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赤いオーラ

 囚われの身となったのは、駄目クズニートで雑魚であるところの、俺、碓氷和久……。

 それを助けるのは、ヒロインである、鷺ノ宮千歳……。

 どうしてこうなった……。

 おかしい、どう考えてもおかしい!!

 俺の! 俺の立場が何処をどう探しても全くない!! 綺麗さっぱりなくなっている!!

 なんでだ? どうしてだ? なにゆえだああああああああ!?

「それは、和久が、生れもっての駄目クズニートで雑魚だからだと、思うのだけれど」

 鷺ノ宮は、毎度のように軽々と俺の心のうちを読んでくれる。

「こ、この俺は――生れた落ちた瞬間から、駄目クズニートの雑魚と決められていたと言うのかぁ!」

「……。それはいくら私でも、答えてあげることは出来ないわ。その答えを伝えてしまうと、和久があまりにも憐れすぎてしまうから」

「うわぁん! 生れて来てごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」

 俺は何かに謝らなくてはならない、そんな衝動に駆られた。

 とりあえず、心の中で両親に謝罪の言葉を告げておいた。

 ああ、世の中と言うものは非情だ。

 どんな辛い運命を背負わせたとしても、世の中の野郎は顔色一つ変えやしない。

 もし、世の中って名字を持つ奴がいたとしたら、問答無用に顔面を殴ってしまいたい、そんな衝動に駆られた。

 おっと、もしその名字を持っていても、可愛い巨乳女子であった場合は、その類ではないと言うことを補足しておこう。

 


 そんな俺たちから離れること、数メートル。

 そこには、ひたすら床に鞭をたたきつける運動を、数十回繰り返す暇人がいた。

「えぇぇい、雑魚の戯言などは放置しておいて、今はこの私との決着をつけるときなのですよぉ! さぁ、この偉大なる大神官ロンベルク鈴木との、頂上ドS対決を!」

 鞭を大きく振りかぶる大神官の顔は輝いていた。その光は神々しい類のものではなく、額からドバドバと垂れ落ちる脂汗のせいでテカっていたからに過ぎない事はいうまでもない。

 全く、いい年こいた中年の癖に、鞭などを振り回しているからこういう事になるのだ。

「さぁ、かかってくるのです! 挑んでくるのです! 立ち向かってくるのです! さすれば、今まで私が受けた屈辱を、十倍にして返して差し上げましょう、クーックックックックックーッ」

 もうこの大神官は、鞭のリズムに合わせて、サンバを踊りだしそうなほど、ノリノリである。

「……」

「どうしました? 恐ろしくて声でも出せませんか? 体の筋肉が萎縮して指先すら動かすことが出来ませんか? ふふふふ、無理もありません、いくら強がっていても、所詮はただの小娘に過ぎないあなたが、私のような高貴な人間に立ち向かえるはずがないのです。ありはしないのでーっす!」

「……」

「はーっはっはっは! 跪きなさい! そして許しを請うのです! 勿論――許すはずなどありませんがねぇー!!」

 けたたましい大神官の笑い声とは対照的に、鷺ノ宮はまるで硬く殻を閉じた貝のように、言葉を閉ざしていた。

「――限界だわ」

 閉じた貝が開き、鷺ノ宮は言葉を口にした。

「和久、私はもう家に帰ってしまってもいいかしら……。これ以上、この醜悪な生き物の鳴き声を聞いている事に、耳が耐え切れそうにないのだけれど……」

 鷺ノ宮は、苦虫でも噛み潰したような表情で、口を歪めながら言った。

「ちょっと待て! 帰る?」

「ええ、そう。帰るのよ」

「おぉーい! ここで帰ってどうするんだよ! 俺を放置して帰ってどうする! お前は一体なんの為にここに来たんだ!?」

 その俺の言葉に反応して、鷺ノ宮の中の何かのスイッチが入った。

「和久……それが、助けてもらう立場の人間の言う台詞なのかしら……。少し目を閉じて残りカスのような少ない脳みそで考えて御覧なさい。そして、立場を踏まえた上で、もう一度発言してもらいたいものだわ」

「えっ、いや、あの、その……」

「よく、考えて言葉を発することね。それ如何によっては、和久と言う一人の人間の人生が大きく左右される事になるのだから」

 何時ものことだが、俺には選択肢の答えが一つしか用意されてはいない。

 つまり、選ぶ権利など無いと言うことなのだ。

「う、うっ……。お、お願いです、鷺ノ宮千歳様、お気分がお悪くなるかもしれませんが、そこを何とか耐えていただいて、この駄目クズニートで雑魚なわたくしめを何卒助けていただけませんでしょうか……」

「まぁ、65点といったところかしら。それにしても、私を褒める為の修飾語がまったく付いていないのが、減点対象ね」

「見……目麗しく、眉目秀麗で、頭脳明晰な……さ、鷺ノ宮様……」

 俺は、歯が削れてしまうのではないかと言うくらい、奥歯をかみ締めながら言葉を発した。

「とってつけた感じが気に入らないのだけれど、まぁ良しとしておくわ」

「あ、ありがとうございます……」

 俺の中のアイデンティティーがガラガラと崩れていく音が聞こえたが、心の耳にヘッドフォンをしてパンクロックを大ボリュームで流すことによって、聞こえない振りをしてごまかしておいた。

 日増しに、目の前の嫌な現実から目をそらす技のみが上達していくの俺が居た。。



「キェエエエエ! もう、もう嫌だぁぁーーーっ! もう空気を読んで待っているのは懲り懲りなんですよぉー! どれだけ、どれだけの間、私は無言で貴方達のくだらないやり取りを見ていたと思ってるんですか! 空気読みすぎでしょ、私は空気読みすぎちゃっているとしか思えませんよ! しかし、もう嫌だ、もう待つことに耐えられない、だからァァァァッァャァャァ!!」

 大神官は、奇声と共に振りかぶっていた鞭を力任せに振り下ろした。

 その矛先は、無論鷺ノ宮に向けられていた。

 打ちつけられた鞭は、風斬り音を発しながら、鷺ノ宮の顔面すれすれの位置を通過して、床を強打する形となった。

 チリリッと、焦げ臭い匂いが、部屋にたちこもった。

 それは、鞭と空気の摩擦で起きたものと、それと……鷺ノ宮の頬をかすったせいで起こったものであった。

「痛い……」

 頬に付いた傷、それはほんのかすり傷。

 数日すれば、傷跡もすっかり消えてしまうであろう傷。

 しかし、それは年頃の乙女の顔に出来た傷。

 それが、かすり傷であろうとも、数日もあればすっかり消えてしまう傷であろうとも、軽いものであろうはずはなかった。

「ふふふふ、今のはわざとちゃんと当てなかったのですよ! 次はあなたの顔面を切り裂いて差し上げます。ああああ、想像しただけでぇぇぇぇぇ。快感ですぅ、快感なんですよぉぉぉぉ!!」

 大神官の表情は、もはや筆舌にし難いものだった。

 いや、恍惚に悶える中年の表情など、筆舌したくないと言うのが正しいだろう。

「和久、私の顔についた傷……。少し痛い傷……。これはどうすればいいのかしら……」

 それは、とても小さな声だった。鷺ノ宮の声は、か細く、そして震えていた。

「え、いや、あの……どうすればと言われても」

 俺は返答に困った。

 返答以前に、この鷺ノ宮の問いかけに、今までに聞いた事の無い弱弱しい声に、俺の思考は完全に混乱していた。

 まさか、鷺ノ宮は怖がっているのか?

 今まで、散々言いたい放題をしておきながら、傷を付けられた事で萎縮してしまっているのか?

 少しうつむいた顔は、もしや涙が滲んでいるのを隠す為のものなのだろうか?

 そんな普通の少女のような感覚を、鷺ノ宮は持ち合わせていたのだろうか?

 


 俺の危惧は、その十秒後に晴れる事になる。

 鷺ノ宮は傷つけられた頬を、白魚のような手で擦っていた。

「……許さない。いいえ、許して良い筈が無い。それがたとえ神であろうとも許して良い筈が存在しないのよ!!」

 うつむいていたのは、溢れんばかりの怒りを抑える為。

 俺への問いかけは、湧き上がる憤怒を確認する為。

 今噴き出した言葉は、マグマの様に煮えたぎる灼熱の塊。

 俺には見える……。鷺ノ宮の全身を覆うオーラが!!

 向けられていない俺ですら後ずさりしたくなる、赤く燃えたぎるオーラが!!

「ひ、ひぃぃぃぃ。な、なんなんですか! なんなんですか、この小娘はああ?! おかしい、おかしいじゃないですか! 知っていますか? 普通こういう時は、泣いて、叫んで、喚いて、許しを請うものなんです。私に哀願するものなんです。なのに、あなたは――おかしい! 狂っている! クレイジーだ! マッドだ! どういうことなんですかぁァァァ!」

 大神官の目は、何か得体の知れないものに対して怯える小動物の目になっていた。

「えぇい! もうどっちがドSなんてどうでもいい! どうでもいいのです! お前たち、この小娘を鉄の弾丸で穴だらけにしてしまいなさい!」

 その言葉に、今まで蝋細工の人形のように固まっていた、黒スーツが動き出す。

 懐から取り出した無粋な鉄の塊、それは一般的には銃と呼ばれるものだ。

「はーっはっはっは! 今こそ、神の裁きを受けるのです!」

「黙れ! この耳汚しな言葉を吐き散らかす腐れゴミ虫が!」

「ふぇぇ?」

 後ろからの不意な発言と同時に、大神官に向けて後頭部への強烈な蹴りが襲い掛かる。

 そして、発せられた言葉の通り、大神官はゴミ虫の如く床に這いつくばった。

「な、何をする! わ、私は偉大なる大神官ロンベルク鈴木なのだぞ! 跪けぇい!

 這いつくばった状態でも、虚勢を晴れるこの姿勢は。ゴミ虫ながら天晴れなものだと思えた。

 しかし、その虚勢は乱入者に対して、蚊ほどの効果もあたえはしなかった。

「それがどうした?」

 反論しようの無い、シンプルな言葉。

 大神官は、不意の攻撃をはなった乱入者の顔を一目見ると、言葉を失った童のような表情のまま固まってしまった。

「私は、お父さんなのだよ!!」

 不意の一撃を放った謎の乱入者の言葉に、その場の空気は凍りついた。



 続く。 

 

 

  


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