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マーブルチョコレート

前に「薬」という題名で23話を投稿していましたが、全部書き直しました。

どうもご迷惑をおかけいたしました!

 人には知らなくていいことがある。

 見なくていい光景がある。

 耳にしなくていい言葉がある。

 けれど、現実はそうはうまくいきはしない。

 だからこそ、知ってしまう、見てしまう、聞いてしまう。

 黒い扉の先にあるもの、それが現実。

 俺と中条なかじょうさんの居た世界と同じでありながら、まるで異質なもの。



「どうしたんですかぁ?」

 中条さんは俺のほうを振り返り、キョトンとして不思議そうな顔を見せていた。

 きっと、得意のクエスチョンマークを頭上に三個ほど浮かべてぐるぐる回しているに違いない。

 その刹那、頭上のクエスチョンマークをなぎ払うかのように、中条さんの身体が大きく揺れた。

 黒スーツの男の一人が、中条さんの両腕を捕まえたのだ。

 なんてことだ! こうも容易く、中条さんの至高のナイスバディに触れるとは不届き旋盤! もし、その手が聖乳にでもまわろうものならば、この俺の腕に封印された暗黒竜様が目覚めて貴様を焼き尽くしてくれようぞ!

 言うまでもない事だが、俺にそんな能力は存在しない。

 そんな馬鹿なことを考えているうちにも、俺のほうにも黒スーツの魔の手は忍び寄ってきた。

――くそっ! 俺には男と身体を触れ合わせる趣味なんざ持ち合わせていやしないぞ!

 そんな思いが相手に伝わるはずもなく、俺は抵抗するまもなく、後ろから羽交い絞めにされ、身体の自由を奪われてしまった。

 首筋に、黒スーツの男の息がかかってとても気持ち悪かった……。

 抱きつかれるならば、ナイスバディの美少女が良い!

 美女といわずに、美少女問い言ってしまうあたり、俺の趣味が出そうなものだが、それは気にしない気にしない一休み一休みである。

 そんな訳で、俺と中条さんは完全に動きを封じられた形になったわけだ。

 どうして、こんな事になったのか?

 いいや、そんな事よりも、ここまでして俺たちをとっ捕まえる理由はなんなのか?

 そして、その理由となるものは、きっとこの部屋の中にあるに違いない。

 俺は、拘束された状態のまま、亀のように首だけを器用に伸ばして部屋の中の様子を探ろうとした。

 そこは、大聖堂の神聖めいたつくりとはまるでベクトルの違う高級感のある部屋だった。

 そう、まるでどこかのドラマで見た大会社の社長室のよう。

 座れば身体全身が沈み込んでしまうんではなかろうかというほどの、弾力を秘めていそうな高級レザーのソファーが向かい合うように二つ。そして、その中央におそらくマホガニー製であろう、これまたこんな所まで見るやつ居るのかよ?! という場所にまで調度の限りを尽くした贅沢なものだった。

 そして、そこには二人の中年男性いた。一人は真っ白な法衣? のようなものに身を包み、こちらの方を含みのある笑顔で見つめていた。

 もう一人は、重厚な深みのある黒のスーツの身を包み、まるで俺たちのことなど目に入っていないかのように、気にもかけるそぶりすらなく、ただソファーに深く腰掛け目の前に置かれているお茶をゆっくりとすすっていた。

 その中の白い法衣の男が、まるで瞬間接着剤で固定されたかのような固まった笑顔の表情をこちら向けたままゆっくりとソファーから立ち上がると、これまた焦らしているかのように、ゆっくりゆっくりともったいぶったように俺たちのほうに向かって歩を進めた。

「もぉ~。どうして私たちってば、捕まえられちゃってるんでしょぉ~」

 中条さんは、唯一自由になる足をばたつかせてジタバタ行動をとっていたのだが、その法衣の男を目にした途端に表情が一変した。

「あ、あ、あ、あ、あわわわわわわ……あ、あののののののお方は、恐れ多くも大神官ロロッロロロロ、ロンベルク鈴木様ですぅ!!」

 中条さんは、捕まえられた状態で、大きく身体を仰け反らせながら、もはやそれは本当に日本語なのかという、ろれつの回らない発音で声高らかにその中年の名を呼んだ。

「はい、そうですよ。私が大神官であるところの、ロンベルク鈴木です。元気なお嬢さんに聖母神オフィーリア様のご加護がありますように」

 興奮して悶えている中条さんの真横に立ったロンベルク鈴木は、まるで小動物でもいさめるかのように、ゆっくりと中条さんの頭の上に手を置いた。

「だ、大神官さまがぁ私の頭を撫でてくださっていますぅ~。もう、もう、もぉぉ~これは幸せのど真ん中ストライクですぅ! ストライクバッターアウトチェンジなんですぅ~」

 何をどうたとえるとバッターアウトなのか、何一つとしてわからなかったが、中条さんのテンションがうなぎのぼりに上がっていることだけは、安易につかみ取れた。

 マックステンションへと突入した中条さんの表情は、上気し頬に異様な赤みが差していた。さらにうっとりしてとろけてしまいそうな虚ろな瞳が、大司教ロンベルク鈴木に向けられていた。

 極めつけに、いつロケットミサイルのように弾けて飛び出してしまうかわからない、聖乳様も、負けじと自己主張パワーをアップさせていた。

 そんな中条さんの、全ての視線を一手に引き受け、絶大なる敬愛を受ける男、ロンベルク鈴木大神官。

 しかし、今俺の目に映っているロンベルク鈴木という男は、贔屓目にも尊大さと貫禄をかねそろえているようには見えなかった。

 服で隠せしようのないくらいに中年太りでたるんだお腹。これまた帽子で隠してはいるけれど、年齢の割にはあまりにも枯れ果てた荒野の髪の毛。そして、悪趣味な成金趣味としか思えない両腕にジャラジャラとつけられた金のアクセサリーの数々。

 その全てが、敬愛とは全く逆ベクトルの感情を、俺に与えてくれていた。

 このまるでローマ法王のコスプレのような衣装があるおかげで、かろうじて宗教関係の偉い人であるとはわかるものの、もし貧乏たらしいくたびれたスーツに身を包んでいた日には、リストラ寸前のおっさんだと思われても仕方がないくらいだった。

 なにをどうすれば、こんなおっさんを尊敬することが出来るのか、まさに宗教とは恐ろしい麻薬のようなのもだと、再認識するのだった。

 まぁ、こんなむさ苦しいおっさんの観察に飽き飽きした俺は、もう一人の男のほうに視線を向けた。

 もう一人の男は、いまだソファーに座ったまま、こちらの行動になんら興味を示すそぶりもなく、シガーケースから葉巻を取り出すと、慣れた手つきで口にくわえ火をつけた。

 その一連にいたる動きは、優雅さと上品さを兼ね備えていた。

 身なりも、貫禄も、完全に大神官であるはずのロンベルク鈴木とは比べるべきもないほどに上の存在であると思えた。

 もし、知らずに街中でこの二人とあっていれば、百パーセントこちらの葉巻の男に好意を抱く事だろう。

 なのに、なのにだ!

 俺の直感が、さっきからしきりにこの男に対して『危険』という信号を出している。

 背筋に、なにか冷たいものが走ったような気がした……。

「さてさて、そちらの貴方」

 ロンベルク鈴木からの言葉が、俺に向けられているということに気がつくのに少しの時間を要した。それだけ、葉巻の男に俺の意識は集中していたらしい。

「私に対して何の反応も示さないところを見ると、貴方はどうやらうちの信者ではないようですけれど、一体全体どちらさまですかな?」

 不思議に思うのも当然だろう。

 この施設に居るものの大半は信者であり、信者であるならば大神官であるところのロンベルク鈴木に反応しないものなど居ないのだから。

「どちら様って言われても……。なんて言えばいいんでしょうかねぇ」

この問いに対する答えかた如何で、俺のこの後の処置が決められるのかもしれないのだから、ここはよく考えて答えなければならない。

 俺の脳みそは、適切な答えを考えるべく高速で回転した。――しかし、もとから大した性能を持たない脳みそだ、どれだけ高速で回転しようが、ろくな答えをはじき出しはしない。

 ただ、今の俺にわかることは、ずっと羽交い絞めにされたままで、どうにもこうにも腕が痛くて仕方がないということだけだった。

「あのぉ~。それより先に、この身動き取れない状態を何とかしてくれませんかねぇ~。どうにも腕の関節外れちゃいそうで……」

 結局のところ、脳みそを高速回転させたことは無意味に終わり、ただ今思っていることを素直に口に出すという最悪の結果に終わってしまった……。

「う、碓氷うすいさん! このロンベルク鈴木大神官さまは、とってもとってもとってもとってもと~っても偉い人なんですよぉ! そんな口の聴き方をしちゃだめですぅ! ぜ~ったいにダメなんですぅ!」

 口を尖らせてそんなかわいい言い方をしたところで、俺にとって見れば、この目の前に居るのは大神官でもなんでもなく、ただのおっさん以外の何者でもなかった。

「いやいや、失礼いたしました。ここは一応立ち入り禁止の場所なのでね。そこに急にドアを開けて入ってこられては、流石にこちらもそれ相応の対象を取らなければいけないものでしてねぇ」

 とても穏やかな話しぶりであったが、どうやら俺たちの拘束を解く気はないようだった。

「す、すみませぇ~ん、すみませんでしたっ! 大神官様のいらっしゃるお部屋だとは全く知らなくって……。私ってば、どうやって謝ればいいのかぁ~うわぁぁぁん」

 中条さんは、両腕の自由を奪われたまま、頭だけを必死に下げては謝罪の言葉を連発していた。その頭の上げ下げに連動して、聖乳様も謝罪の揺れの舞を披露していた。

 勿論、俺はその動きに視線が釘付けだったのは言うまでもない。

 そして、俺と全く同じ行動を取った男がもう一人……。そう、大神官様と呼ばれる男、ロンベルク鈴木も、中条さんの聖乳に視線は釘付けなのだった。

 やはり、おっぱいというものの魅力は、全男子共通のトキメキポイントなのだ!

 とは言え、大神官とまで言われている男が、今俺の横で、鼻の下を地面につくほど伸ばし、口元をいやらしく歪めている様を見ていると、これで良いのか? とも思えてならなかった。

――やはり、こいつはただの中年エロ親父ではないのか?

 そんな疑問が俺の頭をよぎる。まぁ、よぎる以前に、俺からしてみれば偉そうな肩書きをのぞけば、ただのエロ中年以外の何者でもないことは、最初からの決定事項なのではあるのだが。

 しかし、ここは大人の対応をしなくてはなるまい。

 俺だって、悲しいことに三十前男だ! 処世術の一つくらいは、一応知ってはいる。

 ここは、いくらエロ中年とは言え身分のある男だ、へりくだって、敬って、持ち上げて、のせまくって好意的に会話を進めるべきなのだ。

それがこの事態を好転させる最善の方法だと俺は思った。

「コホン」

 俺はわざとらしく咳払いを一つしては、ロンベルク鈴木の聖乳へと注がれていた視線を、こちらへと導いた。

「あの~ロンベルク鈴木大神官様、私めらがそのような立ち入り禁止の場所に入ったことはお詫びしいたしますので、どうか俺たちの身体を自由にしてくれませんかね?」  

 あからさまに取り繕った言葉使いだったが、態度の変化にほんの少しばかり気を良くしたのか、ロンベルク鈴木は満足そうに首を小さく上下コクコクと振った。

「うんうん、うんうん。そういう真摯な態度はとても重要なことだと思いますよ。でもね、そうしてあげたいのはやまやまなのですが、さてさて、それは私一人で決めることが出来ないんですよ、残念ながらね」

「それはどういう事なんですか?」

「さぁて、どういうことだと思います?」

 まるで子供のように問答を返す中年がそこに居た。

「あの……ふざけてらっしゃるんですか?」

「ふざけていると思いますか? この私、大神官であるロンベルク鈴木が!」

 まるで歌舞伎のように、名乗り台詞が完全に芝居がかっていた。

――畜生! 名前からしてすでにふざけてるだろうが! この糞中年が! 

 そう言い返してやりたかったが、勿論そんな事を言えば、更にこの状況が悪化することもわかっていた。

「まぁまぁ、貴方たちは自分の立場をよく理解しなければいけません。自分の所業を見直さなければいけませんよ。そう、貴方たちはいけないことをしたのです。やってはならないことをしたのです。わかりますか? やってはいけない事というのは、罪なのです。そしてその罪は、神の名の下に罰せられるべきことと言っていいでしょう。すなわち、悪魔の所業なのですよ。全くもって愚かしいことなのですよ、恥ずべきことなのですよ」

 まだるっこし言い回し、へばりつくようなねっとりとした言葉使いが、コールタールの中にでも沈められているような感覚を俺に抱かせた。

 いや、それだけではない。俺はこの感覚を前にどこかで味わっている。そう、あの時だ!

 それは、俺がバイトを首になった時の、バイト先の店長の口から発せられるものと酷似していたのだ。

 ゆえに、その言葉は俺の心をえらく苛立たせた。

「ごめんなさいですぅ。どれだけ謝罪していいかぁぁぁぁ。私ってば、ドジで間抜けで何のとりえもなくて、生きているだけでも世の中に迷惑をかけちゃってぇぇ、でもでも、それをオフィーリア様が救ってくださったんですぅ~。だから、だからお見捨てにならないでくださいましぃ~」

 大粒の涙を周囲に振りまきながら、中条さんはまるでこのロンベルク鈴木を神のようにあがめすがり付こうとしていた。

 その卑屈な中条さんの姿を見ているのが辛かった。

 見て居たくなかった……。

 俺の頭の中がちくちくと痛い。まるで何か小さな火花が脳内で起こっているかのようだ。

 そう、俺のイラつきは限界を超えようとしていた。

「うっせぇな……」

 俺は声を必死で抑えようとしていた、しかし抑えきれはしなかった。

 噴火しようとするマグマを止めるすべなどありはしないかのように。

「だからぁ! 部屋のドアを開けたことは謝るって言ってるじゃねぇかよ! それでまだ充分じゃないってのかよ! それになんだなんだ、今の言いようはよう! あんたがどれだけ偉いってんだよ! 何様のつもりなんだよ! ああ、そうでしたねぇ、大神官様でしたっけ? 偉い人なんでしたっけぇ? そんなの俺にとっちゃ知ったことかよ!」

――ああ、馬鹿だ。俺は馬鹿だ。間違いなく馬鹿だ。

 前のバイトを首になったときと、なんら代わり映えのしない対応をしてしまっている自分が、本当に愚かだとそう思った。

「碓氷さぁん、大神官様に対して言葉使いがぁ、あまりにもあまりにもぉぉ不遜ですよぉ。そんなのダメですぅ!天罰がぁ、天罰がぁぁ落ちちゃいますよぉ」

 天罰という言葉に怯えて、ガクガクと震える姿は、まるで寂しくて死にそうなウサギのように見えた。

 ならば、今の俺の姿はなんだろうか? 精一杯虚勢を張って、嘘の強さをアピールする草食動物といったところか……。

 俺の身体は、先ほどの発言により、今まで以上にきつく押さえつけられていた。

 正直、このままあと5分も押さえられていたら、骨の一本くらいひびが入ってしまうんではないかと思うほどだ。

 まぁ、その痛みのおかげもあって、俺はいくらか冷静さを取り戻すことと、現実を見ることが出来た。

 しかし、いくらか解さないことがある。

 この部屋が立ち入り禁止の理由とはなんなのか?

 こんな屈強なガードマンを雇うほどの理由がこの部屋にはあるのか?

 大神官と共に居る、あの葉巻の男の正体とは?

 全ての謎の答えが、危険への入り口へと続いているとわかっていても、俺の好奇心はもう走り出してしまっていた。

 たとえ、その進む方向が奈落の底へと続く道であるとわかっていたとしても……。

 

 きしむ間接の痛みに耐えながら、俺の視線は目の前で延々と高説を垂れ流している大神官を飛び越えて、部屋の中へと注がれていた。

 部屋の中には、先ほどと同じように、例の男が葉巻をふかし、時たまお茶をすすっていた。

一体どんなお茶なのだろうか? やはり茶葉は高級なものなのだろうか? お茶と葉巻というものは、はたしてマッチするのか否か? とても謎なところであったが、俺が今解こうとしている謎はそこでない!

 俺はそのお茶の置かれているテーブルに、色鮮やかな小さい物体が数個散乱している事に気がついた。

 俺は目を凝らして、その小さな物体に焦点を合わせた。

――錠剤?

「薬か?」

 知らず知らずのうちに、俺は自然と口から言葉を発していた。

 その刹那、大神官の顔色があからさまに変化した。

 あぶらぎった額から、数適の汗がこぼれ落ちたのを俺は見逃さなかった。

「な、な、何を言っていらっしゃるんですか! 何をもって、薬などという言葉をその汚れた口から発していらっしゃるんですかぁ!?」

「いや、あの、その……」

――えぇい! こうなれば毒食わば皿までだ! 別名ヤケクソだ! 

「なにって、そのテーブルの上におかれている、あからさまに怪しい物体に決まってるじゃねぇかよ! そいつだ! そいつ!」

 俺は動かない手の変わりに、顎を器用に使って、その物体を指し示して見せた。

「は、ははっはははっ。何を言うかと思えば、違います、全くもって違います! 違うといったら、違うんですって!」

 これほど嘘が下手糞な男が居ただろうかというほどの、狼狽振りだった。

「じゃあ、これは何だって言うんだよ!」

「え、あの、そのぉ、これはですね」

 その刹那、今までゆったりとソファーに腰掛けお茶をすすっていただけの男が、突如立ち上がった。

「――マーブルチョコだ!」

 今まで一言たりとも言葉を発することのなかったサングラスの男の第一声がそれだった。

「は?」

 そのあまりにもギャップのある言葉に、俺の脳は一時機能を停止してしまうほどだった。

 それは、ロンベルク鈴木も同じようだった。――が、脳の再起動は俺よりかいくらか早かった。

「そ、そうです。これはマーブルチョコなのす! 間違いありません、完全にマーブルチョコです。これがマーブルチョコでなければ、なんだというのですか! 神の名においてマーブルチョコなのですよ!」

 助け舟に乗るように、ロンベルク鈴木は、その物体を完全にマーブルチョコであると言い張った。

「おいおい、なんで大の男の二人が向かい合ってソファーに座った状態で、テーブルの上にマーブルチョコなんて置いてなきゃいけないんだよ!」

 俺の言葉は全く持って正論――なはずだった。

「好物なんだよ、私たちはマーブルチョコがね。そうだろう、大神官?」

「はい、そうです。全くもってそうなのです」

 サングラスのせいで表情はわからなかったが、サングラスの奥で奴はきっと笑っていたに違いない。

「碓氷さぁん、大神官様たちがマーブルチョコだって言うんだから、それはきっとマーブルチョコなんですよぉ~。だって、聖母神オフィーリア様におつかえする大神官様が嘘をつくはずなんてないんですものぉ~」

 きっと、中条さんは、今目の前に犬がいたとしても、大神官のヤツが『これは猫です』といえば、猫だと思うことだろう。

 まさに、妄信というヤツだ。

「それほどまでに、疑うのであれば、そのマーブルチョコを食べてみればいい。そうすれば、それがマーブルチョコであるかそうでないか、はっきりとすると思うのだろうさ」

 サングラスの男はそう言い終えると、湯飲みに注がれたお茶の残りを一気に飲みきった。 

「さぁ、その男の口にマーブルチョコを与えてあげなさい」

 そう言って、テーブルの上に置かれていたマーブルチョコと呼ばれるものを一つ手に取ると、それを大神官に手渡した。

「え? いいんですか?」

 大神官はそれを受け取ると、何度も何度も念を押して確認をしていた。

 それに対して、サングラスの男は返事一つする事無く、ただ一回だけ首を下に振って見せ、そのあと別のものにお茶のおかわりを要求していた。

「わかりました。そ、それでは、貴方にこのマーブルチョコを差し上げます。甘いですよぉ~美味しいですよぉ~。とろけますよぉ~」

 大神官の手が、俺の眼前に迫る。

 そして、俺の口の前に、マーブルチョコが姿を現す。

「えぇ~。大神官さまぁ~ずるいですぅ~。私にはマーブルチョコはいただけないんですかぁ~」

「まぁまぁ、待っていなさい。まずはこのお方からですよぉ~」

 中条さんはしきりにずるいずるいと連呼をしていた。

 まぁ、中条さんからすれば、大神官様のお手から直接食べ物をいただかせてもらえるなんてことは、光栄のきわみだったりするのかもしれないが、俺からしてみれば、中年の男の手から、チョコレートを口に放り込まれるというのは、もはや拷問以外の何物でもなかった。

そして、そんな俺の感情など全く意に介さずに、マーブルチョコレートは俺の口内に放り込まれた。

 口内に、まったりとして甘い感覚が広がっていく……。

――なんだ、本当にこれはチョコレートだったんじゃないか!

 予想外の感覚に俺はつい笑ってしまいそうになった。

 しかし、この感覚はそこで収まりはしなかった……。

 甘くてとろけるような感覚が、俺の全身を支配すると、脳の奥底に光り輝く何かが俺に語りかけてくる。

――何を言ってる?

 開放感、何者にも縛られない開放感。

 安堵感、何物にも邪魔されない安堵感。

 癒し、安らぎ、まさにこれぞ女神の胸に抱かれているかのような……。

「ようこそ、聖母神オフィーリアの世界へ」

 男の声が聞こえたような気がした、それが誰の声であるのか、もう俺には判別することは出来なかった……。

 俺の意識は、遠い、どこか遠いところへと飛んでしまっていたからだ……。





 続く。


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