49 真っ裸でドヤるな
──夜
俺たちは用意された部屋で就寝することになった。
ありがたいことに、人数分のベッドが用意されている。
アンダーソン君は『ハンモックの方がいい』などと言っていたが──流石に他人の家でそれをやるのはマズかろう。
なので、今日は皆大人しくベッドで眠ることにした。
俺とアンダーソン君が入り口側。そしてリゼットは一番奥。万一、トゥレの聞いた“物音”の“主”が現れた場合に備えての態勢だ。
無論、何もないのが一番なのだが──
そしてベッドに入った途端──急激に眠気に襲われ、眠りに落ちた。
──そして、おそらく夜半
「──ッ!」
副腕に結んでおいた糸に、微かな反応があった。
──きたか! 慌てて飛び起きる。
直後、
「ッ⁉︎」
喉元に突きつけられた刃。
「ム、ウッ!」
『きゃっ⁉︎』
それを絡め取り、投げ捨てる。
蜘蛛の反射神経のおかげだな。人間のままであったらこうはいかなかった。
「誰だ──ッ⁉︎」
『あっ……う……』
足元で呻く少女の姿。それは……
「って、トゥレちゃん⁉︎」
何者かの襲撃があるとは思っていたが、彼女が来るとは思わなかった。
って──ことは。
『うわーっ!』
『かかったな!』
イツァクとアンダーソン君の声。
ふむ。こちらも問題なさそうだ。きっちり拘束している。
──ということは、やはりヴェーラが首謀者か!
水滸伝だっけか? 人肉饅頭にして売っていた……張青と孫二娘だったか。
やはりその類の人物であったか!
にしても、彼女はどこに⁉︎
おっと、まさか、だ。
「リゼット! 大丈夫か⁉︎」
一応確認しておかねば。
『あー、すいません。この有様ですー』
「あっ──おう」
リゼットはヴェーラに拘束され、包丁らしき刃物を突きつけられている。
「! いつの間に⁉︎ ──まさか!」
彼女らの直上の天井には、人一人が通れるだけの穴が空いている。
やはりあの屋根の上の“何か”はヴェーラと関係があったのか! 彼女の動向は気にはなっていたが──
『けど……しろーが外に行っている間、アイツは動かなかったぜ?』
「ふむ……」
アンダーソン君の言。
『何をごちゃごちゃ言っているのは分からないけど……この女がどうなるか、分かっているんだろうねぇ?』
と、ヴェーラがニヤリと笑った。
けど、さ。
「リゼット、脱出できるよな?」
『あ〜、はい。でも、もうちょっと心配してくれても良いじゃないですか〜』
「いいからはよ」
『うう゛っ、はい〜』
そして、彼女の姿が崩れ、
『!』
直後、青い水塊となってその腕をすり抜けた。
そして俺の傍で再び水塊は集積し、人型を為す。
『くふふっ、水の精霊たる私にはそんな拘束などきィかないんですよォ! くふふっ! ふッはははっ!』
俺の隣で全っ裸のまま高笑するするリゼット。
ヲイ……
『……ンふッ⁉︎』
「あのな……真っ裸でドヤるな」
とりあえず軽く、チョップでツっこみ一つ。
『あう〜。ちょっとくらい良いじゃないですか〜』
「その前に服着ろ、服!」
『え゛〜、減るモンじゃないでしょうに〜』
「減るとか言う前にな、風紀とか言うものがな……」
というか、見た方のセリフだろうが、それ。
不肖不承、という感じで一緒に逃れた下着を着る彼女。何にせよ、俺たちが街に入れるのはまだまだ先のようだ。
──まぁ、いい。
「形勢逆転だな。どうする?」
薙刀を構え、ヴェーラに迫る。
しかし、その時、
『まだだ!』
「!」
天井を突き破って落ちてくる“何か”。……こいつ、は。
「大蜘蛛、だと? まさか……」
おそらく絡新婦的な何か、か? それが、ヴェーラの背後に降り立つ。
あの糸の主なのだろうか?
と、リゼットが声を上げる。
『あれは……魔王軍配下、リドヴォーン。傀儡蜘蛛です! かつて、私がいたボゾン砦を占拠していた魔王軍の残党の一人!』
「……傀儡蜘蛛⁉︎」
傀儡、と。つまり、
「やはり、トゥレとイツァクを操っていたのは貴様か!」
リドヴォーンに斬りかかるべく、薙刀を構え……
『ケハハハハッ! 私を知っているのがいたとはねェ。……それよりも、この女を死なせたくないのかい?』
「ッ! ──まさか」
見れば、ヴェーラの首に、巻きつく糸の束。つまり、彼女も人質だというのか⁉︎
『そうさ。この女も“まだ”生きている。そして、この糸を締め上げれば首が落ちる。あんたらがこの女を死なせたくなければ、ねェ』
やはり、とは思っていたが……。
ならば……あった。念のために張っておいてこの糸だ。
さりげなく、懐中にある赤い角錐を握った。
と、熱を感じる“力”が俺の中に流れ込んできた。
次いで副腕をそっと服の背中側から下から出し、手元にあったしおり糸をつかむ。そして、イメージを練り……よし、
「“火線”!」
俺の手元から小さな炎の塊が糸に沿って宙を走る。
これは、糸を炎魔法で燃やす技。ガルナガレスの“力”が宿る魔導石の力を借りたのだ。
そういえば昔、こんな規格あったな。嫌いではなかったが……。
いや……それよりも、だ。
そして燃え盛るしおり糸を、両腕を振って一気に跳ね上げ、
「行け!」
『!』
ヴェーラに絡む糸の束を一気に焼き切った。
そして、
「リゼット!」
『はい! ……“水弾”!』
水の弾丸で、その火を消す。ついでにリドヴォーンを牽制。
次は、だ。
「アンダーソン君!」
『おう! “踊糸”!』
投射されたネットがヴェーラを包み、引き寄せる。
よし。なかなかの連携だ。
どういうわけか俺たち三人は、強く“念じる”ことで意志の疎通ができるようだ。
おそらくは、天蛇の塔のスライムのおかげだろう。三人とも、身体にその一部を宿しているからな。ある意味運命共同体か。
『なっ……貴様も蜘蛛、だと?』
「まぁ、ね」
どうやら頭にターバンみたいな感じで布を巻いていたおかげで、俺の額の目や触肢に気付かなかったようだ。副腕は服の下に隠していたしね。
……さて。
「で、だ。これで、人質はいなくなったぜ?」
『お……おのれ!』
逆上し、鎌状の鋏角を振り上げるリドヴォーン。
「蜘蛛の性質なら、百も承知だ。やってみるかい?」
ハッタリではある。
とはいえ、こっちにもアンダーソン君がいるしな。
『おれは、運命の女神の眷属。貴様は蜘蛛の名折れだ。覚悟するが良い』
そしてアンダーソン君は相対するようにその触肢を天に掲げ……
『ほざけ!』
激昂し、鋏角をギラつかせて俺たちに迫るリドヴォーン。
更には、
『喰らえ……“斬糸”!』
そうしてヤツは、一気に糸を放つ。すぐさま、格子状に広がりつつ迫る糸。
俺たちを捕らえるつも……って、“斬糸”⁉︎ まさかこれ、よくあるフィクションの超振動ワイヤーの類か。……って、何かのゲームの映画版であったレーザートラップっぽい⁉︎ 下手すりゃ四角く切り刻まれるヤツか! マズい!
“火線”……やってはみるが、間に合うかは分からん。
「二人とも伏せろ! いや、とにかく物陰に隠れてくれ! 俺は良いから!」
『ふん……しろーは心配性だな。大丈夫だ』
叫ぶ俺を見、アンダーソン君の無表情な顔が“笑った”ように見えた。そして、リゼットにアイコンタクト。
そして、
『くふふっ、行きますよ……“旋風”!』
リゼットの腕から、小さな旋風が。放たれた。
決して強くはない風。加減したのか、あるいは彼女の属性的にはその程度しか“力”を発揮できないのか。
しかしそれによりヤツの網が巻き込まれ、絡み合っていく。
と、次いでアンダーソン君が“力”を放った。
『行け。“斬輪”!』
大きく引いた右の触肢。そこに、輝く光の輪が宿る。草刈機の刃にも似た刃を持つ円輪状のカッター。
腕が振り下ろされたと同時に、光の輪は敵へと向かって走る。
さらにアンダーソン君は二度、縦横に腕を振る。と、もう二枚のカッターが現れ、宙を飛んだ。
ほう、三連か。
それらが自在に宙を舞っていく。
『ぬ……うっ⁉︎』
リドヴォーンが放った網は、あっという間に斬り刻まれてしまった。さらには脚を二本ほど斬り落とす。
俺も呆けている場合ではないな。
『しろー!』
「おう!」
アンダーソン君の“声”。そして、“イメージ”のやりとり。
そして、薙刀を構えて走る。
「……喰らえ!」
ジャンプ。そして大上段からの一撃。
『フン、甘いねぇ』
それはヤツの鋏角に軽々と受け止められ……
『ヌッ⁉︎』
ヤツは腹に突き刺さったナイフを見て当惑の声を上げた。
「そっちが本命だ!」
副腕で投げたナイフ。それが命中したのだ。
『キ・サ・マー!』
「よっと」
激昂し、鋏角と触肢で掴みかかるヤツ。
それを俺は後ろに倒れ込んでいなし……
『キサマ、だけ、は……』
リドヴォーンは好機と見たか、俺に狙いを定めた。
直後、
『隙あり』
『ヌゥッ⁉︎ ……アァッ!』
寝転んだ俺の頭上を、アンダーソン君が跳ぶ。
そして、
『喰らえ!』
『ぐぁッァ!』
サーベルによる斬撃。
それは俺に気を取られ、無防備であった頭胸部を大きく切り裂く。
すぐさま俺も立ち上がり、薙刀で一撃。
さらには、
『“光槍”!』
リゼットの一撃がアンダーソン君による斬撃の傷に命中し、ヤツの身体を貫いた。
そして……その身体が崩れ落ちた。




