48 あのな──しねーよ
──居室
厨房と繋がった場所に、居間らしき空間があった。
そこに設置されたテーブルで、俺たちは出された暖かい茶を飲んでいる。
なかなかに美味い。
『旅の方々、どちらから来られました?』
スノリゴスターの肉を切りつつ、ヴェーラが問うてくる。
「えっと──」
どう答えたものか。とりあえず……
「リシュート方面からです」
そう答えるしかないか。
『なるほど。ところで……その、そちらの方のお姿は一体?』
アンダーソン君の方をチラと見、問うてくる。
まぁ、そうくるよな。
「とある魔導師に色々された様です。あの子自体は危険ではありませんよ」
『そう、ですか……』
やはり当惑しているようだ。
おっと、そうだな。
「何か手伝えることはありませんか? お世話になるんですし」
『そっ、そうだね……。薪を、運んでもらえないかい? ちょっと心許なくなってきた』
「ええ、お安い御用です」
俺は立ち上がろうとし──
『待て。おれが──行く』
アンダーソン君に制された。
まぁ、力仕事に関しては、間違いなくアンダーソン君に任せた方が良いが……ン?
俺の腕に糸がつけられている。
『あの女に──気を付けろ。見ておいてくれ』
糸伝いの“声”。
──ふむ。
「分かった。頼んだよ」
やはり──“何か”ありそうだな。
──夕食
アンダーソン君が運び込んだ薪を窯に焚べ、さらに煮炊きを続ける。
今のところ、アンダーソン君が危惧する要素はなさそうだが……
そうすることしばし、
『ふぅ……出来たよ』
料理が終わったようだ。彼女は料理を皿や深鉢に移している。
『トゥレ、運んでおくれ』
『はい、母様』
そして、俺たちが座るテーブルに、料理が運ばれてくる。
湯気、そして食欲をそそる匂い。
「おお──久々の米だ」
おそらくはピラフらしきもの。というか、ポロやビリヤニっぽくもある。米と……おそらくスノリゴスターの肉、さらに卵や野菜などを使った炊き込みご飯だ。
そして、炙ったワニ肉と野菜のスープ。
この具材の野菜……ここの家庭菜園で作られたものだろうか? ニンジンや大根っぽい根菜やキャベツっぽい葉っぱもあるな。久々に口にできる野菜だ。
料理はシンプルに、塩と香辛料の味付けらしい。一応、コショウのようなモノは、この辺にもあるらしい。……うむ。真っ当な食事にありつける。これは本当にありがたい。
「こんなご馳走を──ありがたい!」
『喜んでいただけで何よりです。では、召し上がれ』
と、ヴェーラ。まるで、慈母のような微笑みだ。
ふ……む。疑問は多々あるが、いただこう。
「では──いただきます」
俺はスプーンで米料理をすくって口に運び……咀嚼する。
「おおっ!」
やはりこれは数日ぶりの炭水化物──それも米だ!
ああ──懐かしい。確かにこれはジャポニカ米ではない。しかし、遺伝子に刻まれた記憶が俺を揺さぶる! アカン、泣きそう。
農学部を卒業した兄貴によれば、だ。人類の発祥の地アフリカにおいても、米は食べられているらしい。と、なれば起源は少々異なるとしても、俺にとっては魂の根源といえるだろう。
そして、肉と野菜のスープだ。正直、野菜の甘味などはあまり強く感じない。しかしそれは、品種改良された野菜類を食べ慣れた俺の感覚だ。とはいえ久々に食べる野菜だ。何というか……身体が求めていたようだ。これは、美味い。ありがたくいただこう。
──そして、食後
「ご馳走様です。美味かったです」
『そうですか……。お粗末様です』
「いえいえ……。久々にコメと野菜をいただきました。色々あって、ずっと旅していたので」
真面目な話、本当に有り難かった。涙が出るぐらいに。
『そう、ですか……』
彼女は一瞬、思案げに視線を上に向けた。
『その……』
そう彼女が言いかけた直後、
『ああ、そうでした。薪運びは本当に助かりました。最近腰をやっていましてね……』
『おう。気にするな』
父親がアンダーソン君に礼を言う。
(──!)
一瞬、言葉を遮られたイツァクを見るヴェーラの顔が般若のようになった……いや、気のせいか?
ま、まぁ、いい。見なかったことにしよう。
「分かります。俺も昔、やってしまって。あれは本当に辛いです。今は、治りましたけど……」
肉体労働だしな。そうなると仕事にも支障が出てしまう。
……ン?
ヴェーラが何やら口中で呟いたっぽい? それとも“念話”のせいで思考が漏れた?
……まぁ、いい。聞こえないフリだ。
『それなら……“治癒”!』
『! おお、痛みが……』
リゼットの治癒魔法。
『これは……助かりました!』
『くふふっ、どういたしまして』
どうやら効果は覿面のようだ。
あーそういえば、俺は何も貢献していないな。
「まだ何かあれば手伝いますよ」
『ええと……どうしたものかしら? ああ、いえね……。もう、手伝ってもらうようなことはない……』
と、ヴェーラはチラとトゥレの方に視線をやる。
……?
『ああ、すいません。その……さっき、納屋のほうに物を取りに行った時に変な物音がしたんです。少し怖くて、戻ってきてしまいました。あの……一緒に来ていただけますか?』
「う……ん?」
あの視線の意味は? と、思わなくもないが……まぁ、良かろう。
「いいよ。それじゃ──行こう」
『ありがとうございます』
『シロウさん、変なことはしちゃダメですよ?』
「あのな──しねーよ」
リゼットよ。俺とて、流石にこういう状況で、そういうことをしないだけの分別はある。分かって──くれるよな?
そうして俺たちは玄関へと向かった。
──屋外
俺とトゥレは玄関を出、納屋へと向かう。
「どのあたりで音がしたんだい?」
『ええ。あの納屋の辺りです』
「ふむ……」
視線の先。母屋の半分ほどの大きさの納屋。
俺の実家ならば耕運機やらコンバインやらが並んでたんだがな。
この世界ならば、牛や馬を使うような鍬の類なんかもあるのかもしれない。
……まぁ、それよりも、だ。
さりげなく糸を出し、それを経由して聴覚を凝らす。が、何も収穫はない。
そして頭に巻いたターバン状の布を脱いで視界を広げ、周囲を見回す。
──と、直後。
「!」
視界の隅で、何か動いた。
──ッ! これは、
右のこめかみにある目。それが捉えた“何か”。母屋の屋根の上に赤く光る“それ”。
もしかして──これが、か? いや、分からない。しかし、だ。
「戻ってくれ! もしかして、“何か”いたかもしれん!」
『え? “何か”……って?』
「分からん! もしかして気のせいかもしれん……とはいえ万一のこともある。君は母屋に入っていてくれ!」
そう言いおき、ジャンプ。納屋の壁の柱に足をかけて三角飛び。そして、母屋の側にたたずむ大木の枝にしがみついた。さらに、逆上がり要領でその枝の上に乗り、何とか体勢を整える。
「ヤツは……」
しかし、その姿はない。
「気のせいか? それとも……」
まずは確認だ。
さらに上の枝に上り、
「“暗視”!」
屋根の上を見通す。
だが……
「いない、か」
気のせいだったのだろうか?
まぁ、生来の目と比べて視力もないしな。何かの見間違いの可能性もある。
空を見上げれば、やけに赤い星。
あれは──何だっけか? いや、地球の空とは違うかもしれないが。それと見間違えたのか?
あるいは……
まぁ──よかろう。とりあえずは、戻るか。
とはいえ一応、警戒用の糸は張っておこう。




