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シュート

「そげぶっぐえぁ」

 中条さんのパンチにより、まるでタコのように口を尖らせた表情のまま、大神官はもんどりうって床へと倒れこんだ。

 まさに、愉快痛快だ!

 今まで偉そうにふんぞり返っていたやつが、今はパンチを食らって床にキスをする形になっているのだ。

 それだけではない! さらに、ボーナスポイントが待ち構えていた。

 倒れこんだ拍子に、大神官の頭部に装着されていたと思われる『カツラ』が吹き飛んだのだ。

 そこには、もはや威厳の欠片も消えうせた、ただのハゲ親父が居るだけだった。

「ぷっ、みっともねぇー! 神の力とやらでも、髪の毛は生やせないと見えるな! まさに、ハゲ頭だけに髪に見放されたってやつか! 中条さんも思いっきりあのハゲ頭を笑ってやれよ!」

「あははははっ、ハゲ頭ぁ~。すっごくおかしいですぅ~、あはははぁ~」

 中条さんは俺の言うことを見事に実行して見せてくれた。

 何故ならば、今の中条さんはどんな言うことも聞くのだから。

「カツラ! わ、私のカツラがぁぁ!」

 大神官は、ゴキブリのように這いずり回っては、カツラを捜し求めた。

 そして、やっとカツラを見つけては手を伸ばしたその瞬間……。

「中条さん、カツラにキックだ!」

「はい! キックですぅ!」

 中条さんのキックが見事にカツラの中心部をとらえた!

 そして、カツラは見事に宙を舞い、壁へと叩きつけられたのだった。

「うきゃぁぁぁぁ! な、なんてことをするんですか! あ、あなたたちは確実に! 間違いなく! 三百パーセントの確立で地獄に落ちますよ! つまり三回地獄に落ちるということです!!」

 ハゲ頭が、涙を浮かべながら何か言ったところで、それらにはなんら効力などありはしなかった。

 むしろ滑稽なだけだ。

 今の大神官の神経は、カツラをなんとしてでも取り戻し、頭部にライドオンさせることに集中させられていた。

 そこまでして隠さなければいけないほど、この大神官という男はハゲにコンプレックスがあったのだろうか?

 もしかすると、この男にはハゲにまつわるとても悲しい物語があるのかもしれないが、そんな事は知ったことではない。

 むしろざまぁみろだ。

 俺の今までに受けた仕打ちに比べれば、こんなもの蚊ほどの痛みも与えてないレベルだ!

 そして、俺は続けざまに追い討ちをかける!

「中条さん、そのカツラをドリブルだ! ドリブル!」

「はい! ドリブルしますぅ~」

「な、なんですとぉぉぉ!」

 大神官の悲鳴を他所に、中条さんはカツラをボールに見立てては、軽快にドリブルを開始した。

 何度となく、大神官は中条さんに向けタックルを敢行するのだが、どこぞのボールが友達怖くないの人の様に、華麗なフットワークで交わして見せたのだった。

「くそっ! くそっ! 私の、私の大事な大事な髪がああああああ! 髪様がぁぁ!」

 いつしか、悲鳴は怒声へと変化していた。

「さぁ、ゴールに向けてシュートだ!」

「はい! シュートです! あれええ、ゴールって何処でしょうかぁ?」

「ゴールはあそこだ!」

 俺の指し示した方向に存在するもの、そいつはダストシュートだ。

 きっと、中条さんには隠れた才能としてサッカーの才能があったに違いない。

 そのシュートは見事に狙いをはずさずに、ダストシュートにカツラを叩き込んだのだから。

 憐れ大神官様のカツラは、ゴミ箱へと直行したのでした。

「カツラ、わ、私のカツラぁぁぁ」

 必死にゴミ箱をあさる姿を、テレビ中継でここの信者全員に見せてみたいものだと俺は思った。

 それは、どれだけ敬謙な信仰も、一瞬で覚めてしまうに違いない光景だからだ。

 このカツラサッカーの間、黒スーツの男たちは俺の身体を押さえつけながらも、状況の変化に対応できずに、ただあたふたとするだけだった。

 それはそうだろう、まさか自分に命令を下す上司である存在が、ヒィヒィー言いながらゴミ箱をあさっているのだから。

 心なしか、俺を押さえつけている腕の力も、いささか抜けているように思える。

――チャンスはここしかない!

 俺は力を振り絞って、黒スーツの男の腕の中からの脱出を試みた。

 大きく身体を揺らすように、左方向に身体をひねると、その反動を利用して、決められた腕を解き放とうとしたのだ。

 本当ならば訓練されたこの男たちの束縛から逃げることなどできるはずは無いだろう。

 しかし、人間誰しも隙というものはできるのだ。

 そして、その瞬間ならば、その不可能なはずの出来事は可能な出来事へと変化するのだ。

 俺の左腕は、見事に拘束から解かれることに成功した!

 強引な動きをしたために、いくらか肩の関節を痛めてしまったが、そんな事は動でもいい。

 何故ならば、いくら痛いといっても、それは殺されることに比べればきっと大した事ではないに違いないからだ。


 このまま残る右腕も解放して、さらに中条さんを連れ出してこの場からの脱出を……。

 そんな事は、空に輝く星を手で掴む事と同じくらい難しいことだとわかっていた。

 別名『不可能』と呼ばれていることも知ってはいた。

 不可能なことには挑戦しない性質だと、自分で自分の事を理解していた。

 不可能なことってものは、頭の中で夢想するだけのものであるとも理解していた。

 しかし、この時ばかりは不可能に立ち向かい決行しなければならなかった。

 俺と中条さんの命がかかっていたのだから……。


 俺は自由を失っている残りの右腕を解放するべく、力の限り黒スーツの腕力に抗ってみたが、もうチャンスタイムは終了のときを告げていた。

 流石はボディーガードの為に雇われているような男たちだ。

 一瞬の隙を見せても、それ以上の隙を見せる事はなかったのだ。

 自由になったはずの左腕も、もうすでに自由を失っていた……。

 ゴールを決めて喜んでいた中条さんも、取り押さえられていた。

 その横には、ダストシュートから回収したボロボロになったカツラを装着し、憤怒の表情となった大神官が仁王立ちをしていたのだった。

「わ、わ、わ、わたしはねぇ、人に、人にィィィィ、屈辱を与えるのは大好きですが、その反対は大嫌いなんですよ。わかりますか? 嫌いという事は好きの反対という意味なのですよォォォォ」

 額に数本の血管が浮かび上がっているのがわかった。相当頭に血が上っているらしい。おちょくられてすぐさま頭に血が昇り逆上する、まさに小悪党の見本といっていいくらいだろう。

 だが、そんなことを考えている余裕も、次の瞬間に消えうせていた。

 俺の身体を押さえつけている黒スーツの一人が、俺のこめかみに、固くて細い棒状のものが突き当てたからだ。

 それが何であるかを判断するのに時間はかからなかった。

 そう『銃』だ。

 これが実はライターだったりしてくれればどれだけ良かったことか。

 しかし、現実は無常だ。

 この場面で銃の形をしたライターを取り出してくれるほど、この大神官様にユーモアのセンスがあるとは思えない。

 そして、その俺の想像を肯定するように、カチャ、っと撃鉄を起こす音が聞こえた。

 ゲームオーバー

 あなたは死んでしまいました。

 おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない。

 などとメッセージが出て、持ち金額が半額になってやり直せるならばいいのだろうが、そうは問屋が卸してはくれない。

 死んだらそこで全部がおしまいなのだ。


――ああ、まだ三十にもなってないんだけどなぁ……。まぁ、でもあれかな、これから良い事がありそうな感じもしない、人生永く生きたとしても辛いだけなのかもしれないな……。

「なら、いっその事、ここで死んでしまえばいい。なんて事を思っているのではないかしら? この駄目クズニート」

「そうそう! って、駄目クズニートは言いすぎだろが鷺ノ宮!」

 俺はまず自分の口を疑った。『鷺ノ宮』と呼んだその口を。

 その次に、耳を疑った。俺の耳に入った鷺ノ宮の声を。

 その刹那、俺の身体を押さえていた黒スーツの男の体が崩れ落ちた。

「あら、このスタンガンの性能はなかなかいいようね。ここにくる途中も良く役立ってくれたわ。役立たずの和久よりは数億倍は役に立ってくれているわね」

 俺は開放された身体で振り返った。

 そこに立っていたのは、片手にスタンガンを携えた鷺ノ宮千歳さぎのみやちとせその人だった……。




 続く。 


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