいぶん立派なお屋敷ですね」
『ああ。元々は豪商のものだったらしいんだがね。商売に失敗して手放したと聞いている。それを借りているんだ』
「なるほど……」
……やはり異世界にもそういうことはあるのか。世知辛い話だ。
俺たちは部屋を出て、右へ向かう。
さっきの部屋の隣にもう一つのドア。更にその向こうは吹き抜けのある広間になっていた。
そして広間中央、中庭の反対側には重厚なドア。
大理石っぽい床に、いかにも高級そうな絨毯が敷かれている。壁や天井の造りもかなり豪華だ。
ここが玄関か。
玄関ホールの中央には、二階へと登る階段がある。
俺たちは玄関ホールを横切ると、その反対側にあるドアの前にたどり着いた。
木製の、装飾付きの扉だ。
『どうぞ』
レジューナは俺を招き入れる。
「──おじゃまします」
俺(と、肩に乗ったアンダーソン君)はその扉を潜った。
この部屋も、玄関ホールと同じく豪華な造りだ。複雑な模様のある壁紙。天井には絵が描かれていたりする。
きっと応接間か何かなのだろう。
前の持ち主は豪商だったという話だったな。ここで商談などを行なったのかもしれない。
『かけてくれ』
レジューナはソファを示す。きれいな花柄の刺繍がされたカバーがかかっている。
「では、失礼して──」
そのソファに腰を下ろした。
続いてレジューナはテーブルを挟んで反対側に。
と、ドアを開けて例の大男が入ってくる。
その手には、ポットの乗ったトレー。
男は無言でテーブルにトレーを置くと、そのまま踵を返して退出していった。
う……む? 使用人っぽいけど、客人には話しかけてはいけないとか? ここは異世界であるからマナーもあるのかもしれん。日本の常識に囚われてかいかんか。
にしても……あの長身にしてはずいぶん手が小さく感じた。
……異世界だから、なのか? まぁ、よかろう。
『さあ、茶が入った』
目の前に差し出されるカップ。
いつの間にかレジューナは茶を入れてくれていた。
緑茶っぽいが……この匂いはハーブティーか。
「いただきます」
とりあえず、一口。
いい香りだ。
「──美味しいです」
『それはよかった』
「そういえば、ですが──さっきの人、ずいぶん大きいですね」
とりあえず、そう問うてみる。
失礼にならなければ良いのだが……。
『ああ。彼は助手をしてくれている。無口なのは……まぁ、いろいろあってね』
「そう──でしたか。すいません」
人には話せない事情があるか。これ以上詮索すまい。
『いや、気にしなくて良い。それよりも、だ。君の世界の話を聞かせてくれないか?』
「ええ、喜んで」
……と言ったものの、何から話すべきか?
とりあえず、自分がいた国だな。
「俺のいた国は、地球という星の中の、日本という国でした。歴史の長い国の一つです」
『……ほう。ニホン、ね。どれくらいの歴史があるのかな?』
興味深げな声。
「国としては、はっきりしているのは1,700年くらいまででしょうか。古代に編纂された歴史の本では、確か2,600年くらいと書かれていますが。
『……なるほどな。よくある話だ。君たちの国以外に以前に国家は存在しなかったのかね?』
「いえ。日本以外の場所ならありました。確か、ですけど……確か8,000〜7,000前くらいには文明……というか、小国家はあったらしいです。大陸の、大河のほとりに」
『ふむ……8,000年か』
何やら考え込む様なそぶり。
『それ以前の、君たちの歴史はどうなっていたのかな?』
「文字での記録は残っていないので、遺跡などの調査結果ですがね。おそらく農耕が始まったのは、氷河期が終わっってからしばらく経った1万くらい前でしょうか』
……正直うろ覚えだ。一応歴史は得意科目ではあったんだがな。とはいえ当時教えられていたことと変わってる部分もあるだろうしな。まぁ、あんまり断言しない方が良いか。
『そうか。それ以前に文明はなかったのかな? 失われた文明などは』
「えっと……」
どう答えたものか。一時期そっち系のオカルト本もそこそこ読んだたんだがな。実際それらのほとんどはトンデモだろうし。まぁ、一応触るだけは、な。
「一応、二つの大きな海の中に、それぞれ失われた大陸があったという言い伝えはあります」
『……ほう』
レジューナが身を乗り出した。どうやら相当興味を引いたらしい。
う……む。どこまで本当かは分からないんだけどな。
「一つはアトランティスと呼ばれる大陸、あるいは島で、古代文明があったと言われています。2,500年前くらいの哲学者の著書に載っていたものです」
『ふむ。アトラ……ンティスか』
何やら頷いている。
「高い技術力と膨大な富、強力な軍隊を持っていたそうです。しかし、12,000年ほど前に突如として海の底に沈んだと書かれています」
『……なるほど』
これまた頷きながら聞いている。よほど興味深いのか?
「……ですが、最近の知見においては存在が否定的な様です。本の著者は寓話として語ったものではないかと」
『そう……なのか』
困惑した様な答え。う……む。語るべきではなかったか?
『まぁ、言い伝えなどその様なものだ。もう一つについて教えてくれ』
「はい。……こちらはもっと実在が怪しいものですが。ムーと呼ばれる大陸です」
『……ムー?』
怪訝そうな声。
「まぁ、こちらは与太話の様なものです。……続けますか?」
『……続けてくれ』
「では……この大陸も、12,000年前に海の底に沈んだと言われています」
『ほう』
「とはいえ、この主張をした人物の経歴が少々怪しいので……。それに近年、やはりこちらも大陸が海中に沈んだ証拠はない、とされました。もっとも、『大陸はなかったが“ムー文明”は存在した』などと主張する人もいましたが」
『……なるほどな。“地球”といったか。その世界はどう言った姿をしているのか教えてくれないか?』
「はい。では……」
そうして俺は、元の世界について話していった。
正直、かなりチグハグな感じになってしまったが……。
──夕刻
『……ふむ。今日はこれくらいにしておこう』
日が傾きかけた頃合い。レジューナの言葉で今日はお開きとなった。
体感では、昼食を挟んで大体9時過ぎから3時過ぎぐらい、といったところであろうか。
話したのは、現代までの大まかな歴史と各大陸の姿、社会体制ぐらいか。
正直なところ、大学を出てから二十年弱。記憶に曖昧なところが多過ぎた。
とはいえそれでもレジューナは俺の話を熱心に聞いてくれた。それも、昼食の時間を大幅に超過するほどに。
とはいえ、歴史上幾度も起きた戦争の歴史にはかなり失望したような雰囲気もあった。
彼が言うには、この世界においても千年ごとに大きな戦争があったとのことだ。
──この辺の歴史は、たとえ異世界であっても変わらないのであろうか?
レジューナ曰く。
この世界には、俺たち地球人類に似た人々が存在する。
そして、人類に似た亜人ともいうべきものも。
一方、この地下にある世界には魔族と呼ばれる者たちが存在する。
地上の人族と魔族。ほぼ千年ごとに両者の間に大きな戦いが起きているらしい。
それは、約一万年前から続く地上の覇権をめぐる戦い。
以来、人族と魔族は千年ごとに地上の支配者の地位を占めてきたという。
そして気になったのが、1万年前に滅びたという古代帝国。その歴史の始まりが約12,000前であるという。
……何か関係があるのだろうか?
まぁ、それは聞くまい。支障がなければいずれ話してくれるだろうさ。
他には、地球のテクノロジーなどにも興味を示した。
まぁ、俺程度の半端なエンジニアには語り尽くせるだけの知識はないがな……。
それはそうと、気になったこともある。
レジューナは断片的ながらも地球のことについて知っているようなのだ。
もしかしたら、俺以外にも地球から転移した人物がおり、そこから情報を得ていたのかもしれない。
現に俺がこの世界にいるのだ。他の転移者がいても不思議ではあるまい。
試しに他の転移者について聞いてみたがはぐらかされてしまった。
何か事情はあるようだな。
……まぁ、今現在の話ではなく、過去に転移してきた人物の話がおぼろげながらに伝わっているのかもしれないが。
あるいは……12,000万年前に“何か”があり、レジューナはそれを知っているとか?
……うむ。余計なことは詮索するまい。
あとは……飯だ。
それに、糸を出す練習ぐらいか。
そして寝るだけ。
少々退屈ではあるがな……。が、仕方あるまい。
出来れば風呂に入りたいところなんだがな。
まぁ、レジューナの弁によればこのあたりはあまり水が豊富ではないらしい。なので、とりあえず湯で身体を拭くだけだ。
ここの気候は暑くもなく湿気も少ないのが救いだな……。