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悪魔Yの告白  作者: アラン
1/1

1話

 令和××年11月15日。

 季節がガラリと変わり、木枯らしが吹き始めた頃、イチョウの葉が地面に落ち、歩道は黄色に染まっていた。葉っぱを失った木は、気のせいか寒そうに見える。

 つい先月まではまだ薄い上着で済んだのに、たった一か月で厚手の上着が必要になるくらい寒くなっていた。急な冬の訪れに、私は、今年は秋が無かったなと思ってしまう。いや、去年もそう思っていた。多分、毎年そう思い、また忘れてしまうのだろう。

私はふと、この寒く広い空を眺める。口から、はぁと吐息を出すと、若干白く濁り、空へと連れ去られてしまう。まるで、この寂しい空間に私一人放り出されたようだった。そんな物思いにふけていると、急にぶるっと寒気が来る。私は、着ていたコートの襟をグッと内側に寄せ、早歩きで目的の場所に向かった。



 私は、次の雑誌に使う記事の取材のために、とある男を取材に来ていた。彼は東京の刑務所に入れられているため、この怖そうな場所に足繁く通わなければならない。一人で行くには少し心細い。だが、そうも言ってられない。こちとら売れない雑誌記者だ。生活もかかっている。だから、意を決して行くことを決め、今ここにいる。

 そこに、一人の若い刑務官が近寄ってくる。

 「もう少しで来ますので、お待ちください。」

 丁寧に教えてくれたが、私は緊張からか、そっけなく返事もしないまま会釈だけした。そして、透明なアクリル板を目の前にして、椅子に座る。

 コツコツ。扉越しに足音が近づいているのが分かる。徐々に足音は大きくなり、足音がピタリと止まったと思ったら、ようやくガチャリと扉が開く。

扉が開くと、見た目通りのいかつい刑務官が、連れてきた男に、

「入れ。」

と半ば無理やりに面会室に入れた。連れてこられた男は四、五十くらいに見える。髪はボサボサで、髭もだらしない感じで生えている。いわゆるおっさんというやつだ。だが、私が驚いたのは、その男の顔が思ったより普通の大人しそうな顔立ちだったことだ。なんなら、そこのいかつい刑務官の方が、悪人顔って感じがする。私には、この男が連続殺人鬼だとは到底思えなかった。

 そう。私は、連続殺人鬼の取材をしに来ていた。

二年前、十数人を殺害するというとてもおぞましい連続殺人事件が起きた。当時、この事件は世間を騒がせ、ニュースでも連日報道され、裁判所には人がごった返すほどだった。十数人殺害という大事件を起こしたため、警察やマスコミの調査は徹底的に行われた。つまり、私が取材したところで、今更得られる情報など無いのだ。それにも関わらず、記事に使う取材の仕事を割り当てられた。多分、大した記事じゃないから、私が割り当てられたのだろう。

私には、もはや怒りや悔しさは感じられなかった。それよりも与えられる仕事が少ない私にとっては、嬉しささえ感じる。まあ、きっと期待はされていないだろうがな。

 ともかく、私は何としてもこの取材を完遂させなければならなかった。



 私は、連続殺人鬼が思ったよりも大人しそうな顔をしていて、驚いてしまう。そして、若干呆けている私にその男が話しかけてきた。

 「何の用ですか。」

 男の問いかけに、呆けていた私もさすがにハッとし、返事をした。

 「あー、すみませんね。いやね、ちょっとばかし取材に協力してほしくて。」

 私は、被ってきた帽子を少し深めに被り、目を逸らしながらそう頼んだ。協力してほしいと強くお願いはできなかった。私の恐怖心が落ち着けと抑えてきたのだ。

「あー、取材ね。」

と男は何かを察したように言う。

 そして、続けて、

 「できる範囲でなら応えます。」

と男は優しく伝えてくれた。やはりこの男は見た目通り優しく、大人しい。

 私はどうもと聞こえるか聞こえないぐらいの小さな声でポツリと呟く。

 「えっと、じゃ好きな食べ物を教えてくれないか。」

 私がその質問をした後、その周辺の場がポカンとなる。もちろんその男も質問が思ったのと大分違うようで、今度は男の方が呆けている。

 「えっと、その質問で合っているか。もっと他に質問することがあるんじゃないのか。」

 さすがに、質問が突拍子もなさ過ぎて、逆に男から聞いてきた。

 「いやね、いきなり核心的な質問をするのもどうかと思ってね。お互い知らないわけだし。」

 「まあ、そうだけど。」

 男は、理解はできたけど、納得いっていないような雰囲気だ。まあ、無理もないだろう。普通、こんなときに、こんなとこで、こんな質問はしない。だが、逆に信頼関係もない状態で核心的な質問からしたところで、手に入る情報も限られてくるだろう。そこで、あえて関係ない質問や会話を繰り返して、信頼関係を築いたとこで相手から情報を引き出すことにした。

 「うーん、そうだな。好きな食べ物はおにぎりかな。」

「そうなんだ。じゃ、逆に嫌いな食べ物は何かな。」

 「えっと、牛乳かな。」

 「どっちかって言うと、それは飲み物じゃないか。」

 「あ、そうか。」

 そういった意味のない話をしつつ、私は彼を安心させるように、着ていたコートを椅子に掛け、今まで目深に被っていた帽子を頭から外して話し続けた。

 「以前は趣味とかあったのか。」

 「これというものはなかったけど、本を読むのは好きだったかな。」

 こんな他愛もない好物や趣味、他にも好きなタイプなどの話を共有した。私は何度も彼のとこに出向き、そんな話を繰り返した。取材と言っておきながら、そんな話を切り返すもんだから、刑務官の視線は痛いが、私はそれに賭けるしかなかった。



 令和××年12月20日。

 月日も経ち、何度かの取材の中で、お互いに話が合う場面もあり、時には愚痴もこぼしたりなど徐々に打ち解けている感じがした。そんな時、彼は少しばかり真面目そうな顔になり、自ら話し始めた。

 「なあ、ちょっとばかし僕の話を聞いてくれないか。僕はただ他の人より、たまたま運が悪かった運命の被害者なんだ。そういっても誰も信じないけど。」

 「いいや、信じるさ。」

 私は男が安心して話せるように、いかにも味方ですよ、という感じを醸し出しつつ、優しくそう伝えた。

 すると、男はべらべらと自身の今までの半生を伝えてきた。


ここからは、男の幾度の面会による発言をそのまま記す。



 話は遡ること四十五年前―

 僕は、東京の若干都心から外れた下町が多い江戸川区に生まれた。

 両親はこの田舎でのんびりと自分を信じて生きてほしいと願いを込めて、悠信と名付けたらしい。僕ら三人家族は一軒家に住んでいて、そんなに裕福ではなかったが、まあまあ幸せだったと思う。当時の近所に住んでいた人たちが言うには、僕の両親はよくある優しく、明るい両親だったらしい。

だが、僕が五歳ごろ、両親が大事故に遭い、病院に運ばれたが、すぐに亡くなってしまったらしい。両親は僕の服や玩具を買いに行ったときに、不幸なことにスピードを少し出していた車にぶつかられたらしい。小さい時だから、どれもこれも聞いた話でしかないが、一つ分かるのは、子ども心に両親は僕のせいで亡くなったと思った。

 僕は、親がいなくなってからは、親戚の家をたらい回しにされた。父の叔父の家や母の叔父の家など転々とした。勿論温かく迎えてくれるところもあったが、その優しさゆえに僕自身が惨めに感じ、申し訳なさもあって出て行ってしまった。そんな中、僕が中学一年生のときに、ひどい親戚に当たったんだ。その家で僕は人権を奪われたんだ。

 僕の父は、三人兄弟でそのうちの長男だった。そして、その三人兄弟の次男の家に僕が引き取られた。その親戚は、叔父の優二さんと奥さんの智美さんの二人だった。

 叔父の優二さんは、幼いころから優秀な父に比べられ、劣等感をずっと抱いていたらしい。だから、僕の顔を見ていると、父を思い出し、腹が立つらしい。

 優二さんは僕の顔を見て、チッと舌打ちをする。そして、僕に近づき、

 「なんだ、てめえ、ムカつく顔しやがって。」

と理不尽な暴力をふるってくる。

 僕はその家で、虐待を受けていた。腹が立てば、殴られ、煙草の火を押し付けられたこともあった。ご飯も二人が食べた後の食いかけしか貰えなかった。自分がとても惨めに感じたが、他に行く当てもないし、何より他の家より罪悪感が少なくていい。僕はしばらくその家に住んでいた。

 優二さんにとって、ストレス解消だったのかもしれない。でも、優二さんもまた運命の被害者だったのだろう。

 僕はとにかく優二さんの虐待に耐えるしかなかった。一日が過ぎても、一カ月が過ぎても、一年が過ぎても止むことは無かった。

 だが、僕が中学三年生の半ばになったころ、叔父さんの家が火事で燃えてしまった。しかも、その家に優二さんと智美さんは残され、二人とも火災が消火される頃には、黒焦げの死体で発見された。火災の原因は、優二さんの煙草だった。

 僕はその火災に全く非が無かったが、罪悪感に苛まれた。他の人からすれば、なんで、と疑問に思うかもしれない。虐待もしていたんだから、当然の報いだろうとも。

 しかし、僕は家が燃え始めたときに、家を出る際に、二人を見捨てた。実は、二人は火災で崩れた木材などの下敷きになっていた。

 「おい!お前、早くこれ退かせ!」

 優二さんがそう怒鳴ると、

 「そうよ!誰があんたを住まわせてやったと思っているの!」

と智美さんも僕に助けを求める。

 確かに、虐待は受けたけど、僕が寝床に困らなかったのは、この二人のおかげかもしれない。僕はそう思い、二人を助けようか悩む。

 だが、僕の脳内にある声が聞こえてくる。

 ―このまま見捨てよう。お前を散々いたぶってきたんだ。躊躇う必要はない。

 その誰のか分からない声が脳内に響き、僕はその通りだとその声に納得してしまった。

 そして、僕は「おい!」という二人の怒号に脇目もふらず、家を出た。その後、救急隊員に、

 「中に人はいなかった!?」

とすごい剣幕で聞かれた。そのため、

 「叔父と叔母が中にいるんですが、下敷きになっていて。僕じゃ持ち上げられなくて。」

と僕は心配したふりをした。

 救急隊員はそのことを聞き、中に入ろうとするが、もう炎は燃え盛り、中に入ろうとするのを拒む。勿論、入れるはずもなく、二人は黒焦げの状態で発見されたのだった。

 僕は最初こそ、ざまあみやがれ、とせいせいしていたが、次第に自分のしたことの罪の重さに苛まれるようになっていた。

 なんてことをしてしまったんだ。

 僕は文字通り、路頭に迷った。罪悪感に苛まれるだけでなく、住む場所もなければ、お金もない。しばらく、ホームレスとして公園に居座りついた。今更、親戚の家にお世話になるつもりはなかった。公園のごみ箱を漁っては、食べ物を物色していた。

 だが、ある日、そんな子どもである僕を見かねて、児童相談所に連れていかれた。児童相談所に連れていかれた際、色々な話を尋ねられ、そして、僕は児童養護施設に預けられることになった。

 僕は、児童養護施設に入るのが億劫だった。児童養護施設が未知の世界すぎて、自分は適応できるか不安でいっぱいだったからだ。僕はそんな不安を胸に、児童養護施設を訪れた。

 そこで、人生で初めて友達と呼べる人物ができた。


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