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5 おはよう、アンダーソン君

 う〜ん? 何か──重い? この……胸の上に乗る“何か”。

 ふむ? コイツ、暖かくて毛深いな。え〜と、猫か何かだろうか?

 ン? 猫なんて飼ってたっけ? ……あー、そうだ。モコだったか。実家に置いてきたんだったな。そういえば、久々に実家へ帰ったんだっけ。それで俺のところに来てくれたのか。

 よーしよし。良い子だ。

 そっとその背を撫でてやる。

 と、モコは一瞬びくりと身体を震わせたものの、そのまま俺に身を委ねてくる。

 うむ。可愛いヤツめ。……ン?

 何か思ったよりゴワゴワしてるな。起きたらブラッシングしてやらねば。兄貴め、手入れを怠ったな。幾らモコが年食ってるからってそれくらいはすべきだろうが……

 …………あれ?

 いや待て。モコはとうの昔に死んだハズ。いつぞや実家に帰った時に骨壺も見ている。

 じゃあ、コレは…………。

 寝ぼけた頭が一気に目覚める。

 と、胸の上の“何か”は慌てたように俺から離れていった。

 ン? この脚の感触は──ああ、そうか。

 そして──急速に意識が覚醒していく。



 目を開くと、白い天井。ここは確かレジューナの……屋敷の一室か。

 やはり異世界に転移したのは現実だったか。

 そして、視界の隅には慌てたようにベッドを飛び降りる茶色い影。アンダーソン君だ。

 ……見なかったフリをしておこう。


「ン゛〜〜」


 とりあえず身を起こし、大きく伸び。

 そして周囲を見回すと、部屋の端でこちらを見るアンダーソン君の姿があった。


「おはよう、アンダーソン君」


 いつものように挨拶。

 と、一瞬思案げに頭を傾げたのち、軽く脚の一本を上げて答えてくれた。

 そうそう。これがいつものアンダーソン君だ。大きさはともかくとして。

 いや、いくつかの変化点はある。

 その一つが、頭だ。

 確か蜘蛛は頭と胸が一体化している訳だが、今のアンダーソン君は頭が胸部から独立している様なのだ。鏡餅の様な感じで上下二段になっている。

 おそらくは俺と“混ざった”影響だろう。俺に目や脚やらが増えた様に。

 もしかして、他にも変化した部分があるのかもしれないが、残念ながらそこまでハエトリグモの姿を観察した事ないので判別できない。

 ……おっと。それよりも、だ。

 俺もまた、腕を上げて答える。

 アンダーソン君は満足した様に脚を下ろすと、ヒョイとジャンプして壁に取り付いた。

 まるで猫みたいに身軽だな。いや……元からそういう生物か。

 にしても、だ。……う〜む。やることがない。

 外でも眺めようかと思ったが、この部屋の窓は天井際の高いところにある。残念ながら俺の背では届かない。見えるのは青空だけである。

 とりあえず、軽く体操でもするか。昨日までずっと寝ていた訳だし身体も鈍っている。あんまり動かないと筋肉もどんどん落ちちまう。

 それに、変化しちまった身体に慣れないとな。

 まずは、軽くストレッチを開始。肩周りの筋肉をほぐす。

 肩甲骨を大きく回し、内回り、そして外回り。

 うむ。じんわりと肩が温まってきた。

 で、だ。その下にある副腕をどうすべきか。

 それと、糸だな。

 蜘蛛と“混ざった”訳だから、糸も出せるかもしれない。

 脇腹の、あのイボか。

 服をまくり、脇腹のイボ状突起を見やる。

 ここからどうやって糸を出すんだろうか?


『──わからん』


 アンダーソン君の声。

 え? 君がそう言うのか。


『ほんのう』


 ……それは確かに。

 とはいえ、本来ヒトにはないもう一対の腕を操れるんだから何とかなる……かもしれない。

 いや、元から付いてるモノでも自由にならないのもあるけどさ。耳とか……

 まぁ、耳は練習すれば動くと言うしな。試しにやってみるか。

 まず、脇腹の“イボ”に意識を手中。

 …………

 …………

 ……。

 ダメか。

 とりあえず、周囲を揉んだりとかして見る。

 あとは脇腹あたりに力を入れたりして……おっ、何か出た。

 白い糸状の“何か”。

 う……む。細いな。すぐに切れそうだ。

 もうちょっと頑張って……おおっ、数本まとめて出てきた。

 確かクモの糸って、鉄に匹敵する強度なんだよな。

 それをより合わせて……ふむ。

 引っ張ってみるが、なかなかの強度だ。

 そうだな。何かあったときのために糸を使える様にしておこう。

 いや、具体的な“何か”を想定している訳でもないが。

 ……と、暫くするとドアがノックされた。


「どうぞ」

『邪魔するよ。おはよう』


 入ってきたのは、レジューナ。そして、もう一人。

 2mを超えるほどの、長身の男だ。これまたレジューナ同様の姿をしているので、多分だがな。その腕には、布がかけられたトレー。


「おはようございます。……そちらは?」

『ああ。私の助手をしてもらっている。とりあえず、朝食を持ってきた。君にとっては粗末なものかもしれないが……』


 レジューナが後ろの男にチラと視線を向けると、彼は無言でテーブルの上にトレーを置いた。

 そしてトレーの上の布を取ると、バンなどが入ったバスケットと、その隣にある小さな皿が現れた。

 男は小さな皿を取ると、それを床上に置く。

 アレはアンダーソン君用か。そういえば昨晩もああだったな。


「重ね重ねありがとうございます。ロクにお礼もできず、申し訳ない」

『気にすることはないさ。困っている人を助けるのに理由はいるかい?』

「ありがとうございます。では、いただきます」

『うむ。後で呼びにくるので、私の研究室に来てくれないか?』

「ええ。喜んで」

『では、また』

 そう言うと、テーブル上に置かれた昨晩の食事の皿を持って二人は引き上げていった。



 そして俺はテーブルに座ると、茶色いパンを一口。

 ……美味い。

 無論、日本で食べたパンほど柔らかくも甘くもない。素朴な麦の味だ。

 が、空きっ腹であったために極上の味にも感じる。

 昨晩は、病み上がりということで粥のようなスープのみ。栄養はあるんだろうが、腹には全くたまらなかった。

 が、今回は固体ゆえに腹を満たしてくれる。

 ああ……ありがたい。レジューナには感謝せねば。

 ……おそらく100%の善意ではないんだろうが、それでも恩は返さねばな。

 ふと隣を見ると、アンダーソン君が皿に入った液体を舐めている。

 砂糖水の類だろうか。

 クモって物を噛み砕けないからな……。だから獲物に消化液を注入し、消化された液体を吸収するんだっけか。

 日本にいる頃は全長1cmにも満たないサイズだったから綿棒の先に染み込ませた砂糖水で大丈夫だったが、今は猫サイズだもんな。そりゃ皿でもなけりゃ足りないだろう。

 いや、それよりも目の前のメシだ。

 パンの他には皿に盛られたソーセージっぽいものとサラダ、そしてドライフルーツだ。

 他には豆の入ったスープと、緑茶っぽい匂いのする液体の入ったポット。

 う〜む。レジューナは『粗末』と言ったが、なかなか良さげである。

 正直、ここ最近の俺の朝食なんてな……

 いや、よそう。悲しくなるだけだ。

 にしてもこのサラダ、見覚えのあるモノも少なくないな。レタスっぽい葉っぱとか。トマトみたいのもある。

 ……ふむ。トマトだな、こりゃ。

 ちょっと小さく緑がかってるし、甘みも少ない。しかし紛れもないトマトだ。

 この世界にもトマトがあるのか……。

 いや、よく考えりゃ俺がここに転移してきてるんだ。トマトぐらいこっちにあっても何の不思議じゃなかろう。

 あとは……このソーセージ。

 ……んン゛ッ⁉︎

 ちょっとスパイシーだな。香辛料の匂いもキツい。

 ……が、パンに挟めばいけるな。ちょい野菜も挟んで……

 スープは……ふむ。塩と胡椒かな? そして僅かな酸味。そして豆は……大豆やひよこ豆でもないな。……レンズ豆だっけ? それっぽい。それに、玉ねぎと人参みたいな野菜。

 で、このポットは……

 カップに注ぐと、黄緑色の液体。

 ……緑茶だな。

 この手に組み合わすとしたら紅茶なんだろうけど、発酵の技術がないのか?

 いや、パンとかもあるからたまたまなのかもしれん。ここの主人の好みかもしれんし。

 いずれ外に出て、この世界の文化を見て回りたいところだがな……。

 まぁ、今は我慢だ。



 そしてしばしののち、レジューナが俺たちを迎えにきた。

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