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13 そん・な

『ニゲろ! ──ハヤく!』


 アンダーソン君の声。

 振り返ると、スパイダーが脚を振り上げていた。その先にある鋭い爪が鈍い光を放つ。


「うわっ! ──何だ⁉︎」


 慌てて飛び退いた。

 そしてスパイダーは脚を振り上げたままこちらに躙り寄ってくる。

 何が起きている? とにかく逃げた方がいいな。

 ドアに駆け寄り……


「──ン?」


 開かない。鍵がかかっている様だ。

 ……というか、そもそもドア自体を閉めた記憶がないんだがな。


「何で──って、うわっ!」


 勢いよくスパイダーが脚を振り下ろした。


 慌てて横に飛ぶ俺。

 脚が突き立った場所の床が砕け、破片が飛び散る。

 アレをまともに食らったら死ぬな……。


「──ッ! 何で、こんなコトに」

『イマは そんなこと カンガえてる ヒマはない。まずは──アイツを どうにか しないと』

「ああ!」


 見る限り、他に扉はない。武器になりそうなのは──アレだ!

 ダッシュ。そしてテーブルにたどり着く。

 そして椅子の一脚を手に取ると、


「このっ!」


 思いっきり投げつけてやる。

 そして、ボンネットに命中。椅子の背もたれあたりの木片が飛び、ボンネット中央が凹んだ。


「……ッ!」


 クッソ。親父の形見だから大事にしてたのにな。転移する前の日も、ピカピカに磨いてやったな……。転移の影響で壊れたり、異形になったりしても仕方がないとは思っているさ。──とはいえ自分の手で傷つけなきゃならないとなると、な……。

 それでも、愛車に殺されてやる訳にはいかん。

 (にじ)り寄るスパイダーを睨みつつ、もう一脚の背もたれを掴んで持ち上げる。


「アンダーソン君、何処かに避難しろ!」

『こーじ! そういう ワケには……』

「早く!」

『お……おう』


 アンダーソン君は俺の肩から壁へと飛び移った。

 よし。


「……喰らえっ!」


 椅子を振り上げて踏み込む。

 そして、


「こンのッ……ヤロウ!」


 一撃、二撃。

 愛車を俺に仕向けた相手──おそらくはレジューナ──への怒りを込めて。


「チッ! ……うわっ⁉︎」


 椅子はバラバラに砕けてしまった。そして俺は、横なぎに振るわれた脚に跳ね飛ばされる。

 唇を切ってしまったのか、口中には血の味。

 引き換えに相手は……一本の脚が幾らか折れ曲がっている。とは言え歩くのに支障はなさそうだ。

 流石に鉄板が相手では分が悪いか。

 だが、諦めるつもりはない。

 近くに転がる、先に投げた椅子を拾おうと……


「……チッ!」


 ヤツはそれを察知してかその椅子を俺から遠くへと蹴り飛ばす。

 クソッ、その程度の知能はあるか。

 確かテーブルにはもう二脚あったはず。それを……


「! しまった」


 いつのまにか壁際、それも角に追い詰められていた。

 跳ね飛ばされた時か! 気付かなかった。椅子に気を取られて周囲の確認を怠ってしまった……。


 歩み寄るヤツ。そして、恐怖を(あお)る様にゆっくりと脚を振り上げた。

 マズい!

 このままじゃ、死ぬ。その鋭い爪が俺に迫り……


「⁉︎」


 いきなりヤツがバランスを崩した。

 一体何か? ……ああ、これは!


「アンダーソン君か!」


 ヤツの脚に絡みつく糸。それはアンダーソン君の仕業であった。

 俺に気を取られている間に仕込んでいてくれたのか。

 横を抜け、側面へ。壁に手をつき、ジャンプ。ふらつくスパイダーを蹴り……というか、足裏で押しやる。

 と、スパイダーはたまらず倒れた。


「ありがとう。助かった!」

『おう。……そんな ことより、早く!』

「ああ!」


 俺も糸を出し、アンダーソン君とともにヤツに巻きつける。


「……こんなものか?」


 ある程度巻きつけたところで、先刻蹴り飛ばされた椅子を手にし、扉へと向かう。

 ……やはり、鍵がかかったままか。

 それなら。


「このっ!」


 椅子を叩きつける。

 ここでも一撃、二撃。

 扉の中央にヒビが入った。

 よし。もう一髪……


『しろー!』


 肩の上に飛び乗ってきていたアンダーソン君の声。

 振り返ると、スパイダーがクモ糸の縛を力ずくで引きちぎろうとしていた。


「マズい!」


 慌ててもう一撃。

 だが、


「……ッ!」


 椅子は扉を破壊できず、あえなく砕けてしまった。

 だが、もう少しだ。中央に大きな亀裂が走る。これなら……

 手中に残った背もたれ部分をスパイダー目掛けて放り投げる。

 そして、


「おぉッ!」


 扉の中央目掛けて前蹴り。

 結果、


「……しまっ⁉︎」


 脚が突き抜け……そして挟まれてしまった。

 マズい!

 慌てて引き抜こうとし……ダメか!

 その間にスパイダーは拘束を引きちぎり、立ち上がっていた。

 やはり投げつけた椅子の背もたれは大したダメージは与えられなかったか。

 そして、ゆっくりと俺たちの方へと迫る。

 そして俺の脚は……まだ抜けない。

 クッソ……コレまでか!

 そう思った直後、


「! ダメだ!」


 アンダーソン君が目の前を横切る。

 糸を駆使し、ヤツの動きを止めようと……

 しかし、一人だけではとても無理だ!


「逃げろ!」

『……ッ!』


 スパイダーはアンダーソン君を放った糸ごと捉えると、頭上で振り回した後に俺に向かって叩きつける。


「ぐあっ!」

『……ッ‼︎』


 首から左肩にかけて鈍い衝撃があった。そして、アンダーソン君の、声にならぬ悲鳴。

 赤みがかった体液が飛び散る。そして、床上に力なく落下した。


「ッ! ……そんな!」


 その衝撃のせいか、今更になって扉に挟まれた脚が抜けた。

 立ち上がろうと……ダメだ。ふらつき、くず折れる。膝から下の感覚がない。

 おそらく俺も相当にダメージを負ったのだろう。

 ……これまでか。

 それでも何とか身体を動かしアンダーソン君に這い寄る。


「すまない、俺のせいで。君の苦難は全て俺が受けるべきものなんだ」


 少なくとも俺がこんなことにならなければ、彼は普通に蜘蛛としての生涯を終えられた……はずだ。


『ナニを──イうんだ』


 アンダーソン君は震える脚で、半ば潰れた上体を起こして俺を見……


『おれと……しろーは……』


 そこで“声”は途切れた。


「アンダーソン君……」


 すまない。詫びることしか出来ないが……

 そして、スパイダーはおもむろに脚を振り上げ……


「!」


 俺の背に突き立てた。それは身体を貫き腹まで抜ける。

 灼ける様な痛み。血が失われ、意識にモヤがかかる。


 ドアが開くのを感じた。そして入ってきた人影は……


「そん・な。トゥラ・ミシュ……」


 まさか──レジューナの正体は彼女だったのか?

 彼女は無表情で俺を見下ろすと、スパイダーに何やら指示を出した。

 スパイダーは俺を貫いたまま脚で持ち上げ、背中のキャビン部分へと無造作に放り投げる。

 ついで、アンダーソン君も。

 その上に、トゥラミシュが“何か”を放り込んだ。

 これは──俺が作った糸の細工品や着替えなどの荷物か。

 どういうつもりだ?

 そして今度は、俺たちを乗せたままスパイダーが歩き出す。

 一体どこへ?

 と、何やら壁の一部が開いたようだ。

 そうか。他にも出入口があったのか。だからコイツも……

 しかし、この先には一体何があるんだ?

 そこは真っ暗な部屋。そしてスパイダーは進み続ける。

 やがて俺の身体が何やらゼリー状のものに包まれ……

 そこで意識が途切れた。

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