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作者: 林修 大

本はこの世界に数えきれないほど存在している。それは、図鑑であったり参考書であったりいろいろな種類の本がある。そして、小説も例外ではない。本といえば小説、小説といえば本となるように本と聞けば思い浮かぶのは大体小説だろう。そんな小説というものは実は、もの凄いものなんじゃないかと私は思う。

小説を読むと我々読者は、その世界の中に引き摺り込まれる。その本の中にある文章に夢中になり、登場人物の想いに共感し、その中で起こる出来事に興奮する。そして小説に魅了される。その魅了された人は決して少なくはないはずだ。だから、今までずっと小説が書かれてきたのだろう。その小説ごとに世界があり、言葉がある。小説というのは、我々とはまた違う世界そのものとも言えるのだ。だが、ここで冷静に考えてほしい。我々が見ているのは、言ってしまえばただの文字だ。広告や新聞、教科書などに使われるあの文字だ。なのに何故、文字だけで人を魅了することができるのだろうか。

小説はその世界観や出来事以外にも文字で伝えるものがある。それは情景や見た時の感覚である。私の好きな小説にこんな言葉がある。

「でもその淋しさは、夫の言う旅情とは違うような気もしたのです。それはもっと生々しく感じられる淋しさでした。小学校からの長い帰り道をひとりで辿っていくとき、貯水池の土手に長く伸びた影に感じていたような感覚です。」1)

これを読んでどう思っただろうか。なんとも言えない妙な哀しさに駆られただろうか。はたまた何も思わなかったか。どう思うのも君の自由だが、小説にはこのような表現が散りばめられている。こういうものは読んでいる者に現実感を与え、より読者をその世界に引き摺り込む。これが広告や新聞、教科書などにはない要素である。小説には我々がそれを見た時に思うであろうことをより写実的に、そして表現力で圧倒してくれる。これが小説の魅力であり、強さだと私は思う。人によって言葉が変わり、表現の仕方が変わっても我々にそのままの感覚を与えてくれる。だから、文字だけでも人を魅了できるのだ。

だが、こんな小説も最近は下火である。それは小説以外にも面白いものが増えたからだ。実際、我々はあのうっすい板を使えば小説など読まずとも暇を潰せるし、楽しい思いもできるだろう。それでも私は小説を推したい、推していきたい。今では電子版などもあってかさばることもないし、気軽に読むことができる。だから、逆に小説に触れ合える機会が増えたとも言えるのだ。小説を読んだことがない人には読んでもらいたいし、面白さを知ってもらいたいと思う。そして小説も案外悪くないなと思ったり、最終的には好きになってもらえればこの上ない。

引用元

1)森見登美彦.夜行.小学館,2016,p113

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