1 うだつの上がらぬ人生を歩んで来たものである
鬱屈した独白っぽく書こうとしたら、某漫画の構文っぽくなってしまった……
何とも──うだつの上がらぬ人生を歩んで来たものである。
この閑散とした安アパートの一室。それをしみじみと眺めると──そんな思いが胸に去来した。
そう──故郷を出て二十年弱。
地元の高校を卒業した俺──朱知師郎──は、上京後いわゆるFランと呼ばれる大学へと進学した。そしてバブル崩壊後の就職氷河期と言われる中、何とか中堅と言える企業に就職し、平凡な社員として働いていたと思っていた訳だが──。
いや──働いていたつもりであった。
突然訪れた不況によりその会社はあっさりと倒産。結果、俺たちは路頭に迷う羽目になったのだった。何とも──運がない。
その後は失業手当を貰いながら再就職の道を探っていた。
そして現状、未だに正社員として雇ってもらうことはできない。
一応、現在は派遣やらアルバイトやらという形で食いつないではいる。しかし──そろそろ限界だ。またしても不況の波に飲み込まれ、とうとう派遣切りにあってしまった。次の派遣先はまだ決まっていない。アルバイトもなかなか見つからないしな。
それも当然か。俺自身──もう若くはないしな。
──ここまでだ。決して多くはなかった蓄えもいよいよ尽きようとしている。
幸い、俺にはまだ実家がある。だから帰ることにした。一応、母さんと兄貴からはOKをもらっている。とりあえず兄貴の農業を手伝いつつ、再就職先を探すつもりだ。
そしてできる限り早く次の住処も探す。
中学時代の友人が不動産屋の社長をやってるので、部屋を紹介してもらえるよう頼んでおいた。
実家に長居すると義姉さんはいい顔しないだろうしな……。甥っ子たちの教育にも悪いし。
にしても──だ。夢を持って都会に出たにもかかわらず都落ち。何とも──情けない話だ。
「俺の人生って──一体何だったんだろうな」
独り言が俺の口から漏れる。
それは、誰にも聞かれることはなく消えていった。
いや──いるか。理解されてはいないだろうが。
俺の視線の先。壁に張り付き、こちらに視線を向ける一匹の小さな蜘蛛。
「なぁ──アンダーソン君」
そう声をかける。
いつの頃からか部屋に居ついた茶褐色の小蜘蛛。
アダンソンハエトリというらしい。……多分。
それを調べた時は、一瞬アンダーソンと読み違えてしまった訳だが……それを一応コイツの名前として呼んでいる。
砂糖水を染み込ませた綿棒で餌をやったりしているうちに、何となく愛着も湧いてしまった。
それ以来、独り言の相手となってもらっている。
無論、小さな蜘蛛だ。理解してなどいないだろうが……。
──さて。もういいだろう。
俺は傍のバッグを手に、立ち上がる。
これがこの部屋にある最後の荷物。
まだ使えそうな家具類は実家に送り、それ以外は処分した。そして持ち帰るものは、既に車のトランクの中だ。
さぁ──行こうか。
これで、この部屋ともお別れだ。
──アンダーソン君とも。
「──じゃあな」
そう声をかけ──
「!」
蜘蛛がジャンプし──俺の目の前に着地した。
「──ははっ」
思わず笑ってしまった。
まるで、『自分も連れて行け』とでも言っているかのように感じたからだ。
そんなはずはないのにな。
とはいえ、何となく別れ難くもあった。
なら──
「お前も一緒に行くか?」
蜘蛛と目があう。
──。
何となく、蜘蛛がうなずいた気がした。
──約一時間後
俺は愛車に乗って高速道路をひた走る。
これは──親父の形見としてもらった古いオープンカー。
兄貴はほとんど車に興味がなく、廃車する予定だったものを貰ったのだ。
当時はまだ懐に余裕があったからな。少々カネのかかるこの車も十分維持できた。
しかし、今やジリ貧。
残念ながら、実家に着いた後は手放すことになるだろう。
ドライブに連れて行ってもらったりした、思い出の詰まった車なんだがな。
かなり手入れが行き届いていたところからして、親父にとっても思い入れが深い車だったのだろう。
すまない──親父。不甲斐ない息子で……
…………。
──おっと。つまらんことを考えてしまった。
おそらくはコイツとの最後のドライブだ。しっかり楽しまねば。
……隣にいるのは綺麗な彼女じゃなく蜘蛛だけどな!
アンダーソン君には百均のプラケースに入ってもらった。
抵抗するそぶりも見せず、大人しくケースに入ってくれたのには少しばかり驚いた。
まぁ、懐いてくれたってわけではないだろうが……
……ん? 何やら前方に黒い雲が見えるな。
雨雲か? 予報には無かったが──ツイてないな。仕方ない。一度パーキングエリアにでも寄って様子見か。
看板は──あった。あと数キロだな。
一応ルーフは閉めてあるが、何ぶん前世紀の古い車だ。停止中ならともかく走行中に降られたら雨漏りする可能性がある。
ボディも相当ヤレてきてるからな。走行中のボディが歪んで、閉めているルーフとピラーの間に隙間が出来てしまうかもしれん。
おっと──そろそろか。
パーキングエリアの入り口が見えてきた。
本線から逸れてパーキングエリアへと向かう。
空いていれば良いんだがな。とりあえずコーヒーでも買って様子を──
そう思った直後。
「!」
轟音。そして眩い光。次いで──衝撃。
(一体何が⁉︎)、と思う間もなく──
俺の意識は暗転していた。