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小さな女神様

   


   

 しかしだ、改めて自分たちの今の状態を見直してみると、それはそれはとんでもないものだ。

 一人は、コスプレ衣装と見紛う様な巫女装束。しかもそれはビリビリに切り裂かれ豊満な胸部が七割がたあらわになっていると言う、羨ましい――もとい、はしたない事きわまりない姿の女性。さらに、意識を失って眠りこけているときている。

 さらに、もう一人と言えば、片手にスタンガンを持ち、そしてもう片方の手には、大神官とのいざこざの隙にドサクサにまぎれて入手した鞭を携えている。そして、そんな異様ないでたちでありながらも、全く持って何ら気にする事など無く、何食わぬ面持ちのセーラー服姿のちびっ子。

「イテェっ」

 光速のスピードで俺のオデコが赤く変色する。

「ちびっ子などではないわ。私は少しばかり成長期が遅いだけなのだと、何度言えばいいのかしら」

「いや、それ以前に、どうして俺の心が読めるんだと、何度言えば……」

「乙女の感かしら」

 もし、それが乙女の感で済まされるのならば、乙女という存在はなんと恐ろしいエスパー集団であることだろうか。

 まぁ、ともかくだ。

自分の存在を棚に上げたとしても、俺たちは充分不審な集団なのだ。


 そんな俺たちを嫌がる素振りもなく乗車させてくれているこのタクシーの運転手は、とても良い人なのか、それとも不景気ゆえに客を選ぶ余裕が無いのか、はたまたその両方なのか。

 まぁどちらにせよ、このタクシーに乗り込むことによって、俺たちはあの窮地から逃れる事が出来たのだ。タクシーの運転手にはどれだけ感謝をしても足りないくらいだろう。

 タクシーのリアウィンドウからは、とてつもなく大きかったはずの大聖堂が、もう豆粒以下の大きさに見えていた。

 さらば、くそったれ大聖堂。

 出来ることならば、中条さんには悪いが、これから先二度と係わり合いのない建物であってもらいたいものだ……。


「ところで、和久」

 不意に声をかけられた俺は、リアウィンドウから視線を戻した。

「ん、どうした?」

「このタクシーは、何処に向かってもらえばいいのかしら?」

「はぁ!?」

「『はぁ』などと言う地名がこの地球上に存在するとは到底思えないのだけれど」

「そう言う意味じゃない! なら、このタクシーは今何処に向かっているんだ?!」

「さぁ? とりあえず車を出していただけませんか? としか言っていないのだから、わかるはずも無いわ」

 俺はこめかみの辺りに、強烈な痛みを感じた。これは勿論、物理的な痛みではなく、精神的なものだ。

「とするとだ、今まで上がっているタクシーの料金メーターはあての無い所に向かう事に費やされたという訳なのか……」

「ありていに言えば、そうなるのかもしれないわね」

 サラリと言ってのける鷺ノ宮の表情には、罪悪感のカケラすら感じ取れるはずは無かった。

 まぁ、俺がどれだけ、攻め立てるような言葉と視線をマシンガンの様に鷺ノ宮に浴びせた所で、鷺ノ宮の奴はそんなものに対して露ほどの痛みも感じないだろうし、そんな事をしても逆に俺の精神と体力を削られるだけの結果に終わるであろうことも明白だった。ゆえに、俺に出来ることは小さくため息をついてみせることくらいだった。

「そうやって、ため息をついている間にも、料金メーターというものは止まってくれはしないわよ。そして、その金額に反比例するように、夕飯のおかずが質素になっていくという事も、忘れないでもらいたいわ」

 その言葉に反応するように、俺のお腹がキューと可愛い声を上げた。

「とりあえず、俺のアパートに向かってもらうか……」

 そう口に出しては見たものの、このあられもない姿の中条さんを俺のアパートへ連れて行くというのはいかがなものであろうか。

 いや、俺としては、俺個人としては大歓迎ではあるのだ! この素晴らしき聖乳様をまだまだ見ていられる事が出来るのだから!

 とは言え、恐ろしいのは鷺ノ宮である。

 中条さんの聖乳に対する鷺ノ宮のコンプレックスが発動すれば、八つ当たりによって俺の命が容易く奪われてしまいかねない。

「あら、急に腕を左右に動かしたくなったわ」

 勿論、その腕は俺の顔面を直撃した。

「ごめんなさい。何故だか急に腕を動かしたくなったの。とても不思議なことだわ」

 その『ごめんなさい』が、何ら言葉通りの意味を持っていない事を、俺は知っていた。

 腕が激突した鼻の頭のあたりを抑えながら、いつの日か鷺ノ宮への逆襲を! と思案して見るのだが、それは適わぬ夢だろう。

「そうだ! 中条さんからのメールに、確か住所が書いてあったはず……」

 先ほどの衝撃が俺の脳を活性化させたのか、俺は中条さんからのメールの事を思い出し、ポケットから携帯電話を取り出すと、即座にメールをチェックした。そして、見事そのメールの中に中条さんの住所が記載されているのを発見したのだ。

 俺は、その住所を運転手に告げ終えると、一仕事終えたかのようにシートの背もたれに深く身体を沈めた。

 それは、タクシー料金が無意味に増えていく事を阻止できた安心感によるものだった。

 



 数十分たち、俺たちを乗せたタクシーは、中条さんの住むアパートへとたどり着いた。

 今まで外の風景を見る余裕もなかったが、いつの間にか日は沈み、夜の闇が広がりつつあった。

「さてと、どうしたもんか……」

 中条さんは、寝息を立てたままで、今だ目覚める素振りすら見せない。

「こうすればいいのよ」

 鷺ノ宮は、おもむろに中条さんの鼻をつまみ、更に口を手で塞いだ。

 そして、十秒後……。

「ふがっふがががっ、ふぎゅーむぎゅーっ」

 中条さんは、かわいらしい擬音を発しながら、両手をバタつかせて、目を覚ますこととなった。

「お前って本当に、容赦ないな……」

「そうかしら?」

 ともかく、中条さんは目を覚ましたのだ。

「ふぇぇぇ? あれれれ、あれぇ~?」

 まだ半分寝ぼけ眼のままで上半身を起こした中条さんは、状況をまるでつかめないで居るようだった。

 それもそうだろう。この俺だって、これまでの経緯を説明しろといわれたら、頭の中がこんがらがるに違いないのに、途中から催眠状態であった中条さんがわかるはずもない。

 と言うか、色々わかられていては困ってしまう事となるのだが……。

「えっとぉ~。確か私ってば、碓氷さんと大聖堂にいってぇ……。あれ、こちらの女の人は――そうだ! 確か碓氷さんの妹さん?」

 その刹那、中条さんの鼻が鷺ノ宮の手によって、塞がれた。

「ふぎゅーふぎゅー」

 中条さんは、先ほどの擬音を発しながら、首を左右に振りまわして、鷺ノ宮の手から何とか逃れようと悶えていた。

「何度も同じ事を言わせないでもらいたいわね。私が和久の妹だなんて、和久が一流企業から内定をもらえてしまうくらいありえない事だわ! そのありえなさ度の度合いと言うものがわかるかしら? それは数百億分の一も無いという事を意味しているのよ」

「――おい、どうして、俺の精神を傷つけるような説明を仕方をせにゃならんのだ」

俺は泣いた、勿論心の中でだ。

「これだから脳細胞の大半を胸部にとられてしまっていると言うのよ……」

「まぁ待て!」

「どうしたの和久、なんだか悲しそうな顔をしているわね」

誰のせいで、こんな表情をするハメになったのか説明してやりたかったが、これ以上話を脱線させるのは得策ではない事もわかっていた。

「状況は俺が説明するから、鷺ノ宮は少し黙っていてくれ……」

――そうしてくれないと、説明だけで丸1日を費やしてしまう。

 そう言いたかったが、その言葉は口の中に飲み込んでおいた。

 鷺ノ宮は、いささか憮然そうな表情を見せはしたが、納得してくれたのか、中条さんの鼻から手を離すと、窓の外に視線を向けるように顔をそらした。

「ふぎゅうう~。お鼻がひりひりしますよぉ~」

「中条さん大丈夫?」

「はい、何とか大丈夫ですぅ」

 中条さんは大きく深呼吸をしては、鼻から空気を思いっきり吸える事に喜んでいた。

 しかし、あえて直視すると、なんという淫らで色っぽい格好なのだろうか! へっへっへ、いつ飛び出してもおかしくないんだぜ! と自己主張をしまくる聖乳様から出来る限り視線をそらすことで、俺は自己の精神を保とうとした。

「さ、さてと、何処から説明すればいいかなぁ。そうそう、まず俺と中条さんは大聖堂に行ったんだよ」

「そうです、そうですよぉ。えっとぉ、それからどうしたんでしたっけぇ?」

「それから、色々あって、俺は聖母神オフィーリア様に入信するのは、やっぱりやめるって事になって……えっと、そんでもって、そこに鷺ノ宮が、ああ、この女の子の事ね。が、迎えに来てくれたってわけだよ」

 たどたどしい言い回しに穴だらけの説明。我ながら、こういうことは不得意だと実感した。

「えぇぇー! 碓氷さんは、聖母神オフィーリア様を信仰なさらないんですかぁ? どうして? どうしてなんですかぁ?」

「いや、まぁ、あれだ、あれなんだよ。俺は、宗教に入ると右っ腹の辺りがチクチクと痛くなる病にかかっていて、それで、無理なんだよね」

 俺は右腹を押さえて苦しむ演技をして見せた。

 一体どんな病気だよ! と自分で自分の言った言葉に嘘に突っ込みたくなったほど、限度を超えた苦しい言い訳だった。

「そ、そうだったんですかぁ……。そんなご病気だなんて知らないで、私ってば……ごめんなさいですぅ……」

「えっ?!」

 疑いの『う』の字の欠片すら見える事も無くなく、完全に信用してしまう中条さんの姿は、まるで汚れを知らぬ清らかな聖母のように見えたのだが、それにしても、少しばかり頭の中がアレ過ぎるのではないかと、思わざるを得なかった。

「やっぱり、胸に脳細胞がとられているに違いないわね……」

 窓から視線を移す事無く、鷺ノ宮は呆れたように言った。

「う、うむ。案外その説はあっているのかもしれないな……」

 珍しく二人の意見が一致した瞬間だった。


 兎にも角にも、このとんでもない言い訳を納得してくれたお陰で、一つの問題はクリアーする事が出来たのだから、良しとしておく事にしよう。

「あれれれ、どうして私ってば、巫女様の服のままなんでしょう? えっえっ、それも、こんなにボロボロ!?」

 そうなのだ、もう一つ説明するのが大変な問題が残っていたのだ。

「えっ、いやその……」

 中条さんは、自分の衣服が尋常でない事に気がつき、頬を赤く染めながら両腕で胸を隠すようにして身をよじった。

いくら寝起きだったとは言え、むしろ今までそれに気が回っていなかった事の方がおかしいと言えるだろう。

「あれなんだよ! 中条さんってば、結構などじっ子じゃないか!」

「えっ? そうですかぁ?」

 目をパチクリさせてみせるご様子から、本人には全くの自覚がないようだった。

「まぁ、そうなんだよ」

「そうだったんですかぁ~。一つ賢くなりましたぁ」

「んでね、大聖堂の中で、転んで滑って引っ掛けて、あれやこれやがあったりして、それこれこうなって、服がそうなった訳なんだよ」

 勿論、あれやこれやの内容を説明しろと言われてしまえば、困り果ててしまうのだが、俺は中条さんを信頼していた。

 そう、疑いを何ひとつ持たないと言うその一点を!

「なるほど! 納得しました!」

 予想を違える事無く、中条さんは何ひとつ疑う事無く信用してくれたのだった。

 こんな事で納得してしまう中条さんの将来が、正直とても心配になったのだが、とにかくこの場は、話がまとまった事を良く思うべきだろう。

 



 ともかく、俺は中条さんを納得させることに成功したのだ。

「おめでとう」

 パチパチパチと、力の無い拍手が鷺ノ宮から送られた。


 話を終えた俺は、俺はまだ少しふらつく中条さんに肩を貸しながら、中条さんの住むマンションの部屋の前まで連れて行くことにした。

 鷺ノ宮はと言うと、タクシーの前で待っていると言い張って、付いてこようとはしなかった。


「ここですぅ、ここが私の部屋ですぅ~」

「こ、ここかぁ……」

 マンションの概観を見たときからわかってはいたのだが、中条さんの住むマンションは、俺のアパートがまるで犬小屋に見えてしまいそうなほど、豪華なつくりのものだった。

 この中条さんのおおらかな性格といい、このマンションといい、実は結構なお嬢様なのかもしれない。

 まぁ、そんなだから、宗教にお金をつぎ込んでいられるのかもしれないのだが・・・…。

「もう大丈夫ですよぉ」

「ほんと? まだふらついたりしない?」

「平気ですぅ~」

 中条さんは、俺の腕から離れると、その場で数度ジャンプして、自分が元気である事を証明して見せた。

 俺はといえば、ジャンプの度に上下に激しく揺れなさる聖乳様に視線が釘付けだった事は言うまでもあるまい。

「今日は色々とご迷惑をかけちゃったみたいで、本当にごめんなさい」

 中条さんは深々と頭を下げた。

「いやいや、そんな事無いよ」

――迷惑をかけてしまったのは、俺のほうなんだ!

 そう伝えたかった。言ってしまいたかった。

 けれど、そんな事を言ってしまえば、また説明を繰り返さなければならない。

 そして、下手をすれば今日起こった出来事の真実を知ってしまうかもしれない。

 何も知らないほうがいい。

 きっと中条さんは、今日起こった出来事を何ひとつ知らないままで居た方が、幸せであるに違いないのだ。

 そのためについた嘘は、きっと悪いものではない……そう思うことにした。

「どうしたんですかぁ? なんだか、暗い顔をしていますよぉ?」

「えっ? ああ、そんな事ないない、気のせいだよ、気のせい」

「そうですかぁ、それならいいんですけどぉ」

「ああ、きっとそうだよ」

「それじゃ、またお会いしましょうね」

「ああ、またね」

 別れの挨拶を終えた中条さんはマンションの扉を開き、一歩踏み出した所で不意に足を止め、こちらに向け振り返った。

「私ね、思うんです。きっと、碓氷さんには、もう女神様がついていらっしゃるんだって」

「え?」

「うふふふっ。なんでもないです。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 中条さんは笑っていた。

 それが何を指しているのか、俺には理解が出来なかった。

 俺にわかることは、当分あの素晴らしい絶景である所の聖乳様を拝む事が出来なくなという事だけだった。

「もったいない事をした……」

 俺は口に出してポツリと呟いた。

 タクシーの所に戻ると、待ち構えていた鷺ノ宮に、何故かいきなりオデコを殴られた。

 この分だと、俺のオデコは当分真っ赤なままだろう……。



 続く。 

   

 


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