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3 “混ざって”?

『やあ、気付いたかい?』


 現れたのは、一人の男──おそらくは、だが──だった。

 おそらく、と言ったのは、その人物の風体故である。

 フード付きのローブをまとい、顔には仮面を着けている。体格は小柄で華奢な様にも見えるな。

 ともあれ──俺を助けてくれたのがあの人なんだろうか?

 俺は反射的に起き上がろうとし……


「……ッ!」


 全身の痛みに悶絶。


『ああ、寝たままでいいから』


 その“男”の声。

 高くもなく、低くもなく。

 男とも女ともつかない声だ。

 そもそも──その“声”自体に何か違和感がある。

 かなり怪しげだ。一体何者なんだ? 何が起きているのだろうか──?

 いや──その前に、だ。

 俺を助けてくれた人ならば──その言葉に甘えさせてもらおう。


「こんな格好ですいません。えっと──俺はどうなったんです? 貴方が助けてくれたんですか?」

『まずは一つずつ。君は何らかの要因で次元の障壁を突破してしまい、この世界に転移してきたのさ』

「次元? ──転移?」


 どういう事だ? ここは日本ではないという事か?

 ……その“言葉”。先刻からの違和感の正体。耳から聞こえるのは聞いたことのない言語。しかし、脳裏に響く“声”は、俺にも分かる。


『“念話”という。君の精神に語りかけているのさ。君たちの概念に一番近いのは“魔法”だな』


 ……魔法、か。

 昔よくやったコンピューターRPGではお馴染みだ。

 普通に考えたら絵空ごとと思ってしまうが、実際に体感するとね。確かにここは日本──どころか地球ではないということか。


『納得していただけたかな?』

「ええ。何らかの要因、ですか。……状況から考えると、その直前にどうやら落雷に遭ったようですね。その結果、どういう訳かは知らないが、それでここに来てしまったのかもしれません……」

『落雷、か。なるほど……』


 “男”は納得した様に頷いている。もしかしてよくあること、なのか?

 と、視線を俺に向ける。


『ところで、君の今の状態だが……。君には信じがたいことばかりかも知れないが、覚悟して聞いてくれ』

「えっ……はい」


 少々イヤな予感がするが、聞くしかなかろう。


『君の身体のことだ。何となく感じているとは思うが、違和感があるはずだ。その……少々“混ざって”しまってね。残念ながら上手く分離できなかった』


「“混ざって”? ──分離?」


 どういうことなのか? 俺に一体何が……?


『薄々は分かっているのだろう? 君自身の身体を見たまえ』

「う……む」


 確かにそれは感じていた。視界、そして腕……

 正直、考えない様にしていたんだがな。だが、そう言われてしまっては現状を認めざるをえない。


『君は“その時”、蜘蛛を連れていただろう? その“彼女”と“混ざって”しまったのさ』

「……蜘蛛? ああ、アンダーソン君か。それと……“混ざった”⁉︎」


 そんな、まさか……。

 いや、確か映画であったっけ。人間とハエが混ざるってヤツ。確かあれは、転送装置に入り込んだハエが……とかだっけか。

 で、俺は異世界に転移した訳だが……その時にそうなってしまったのか?


『“エイガ”云々はよく分からないが……おそらくは、ね。そして、分離する上で少しばかり問題が生じた』

「問題──というと?」


 う……む。おうむ返しばかりだな。とはいえこの状況ではどうしようもない。


『ああ。君たちの分離はできたものの、まだ一部君と蜘蛛が混ざり合ってしまった状態なのさ。何とか頑張ってはみたものの、それが限界だった』

「そう、ですか──」


 なるほどな。そう言う事情か。まぁ──九死に一生と考えれば、な。

 いや、それよりも──。


「遅れて申し訳ないです。助けていただいてありがとうございます」

『え? うん、ああ……礼には及ばないさ』


 “彼”は、当惑。そして一瞬思案げな仕草をした。


『……そうだな。代わりと言っては何だが、君の世界のことを教えてくれないか? 異世界のことを知りたいんだ』

「そうですか。それなら喜んで」


 その程度のことならお安い御用だ。

 だが、目下の問題は……


「あつかましいお願いかも知れませんが、この世界についても教えてもらえるとありがたいです。正直、右も左もわからないので……」


 いきなり異世界に放り出されても野垂れ死ぬだけだ。せめて衣食住と職は確保しておきたい。


『ああ、そうだね。それはおいおい情報交換して行こう。おっと、申し遅れたが私はレジューナ。とりあえず、しばらくはこの塔で暮らすといい』

「ありがとうございます! 俺は朱知師郎です。よろしくお願いします」

『そうか。……シロウ、よろしくな』


 重ね重ねありがたい。ツイてるのだろう……多分。

 ……まぁ、この世界で俺にできる仕事があれば良いが。

 というか、俺のこの身体で受け入れてくれるのだろうか? その辺は聞いてみないと分からんが。

 それよりも、だ。


「その──一ついいですか? 俺と一緒に転移してきた蜘蛛は、どうなったんですか?」


 俺と混ざったアンダーソン君のことも気になる。分離できたとはいえまだ“混ざった”状態っぽいっけど。


『ああ、それなら……』


 レジューナは視線を俺の頭上に向ける。


『そこにいるではないか』

「──え?」


 視線を頭上へ……って。

 ベッドのヘッドボード上で、猫ほどもある巨大な茶褐色の蜘蛛が俺を覗き込んでいた。

 そのつぶらな大きな目と目が合う。


「うおわッ⁉︎」


 思わず叫び、ついでに全身の痛みで悶絶。

 う……む。全く気付かなかった。──こんなデカい蜘蛛がすぐそばにいたとはな。アシダカ軍曹よりデカいのは、流石に恐怖を感じる。

 ……と、その蜘蛛は踵を返し、ヘッドボードの向こうに行ってしまった。

 ン? ……アレ? なんか悲しそうな背中だが……。


『その子が君のいう“アンダーソン君”だよ。君が驚いたせいでどうやら少しいじけてしまったらしい』

「──へ?」


 アレがアンダーソン君⁉︎ そっ、そういえば確かに俺の部屋にいたアダンソンハエトリっぽかったけどさ……

 つか、悲鳴をあげたのはマズかったか。


『まぁ、後のことは“アンダーソン君”に任せよう。……おっと、その前に“治癒”!』


 レジューナが俺にその掌を向ける。

 と、そこから放たれた白い光が俺を包む。


「……!」


 何だ? 一瞬身体が熱くなった様だ。

 反射的に首を上げ……

 痛みが、ない⁉︎

 そして茫然とする俺に背を向け、レジューナは去っていく。

 そうか──コレが魔法の“力”。あんな一瞬で痛みを消し去ってしまうとは。

 ……。

 いや、それよりも、だ。

 部屋の隅で恨みがましく俺を見るアンダーソン君の視線。

 この状況をどうすべきかな……

 俺は内心頭を抱えた。

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