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左ストレート

「さてと、彼女がこちらに来る前に、一つクイズをしませんか?」

「クイズ?」

「そう、クイズですよ。私はね、こういうときにするクイズが大好きなんですよぉ」

 大神官は嬉しそうだった。

「こういう時ってどういう時なんだよ!」

「ほら、こういう時ですよ」

 大神官は、どこからか手鏡を取り出して、俺の顔の前に突きつけた。

 そこには、焦点の定まらない虚ろな目で、情けないほどブルブルと小刻みに震える、絶望感に溢れた男の姿が映し出されてういた。

 そう、それは勿論俺の姿だった。

「ほらほら、楽しいでしょ? あぁ、あなたは楽しくもなんともないですよねぇ。でも、私はとってもとってもとーっても楽しいんです。こういう人間の表情を見るのが快感でたまらないんです。さぁ、クイズをしましょう、そうしましょう」

 そう、この男はサディストだ。しかも、悪趣味極まりないサディストだ。

 この男は俺の返答など待ちはしていない。一人悦に入っては語り続けるだけだ。

「さてさて、クイズです。あなたのお連れのお嬢さんは、今一体どんな状態でいるでしょうか? 三択問題ですよ、よく考えてくださいね。一番、口からよだれをたらしながら知的障害者状態。二番、髪の毛をかきむしりながら、獣のような唸り声をあげ壁に頭を強打し続けている。三番、もうすでにこの世にはいない。さてぇ~一体どれが正解でしょうか? あぁ、勿論正解しても何も出はしませんよ。当然のことですけれどね」

 俺は何も答えはしなかった。答えられるはずなどなかった。

 それはそうだろう、この三択の中には一つも、希望という文字の欠片すら見つけることが出来ないのだから……。

「早く答えてくれないと、もう彼女がこちらに来てしまいますよぉ。それでは興が冷めてしまいます。さぁさぁ、ハリーアップハリーアップ、ハリーハリー!」

 和製英語丸出しの発音で、大神官は何度も繰り返した。

 こいつを今ここで殴り殺すことが出来たら、どれだけ気分が良い事だろうか。力任せに殴りつけて、脳漿のうしょうを頭蓋から飛び散らさせることが出来たら、俺の気分は少しは晴れるかもしれない。

 しかし、そんな事をしても、この事態が一つたりとも好転する筈など無いなど事もわかっていた。それどころか、更なる絶望を呼ぶ、呼び水でしかないことも……。

 けれど……。

「ペッ!」

 俺は、唾を大神官の顔にめがけて吐きかけた。その行為が無意味だとわかっていながらも、ささやかな抵抗を試みたかったのだ。

 だが、それは大神官の顔にかかることはなく、虚しく地面に落ちて、床に染みを作るだけだった。

「あらあら、まだまだ元気たっぷりじゃないですか。私はね、そういう元気な人が――大嫌いなんですよ。もうね、今にも死んでしまいそうな悲壮感たっぷりな人が大好きで、それはもう大好きで、抱きしめてしまいたいくらい大好きなんですよ。『もうダメです、生きる希望もありません、お救いくださいませ!』そう言いながら哀願してくる人たちが大好きなんです。その時は、大神官なんてものをしていて、本当によかったと思えます。私はね、その時には一番の笑顔を相手に向けてあげることが出来るんですよ。だって、嬉しいじゃないですか、惨めな人間が私の足元にすがり付いて懇願しているなんて、こんな嬉しい事は、楽しい事はないじゃないですか。だからこそ、一番の笑顔を相手に向けてあげられる事が出来るんですよ」

 よく喋る男だと俺は思った。

 それと同時に、もしこの世の中の神というものが、一般的に想像されているものならば、こいつは確実にその対極に存在するものだろうとも思った。

 大神官は、更に何かを語り続けていたが、俺はもうその話を聴くという苦行を、完全に放棄していた。

 時折、意味もなく俺の身体に激痛が走ったが、それは大神官が話の節々で、俺に暴行を加えているだけのことだった。

 その時、ドアの奥から、ドサっという何かが崩れ落ちるような音が聞こえた。

 それはまるで、大きな生ゴミの入ったゴミ袋が、崩れ落ちるような音に俺は聞こえた。

 しかし、それは生ゴミなどではなく、人間、そう中条なかじょうさんであるという事に気がつくまでに、俺は少しの時間を要した。

「な、中条さん……」

 声にならない声が俺の口から出た。

 とてもかわいらしくセクシーであった巫女装束は、あちらこちらが乱雑に破けていて、見る影も無かった。

 だらんと倒れこんだまま、伏せられた頭が、中条さんの表情を俺に伝えてくれはしなかった。

「中条さん! 中条さん!」

 俺は数度呼びかけた。けれど、中条さんは床に倒れこんだままピクリとも動くことはなかった。

「そんな……。そんなのないだろ……。なぁ、返事をしてくれよ……」

 動くことのない中条さん、返事をしてくれない中条さん、それはさっきのクイズの答えが何であるかを導き出していた。

「いいです! とてもいいです! その表情! 最高ですよ! 今すぐ、貴方のその表情の横で、ピースサインをして写真をとりたいものです。そうだ、そうしましょう。今すぐしましょう、そうしましょう」

 大神官は、中条さんの横に控えていた黒スーツの男二人に命じて、カメラを持ってきてもらった。

 そして、俺の横に立って、満面の笑顔でピースサインをして写真を撮った。

「ああ、あと2,3枚頼みますよ」

 そう言うと、さらにアングルなどを変えて数枚写真を撮った。

 俺の思考は停止したままで、その行動に何のリアクションを起こすことも出来なかった。

「ふぅ、満喫できました、そこそこの満足感を私は得ることが出来ましたよぉ。それもこれもあなた方のおかげです。さて、それじゃ、そろそろいいでしょうかねぇ」

 大神官は、何かを喋っていた。それは俺の耳に聞こえていた、けれど脳には届いてはいなかった。

 言葉、感覚、全てのものが脳に入り込むことを、俺は拒絶していたからだ。

 今、目の前に起こっている現実というものから、自分を守るすべ。

 それは、亀のように甲羅の中に篭って、全てを遮断する。それしかなかったのだ……。

 大神官はさらに数言黒スーツと言葉を交わしていた。

 黒スーツはそこの言葉に小さく頷くと、中条さんの身体を無理に起き上がらせた。

 そして、鼻と口の辺りに、布のようなものを当てた。

 その刹那、中条さんのからだがビクンと、まるで魚のように仰け反った。

 さらに、痙攣のようなものを数度繰り返すと、上半身から床にむけて倒れこみそうになったが、それは黒スーツの男の支えによって、回避された。

「うぅぅぅ……」

 それは言葉といっていいのかどうかわからない。けれど、中条さんの口が、ちゃんと音を発したのだ。

 それはつまり、中条さんが生きているということの証なのだ。

「中条さん! 中条さん! 中条さん!」

 何度も何度も俺は名前を呼んだ。

 出せる限りの声を振り絞って呼んだ。

 声がかすれても、もはや声と呼べなくて、動物の鳴き声のようになっても、俺は何度も呼び続けた。

「……。う……碓氷うすいさん……。おはよ……う、ございますぅ……」

 中条さんは、ゆっくりと目を開けて、俺のほうを見て、口を開いて、言葉を投げかけてくれた。

「良かった! 良かったぁ! 中条さん、生きてる……。生きてるんだ……」

 絶望の中の光。

 それがこれなんだろうか。

 とにもかくにも、中条さんは生きていた。

 今の状態がどういう状態であるかは、置いておいて――だ。

「あぁ、つまらないですねぇ。なんですか! その希望を見つけたみたいな表情! まぁ、もう少し、死んだということにして、絶望の表情を楽しんでいようかと思っていましたけれど、それだと次のステップにすすめませんのでね」

 俺の視線はすでに微塵も大神官には向いてはいなかった。すべては、中条さんへと向けられていたのだから。

「あれれ、碓氷さんそんな所で何をしているんですかぁ? はれれ、私ってば、どうしてこうして、あれれれ……。なんだかとっても頭がぼーっとしますぅ」

 黒スーツの男は、いつの間にか、中条さんの身体から手を離していた。

 多少のふらつきはあるとはいえ、手を離しても倒れることがない程度には、中条さんの足腰と意識がはっきりしだして来たからだろうか。

 俺は、今すぐにも駆け寄って、抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。

 その刹那、大神官が指を一つパチンと鳴らして見せた。

 それは、何の変哲もない指パッチンだった。そのはずだった。

 俺はそんなもの意に解することもなく、気だるい身体を引き起こしては、中条さんのもとへ駆け出そうとした。

 俺の身体は、まるで鉛のように重かった。しかし、動く、進む。遅い歩みでも、一歩一歩と中条さんのもとへと進んでいく。

 そのたどり着くべきゴール。中条さんの表情が急変していることに、この時に気がつくべきだった……。

 俺は中条さんの目の前にまで達していた。

 あと二歩、足を進めれば、中条さんに手が届く。あと一歩、足を進めれば、中条さんを腕の中に包み込むことが出来る。

 俺の身体は、中条さんに触れる事はなかった。

 目の前にいる俺が、まるで見えていないかのように、中条さんは、俺の目の前をすり抜けては、おぼつかない足取りで歩いていく。

 その向かう方向には、大神官が待ち受けている。

「何してるんだよ! その男は俺たちを酷い目に合わせた男なんだよ! 大神官なんて言っているが、そいつはただのサディストだ! 犯罪者だ!」

 俺の声は、中条さんへと届いただろうか?

 いいや、もし届いていたとするならば、いま中条さんが、俺の腕ではなく、大神官の腕に抱きしめられているはずがない……。

 大神官は虚ろな目をした中条さんを両手で抱きしめていた。

 それは、俺がするべきはずの行動だった。そうなっているのは俺のはずだった。

「いい子ですねぇ。ご褒美をさしあげましょう」

 大神官はそう言うと、中条さんの唇に、自分の唇を重ねた。

 中条さんは、何一つ抗う事無くそれを受け入れた。

――何が……。何が起こってるんだよ……

 大神官は、さらに自分の舌を中条さんの口内へと滑り込ませた。

 爬虫類のもつヌラヌラとした粘着感を持った舌が、容赦なく中条さんの口内を犯しつくしていく。

 恍惚とした表情でそれに答える女性。それが中条さん本人であると、俺は認めたくなどなかった。

――そうだ! 俺は、まだあのチョコレートで眠りについたままに違いない。そして、悪夢を見せられているんだ。そうに違いない。もし、そうでないとすれば、俺は一体、何を、どう、すれば、いいんだ……。

下卑た笑いを俺に向けながら、大神官は毛深い腕を中条さんの胸へと向けた。そして、指先で上から下へと胸の周囲をなぞって見せた。

「あっ……」

 吐息のような熱い声が、中条さんの口から漏れた。

「ふふふふ、若い女性の肉体というものは、とても甘美なものでしてねぇ。とくに、こんな豊満な身体を持つ情勢というのは格別なんですよ。どうです? あなたも味わってみたいと思うでしょ? こんな状況においても、人間の性的欲望なんてものはとても正直にできているんですよ。さぁ、どうです? あなたもご一緒に、この女性の身体に虜辱りょじょくの限りを尽くしてみませんか? 今なら、この子はどんなご要望にもこたえてくれますよ」

 大神官は、さらに激しさを増して中条さんの胸を攻め続けた。

「やめろ! やめろ! やめろおおおおおおおおおお! 殺してやる! てめぇを殺してやるぞ!」

 何かが頭の中で弾けた。

 足が動いた。

 さっきまで重くて仕方のなかった足が、まるで羽が生えたかのように軽やかに動いた。

 あと数歩で、俺は大神官の顔面にパンチを入れるところまでたどり着ける。

 その数歩は、とても遠かった……。

 俺の拳は大神官に届くことはなかった。

 黒スーツの男たちが、二人掛かりで俺の動きを止めにはいったからだ。

「くそがぁ!」

 俺は一人の男に拳を放った。

 それは男の胸元に当たり、相手の身体をよろめかせて、体勢を崩させる事に成功した――しかし、所詮はそれだけの事でしかなかった。

 その三秒後には、もう一人の男によって、成す術もなく俺の身体は押さえ込まれてしまったのだ。

 ヒロインのピンチに、隠された力を解放して、相手に立ち向かうヒーロー。

 そんなものはここには居はしない。

 ただ惨めに、ヒロインが虜辱される姿を見ることだけしかできない駄目男が居るだけだった……。

 俺は、奥歯がきしむほどに歯を噛み締めた。

 自分の非力さが情けなくて、情けなくて、頬に涙がこぼれてきているのがわかった。

「彼女がどうしてこうなっているかわかりますか? あのチョコレートのおかげですよ。あのチョコレートには色々な副作用がありますが、一般的な作用として、人を従順にさせることが出来るのです。ほら、ごらんなさい、この甘美な表情を。私に身体を好きにされて悶え喜んでいるのですよ。ほら、ほらほらぁ」

 大神官の指が激しく彼女の下半身をまさぐりだした――のだと思う、俺はもう中条さんを直視することなど出来はしなかった。

「残念ながら、貴方にはこの作用は現れなかったようですが、このお嬢さんは面白いくらいに操り人形さんですよ。どんな命令をしたところで、なんだって聞きいれますよ。試しに、私が何か命令してみましょうか?」

 大神官は少し思案をめぐらせると、頬の肉を気持ちの悪いくらい上に釣りあがらせ、珍妙な笑みを浮かべた。

「さぁ、この捕まえられている男を、あなたの身体を使って慰めてあげなさい。きっと、この男は喜んでくれるはずですよ」

「な、何を言ってるんだ!」

 中条さんは、マリオネットのように、ぎこちない足取りで俺のもとに歩み寄った。

 そして、俺の身体に自分の身体を密着させると、弧を描くようにうねらせた。

中条さんの身体の柔らかい部分が、俺のあちらこちらに触れた。

 それはとても気持ちのいいものだった。

 こんな状態であるのに、中条さんは薬で操られているというのに、俺は感じていたのだ……。

 うなだれる俺の顔の目の前には、あれほど夢見て焦がれていた聖乳があった。

 タプンタプンと目の前で別の生き物のように揺れていた。

――そうだ、俺はこの聖乳を揉みたかった。今ならば好きなように出来る。何故ならば、中条さんはどんな言う事でも聞いてしまうのだ。だから、俺が揉んだところで嫌がることなどしはしない。

 そんな思いを他所に、中条さんは俺の顔面に、その聖乳を擦りつけた。

――どうせ、俺はこの後どうさせるのかわかったものじゃない。もしかしたら、殺されてしまうかもしれない。それならば、最後に欲望に身を任せて、行動してもいいじゃないか……。どうせ、どうせ、もうどうにもならないんだ、それならば……。

 これは、諦めなのだろうか?

 それとも、内に秘められていた欲望が、表層に浮かび上がってきたということなのだろうか?

 顔を上げると、中条さんは、艶やかな瞳で、俺の瞳を見つめていた。

 思わず、唇を奪ってしまいたいという衝動に駆られた。

 そして、その行動が、あの大神官と、あの糞野郎と同じであることに気がついた。

――そうだ! 欲望とか、本能とか、これでもう最後だからとか、そんな事は知ったことじゃねぇ! 俺はあの糞サディスト野郎と同じ行動をすることだけは、絶対に許せねぇ! それだけは、糞を漏らそうが、小便をちびろうが、腕を折られようが、やりたくねぇ!!

 開き直った馬鹿はたちが悪い。

 そう、それは今の俺だ!

 そして、開き直った瞬間に、俺は一つの名案を思いついてた。

「おい! この糞大神官! お前は、中条さんがどんな言う事でも聞くって言ったよな!」

 大神官は、俺の言葉にいささか驚いた顔をしたが、すぐにまた醜悪な笑みを浮かべなおした。

「一体なんなのですか? はぁはぁーん、彼女にアブノーマルなプレイをお望みなんですねぇ? ふふふふふ、それならばそのように、彼女に命じてさしあげますよ」

「馬鹿神官! お前が命令なんてしなくいいんだよ! 命令するのはな――この俺だ! さぁ中条さん、あの糞大神官を渾身の左ストレートでぶっ飛ばしてくれ!」

 俺の身体に蛇のように巻きついていた中条さんは、その言葉を聴いた瞬間に、飛びのくように身体を離すと、即座に何かにとり付かれた様に大神官めがけて走り出した。

 そして、呆気にとられている、黒スーツをよそに、強烈な左ストレートを大神官の顔面に目掛けてぶち込んだのだった。

 

   

   

  

 続く。


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