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お人形


「まぁ、それの方が良いのかもしれないな」

 デート当日、天気は日本晴れだった。

 名目上デートと位置づけられてはいるが、実際の所はそんな心ときめくイベントなどではなく、子供(鷺ノ宮は自分を子供であるとは絶対に認めないだろうが……)を引き連れての遠足のようなものだ。

 まぁそうとは言え、正直な所、もし絢音さんと二人きりで出かけたとしても、俺は何をどう振舞っていいかわからないままに沈黙を作ってしまうことは容易く想像がついたので、これはこれで良いのかもしれない。

 つまりは、俺は人間付き合いが得意ではないのだ。まして、彩音さんとは知りあって間もないどころか、実際に顔を合わせたのは一度しかないわけで……。

「和久は一体何をブツブツ言っているのかしら? この世に未練もなくなり成仏するために、お経で読んでいるのかしら? それは和久の自由だけれども、それを聞かされる方の身にもなってもらいたいものだわ。簡単に言うと――黙れ!!」

 どうやら、俺の心の声はいくらか漏れ出ていたようだった。

 代わり映えのしないセーラ服姿の鷺ノ宮は、俺の横を追従しながら悪口雑言のマシンガンを浴びせかけていた。

「はいはい、わかりましたよ」

「はい、は一回だと何度言えばわかるの、この人類有史以来の愚純な単細胞生物!!」

 どうやら単細胞生物という罵りにもバリエーションというものが増えてきたようだ。

 そういえば、鷺ノ宮と二人きりでいたとしても、会話が途切れて気まずくなる事など無かった。とは言え、会話のほとんどが今のようなやり取りなわけなのだが……。

 これは、俺と鷺ノ宮は気が合うということなのだろうか? それとも、別の何かの理由が存在しているのだろうか? 

 とまぁ、そんな事を考えながら、悪態を突かれながら、俺と鷺ノ宮は絢音さんの家に向かっていた。




「なるほど」

 俺は手をポンと打って、小さく頷いた。

「なるほどね」

 鷺ノ宮は同じようなセリフを言ったが、頷きはしなかった。そして、俺を見る目つきは、嫌悪感に満ち溢れていた。

「うむ、なるほどだな」

「何が、どうなるほどなのか説明してもらえるかしら?」

「うん、わかったな」

「私がわかったのは、和久が超弩級の低能であることと、その超弩級低能星人和久のおかげで、私達が道に迷っているということだけよ」

「うん、そうだな」


 携帯に送られた地図と住所を頼りに、歩き続けること数十分。

 駅から徒歩分十分足らずで着くはずなのに、いまだに我らは絢音邸に辿り着けずにいた。

 それは何故か!

「三十手前の、いい歳をした男が、地図もまともに見られないなんで、それはそれはそれ~~~は素敵すぎて、ついつい和久の膝の脛に強烈な蹴りを入れたくなるわね」

 勿論、この言葉は即座に実行に移された。

 激痛の走る脛を引きずりながら、俺は彩音家への道を再捜索するのだった……。

 



「着いた……ついに俺たちは辿り着いたんだ! やったぁ!」

 俺の眼前に広がるは、これこそ捜し求めた黄金郷エルドラド――などではなくごくごく一般的な一戸建、すなわち彩音邸である。

 俺は、絢音邸を目の前にして、両膝をつき、両腕を高々と掲げるいわゆる映画プラトーンで有名なポーズをとった。

「ええ、そうね。絢音さんが電話で道を逐次教えてくれていなければ、本当にエルドラドとやらに迷い込んでいたかもしれないわね。ああ、恐ろしい恐ろしい」

 鷺ノ宮は俺のポーズを一瞥することもなく、彩音邸のインターホンに手をかけた。

「お、おい! ちょっと、ちょっとまてよ!」

「なによ?」

 俺はインターホンを押そうとする鷺ノ宮の行動を制止した。

「あれだ、あれだぞ。心の準備ってものが必要だと思わないか?」

「思わないわ」

「いやいや待て待て、女性の家を訪問するわけだしだな。まぁ俺もそういうことは、今まで色々あったわけだけれども、それでもだなぁ、一応心構えというものがだなぁ……」

 勿論、嘘である。俺が女性の家を訪問したことは確かにあった。けれど、それは幼稚園時代のことである。もはや、薄れ行く記憶の奥底の出来事でしかなかった。

――よくよく考えると、切ない人生だなぁ……。

「えいっ」

 そんな俺の思いをよそに、痺れをきらした鷺ノ宮が、俺の精子など無視してインターホンのボタンを押した。

「お、お前何やってんだ! 待てって言っただろ!――ぐふっ!!」

「はい、人のことをお前呼ばわりしない。わかりましたか、この小心者」

 インターホンを押した鷺ノ宮の指は、そのまま俺の眉間を貫いたのだった。


『はーい。どちら様ですか?』

 インターフォンの向こうから聞こえる声の主は絢音さんだった。

「あ、あの、う、碓氷和久ですけど」

 心の準備のできていない俺は、うわずりどもりのある声で答えた。

 それから数秒後。

「お待ちしていました-。どうぞ入ってください-」

 玄関の扉が開き、そこから絢音さんが顔を覗かせた。

 顔を見た俺は、ホッと安堵の息を一つついた。

 不思議なものだ、インターネットなどは顔を合わせていないから気楽だというのに、今は顔を見せてもらうほうが安心する。

「いらっしゃいませー」

 その一言、その表情が、俺の心拍数を下げてくれた。

 

 


 俺たちは玄関をあがると、綾音さんの招きに応じるままに応接室へと案内をされた。

「あれ?」

 俺は綾音さんの姿にふと違和感を覚えた。

「どうかしましたか?」

「あああ、そうだ! 眼鏡、眼鏡をかけてないからだ!」

 そうなのだ、この前あった時、綾音さんは確かにメガネをかけていた。それなのにいま綾音さんは裸眼。それが俺の感じた違和感の正体だった。

「えっ? ああ、私視力悪くないんですよ」

「いや、だって、この前の公園の時は眼鏡を……」

「あれは、何て言うか……。一応ネットの知り合いとは言え、初対面の男性と会うわけですから……ちょっとした変装みたいなものなんです」

 そう言うと、綾音さんはいたずらっぽく笑ってみせた。

「なるほど」

 実際問題あんな眼鏡程度で、人相を隠せるわけもないだろうが、綾音さんからしてみれば、知らない相手に会うための気構えみたいなものなのだろう。

「あ、もしかして、カズさんは眼鏡フェチだったりするんですか? もし伊達眼鏡で良ければかけましょうか?」

「い、いや、そう言う趣味は……」

 と言いかけて、口ごもってしまったところ、俺はもしかしていくらか眼鏡フェチの毛があるのやかもしれない。

「冗談ですよ、冗談」

 そんな俺を見て、絢音さんはまるで子供のように無邪気な笑みを浮かべた。 

「あ、そうそう、未空ちゃんは、まだ来てないんですよ」

「はぁ、そうなんですか」

「あの子供は来ていなくてもいいのに……」

 鷺ノ宮がポツリと呟いた、

「もう少ししたら、来ると思いますから、それまでの間……鷺ノ宮さんをお借りしますねー」

「はっ?」

「え?」

 俺と鷺ノ宮は、同時に頭上にクエスチョンマークを浮かべた。

「カズさんは、その間応接室で待っていてください。あ、お茶とお茶菓子が用意してありますから、ご自由にくつろいでいてくださいね-」

「あ、はぁ……」

 確かにテーブルの上には、高級そうなクッキーと紅茶が用意されていた。

「じゃ、鷺ノ宮さん、私の部屋に行きましょうね-」

「ちょっと待って、どうして私があなたの部屋に行かなければならないの?」

「うふふふっ。それは後でのお楽しみよ」

 綾音さんは、がっしりと鷺ノ宮の両肩に手をかけると、有無を言わさぬ迫力で自室へと釣れ出していった。

「ま、待ちなさい――か、和久―!!」

 鷺ノ宮は断末魔の声を残して、綾音さんに連れさらわれるように階段を上っていった。

 どうやら二階に絢音さんの自室があるらしい。

――しかし、珍しく鷺ノ宮の焦る姿が見られたな。それはそれで良いものが見れたもんだ。

 そんな事を思いながら、俺は応接室のソファーに腰を下ろした。

 予想以上に、お尻がソファーへとめり込んでいく。どうやら、これまたかなり高級なソファーなのだろう。俺が子供だったら、ソファーの上にたって、ジャンプして遊んだに違いない。

 しかし、俺は大人だ。深々と腰を下ろして腰掛けると、天を仰いで息を一つついた。

そして、自分が一人応接室に取り残されたという事実に、軽い目眩を感じた。

 はてさて、何をどうしていればいいものか? いや、何をどうするもなく、ただ二人が戻ってくるのを待っていればいいだけのことだ。目の前に置かれているクッキーを頬張りつつ、紅茶をすすっていればいいだけのことである。

 それだけのことだというのに、俺の心は、まったくもって落ち着かない。

 知らない部屋というものは、異質な空気を持っているものだ。その異質な空気は、俺の心拍数をあげ、挙動不審に足を震わせた。

 しかし、この家にはいま綾音さんの両親はいないのだろうか? はたまた兄妹は? いきなり両親が現れた場合、俺はどういう態度を取ればいいのか? 何を話せばいいのか?

取り留めもない世間話を初対面の相手にサラリとやってのけるほど俺は口達者などではない。 故に、一刻も早く鷺ノ宮と絢音さんが戻ってきてくれることを、一心不乱に願ういい歳こいた小心者の男が此処にいた。

 応接室にある、大きな壁掛け時計の秒針の音が、とても大きく聞こえる。

――こういう時間は、得てして早く流れないもんだ。楽しい時間はすぐに過ぎるくせに……。

 俺は、時間つぶしを兼ねて、もし両親が突然顔を出したときのための、会話シミュレーションをしてみた。

――ああ、お父さんお母さん、はじめまして。私は、あの、その碓氷和久と言うものでした。いえ! 決して怪しいものではございません。泥棒なんてとんでもない! ちょっと、ちょっとお母さん、どこに電話しようとしているんですか! やめてください! だから違うんですって、僕は綾音さんの友達でして……お父さん、いきなりゴルフバックから7番アイアンを取り出すのやめてください!! 間男なんかじゃありませんから! 僕とお嬢さんはそれはもう清い関係で――まぁ付き合っているとかそういうんじゃないんですけど――お父さんアイアンを振りかぶらないで! そしてお母さん、110番に電話をするのは止めて!!

「お待たせしまたー」

「だから、やめてください! へっ?」

「カズさん、一体何を言ってるんですか……」

 二階の自室から戻ってきた絢音さんは、まるで不思議な生き物を見るような目で、こちらを見つめていた。

「あの、その、あれだ……。あれだよ」

「あれってなんですか?」

「つまりあれなんだよ。なんて言うのかな、エントロピーの増大によるうんたんで……」

「はぁ、なんだかよくわかりませんけど、二階の私の部屋に来てくれませんか?」

「あ、はい」

 恥ずかしかった。今すぐスコップを借りて、この場に深い深い穴を掘り、穴の奥底でほとぼりがさめるまで冬眠していたかった。



 俺は少し赤くなった顔を隠しながら、絢音さんにつれられて、二階の綾音さんの自室へと向かった。

「さぁ、ここですよ、心の準備はオッケーですか?」

「は?」

 意味がわからなかった。わかっていることといえば、綾音さんが半端無くノリノリであるという事だけだった。

「じゃじゃじゃーん」

 奇妙な効果音を口にしながら、絢音さんは勢い良く部屋の開けた。

 その扉の先には、一人の少女がたっていた。

 見覚えのある、少女だ。そう思った。

 透き通るような空色の鮮やかなワンピース。スカートにはレースのフリルなんて物もついていた。

 その少女の長い髪は結い上げられて、可愛いらしい装飾のヘヤピンでまとめられていた。

 顔には薄化粧が施されていて、頬にさされた紅が少女の白い肌をさらにひきたてていた……。

 まるでお人形のようだ。

 そんなお人形が、こちらの食い入るような視線と呆けたような表情に気がついてか、頬をまるでリンゴのように赤く染めた。

「綺麗だ……」

 俺は無意識に、言葉に出して言ってしまっていた。

 本当はその対象物が誰であるのか、俺は最初からわかっていた。わかっているのに、それなのに俺はあえて声に出してそう言った。

「うぅぅ……和久の、バカ! バ和久!!」

 そう、このお人形のように、儚げで綺麗な存在は、鷺ノ宮千歳だった。

 鷺ノ宮は、綾音さんのベッドの上から枕をつかみとると、俺に向かって投げつけた。俺はそれを避けもせずに顔面で受けた。なんて言うのか、視線をそらすことが出来なかったのだ。

鷺ノ宮は、そんな俺の視線から逃れるようにそっぽを向くと、絢音さんベッドに腰を下ろして布団を抱え込んだ。

 そんな俺と鷺ノ宮のやり取りを、横でニヤニヤしながら見ていた絢音さんは、部屋のドアを閉めると、鷺ノ宮と一緒にベッドに腰を下ろした。

「どうです、カズさん、惚れ直しましたか?」

「あ、うん――って、惚れ直すってなんだよ! 直すってなんだよ! それだともとから惚れていたって事になるだろうが! なってしまうだろうが!!」

「えっ、違うんですか? 私、てっきりそうなのかと思っていましたよ」

「な、何言ってるんだ。こんな子供に惚れるとか……」

 心拍数が上がっていることが、自分自身感じ取れた。

「子供で悪かったわね……。和久みたいな無神経でド変態で駄目屑ニートなのが大人なのだとするのなら、私は一生大人になんてならなくても結構だわ」

 鷺ノ宮は、こちらを振り返ることなくトーンの低い声で言った。

「まぁまぁ二人とも、痴話喧嘩は犬も食わないですよ」

「絢音さん……もう面倒くさいんで突っ込みませんよ!てか、なんかとっても楽しそうですね……」

「ええ、とても楽しいですよ」

 絢音さんは、今日一番の笑顔を見せた。

――なるほど、この絢音さんという人も、一癖も二癖もある油断のならない存在だったわけか……。


 この一連のことは、綾音さんが計画していたことだった。

 そう、絢音さんが、わざわざ今日自宅に俺たちを呼んだのは、鷺ノ宮に自分の昔の服を着せたかったからだったのだ。

 俺とのメールで、鷺ノ宮がいつも同じセーラ服ばかり着ているという事を知って、どうにかしてお洒落をさせたかったらしい。

『だって、あんなにいい素材を持っているのに、お洒落しないなんて、それはもう美の神様に対する反逆行為ですよ』

 等と、訳のわからないことを言っていた。

 そうすると、家に呼んだことだけでなく、このデートというお出かけイベント自体も、もしかしたら鷺ノ宮お洒落計画ために仕組まれた物だったのかもしれない。


「でも、本当に綺麗! そう思いませんか、カズさん」

「いや、まぁ……」

 俺はあえて言葉を濁した。

「ふ、ふん。褒めてもらわなくても結構よ!! バ和久に褒めてもらっても、嬉しくもなにもないから。だってそうでしょ、ミジンコに綺麗だって言われて喜ぶ人間はいないもの」

 間違いなくこれは照れ隠しだ。それは鈍感な俺ですら一目瞭然だった。

「ふふふ、カズさんも照れちゃってますね」

「えっ?」

 そうだ、一目瞭然で照れているのは、鷺ノ宮だけじゃなく、俺も同様だ。

 どうして、俺は照れる? 鷺ノ宮が綺麗になると、なぜ俺が照れなければならない? その問から導きだされる答えを、俺は必死に否定しようとした。

 そんな時、インターフォンの音が、この二階の部屋にまで鳴り響いた。

「あら、きっと未来ちゃんだわ。私、玄関まで迎えに行ってきますから、この部屋で待っていてくださいね」

 綾音さんは、そう告げると、俺と鷺ノ宮を残して、部屋をあとにした。

 数秒間、無言の時間が続いた。たった数秒間が、とても長く感じられた。

「ねぇ、どうして和久が照れるのよ……」

 鷺ノ宮は、まだ布団に顔を伏せたまま、俺に向かって問いかけた。

「さぁな」

「バーカっ」

「うっせえ! そんな体勢だと化粧が布団につくぞ」

「わかったわ。顔を上げればいいんでしょ」

 鷺ノ宮は、顔を上げるとこちらを凝視してきた。

 鷺ノ宮の顔は、化粧とは関係なく赤かった。そして、俺の顔も、鷺ノ宮に負けないくらい赤かったことだろう。




 続く。

 


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