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オフィーリアとデジャブ

 バスが目的地に着いたとき、俺の頬は引きつりかかっていた。

 それは、周りにあわすために強引に作った笑顔のせいに他ならなかった。

 朱に交われば赤くなるというのは、全くよく言った言葉だ。あれだけの、満面の笑顔に囲まれていれば、こちらも内心はともかく、表面的には笑顔にならざるを得ない。


「う~ん」

 俺はバスから降りるやいなや、大きく背伸びを一つした。

 緊張したまま椅子に座っていたせいか、身体のあちこちが痛かった。

「えっへへへ、つきましたねぇ」

 中条さんは、今にもウサギのように飛び跳ねてしまうのではないかというくらいに、浮かれているように見えた。

「さぁいきましょう~」

 中条さんは俺の右腕にぎゅっとしがみついて、前へ前へと引っ張る。

 俺は、まるで散歩を嫌がるペットのようにずるずると引きずられていってしまう。

「もぉ、そんなに焦らなくても……」

 と言いながら、俺の心境はと言えば、右に出に当たる中条さんの感触でいっぱいだったのは言うまでもないだろう。

 しかし、しかしだ! この魔乳の感触により、俺の思考は視覚は色々と麻痺していたのだ、目の前にある現実を受け止められないほどに。

 



「な、なんだよ、これ……」

 俺の思考が復活したのは、この建物が目の前にやってきたときだ。

「これがデウス・エキス大聖堂なんですよぉ」

 両腕を腰に当てて、エッヘンどうだい? とばかりに、中条さんは言ってのけた。

「な、なんなんだよ、これは……」

「もぉ~、だからぁ、デウス・エキス大聖堂なんですってばぁ~」

 2度も同じ言葉をはいたのには訳がある。

 まるで真実味のない建物が目の前に存在しているからだ。

 巨大な、そうとてつもなく巨大な3つの塔を中心とした、ヨーロッパの古代遺跡のような建築物がそこにはあった。

 白を基調とした荘厳な色合いは、その建物の風貌と伴って、まるで本当に神がそこに宿っているかのような錯覚すら思わせる。

 この建物の周りを吹く風すらも、神聖さを帯びているような気がしてならなかった。

――こんなものを目にすれば、神様、女神様って奴の存在を信じる奴の気持ちもわからなくもないもってもんだな……。

「どうですか? 碓氷うすいさん、すごいでしょう? すごいですよねぇ? 感動しますよねぇ?」

「そ、そうだね……。確かに、なんていうか、凄いよね」

 その言葉には何一つとして嘘はなかった。

 しかし、俺の『凄い』という言葉の中には建物本体だけのことではなく、こんなとんでもない建物を建てる財力、組織力に対しての意味合いも多く含まれていた。

――これは、そこらにやる新手の新興宗教とは格が違うのかもしれない……。

「ですよねぇ、ですよねぇ~。私ってば、毎日目にするたびに、感動して涙が出そうになっちゃうんですよぉ」

 確かに、中条さんは頬を赤らめながら、目に水分をたたえていた。

「あぶない、あぶないっ。本当に泣いちゃうところでした」

 中条さんは、軽く目をぬぐうと、俺に向けて笑顔を一つくれた。

 だから、俺も笑顔を一つ返した。

「それでは、碓氷さんを大聖堂にご案内しますねぇ~。うふふふっ」

 上機嫌とはきっとこういう状態のことを言うに違いないと、俺は思った。

 スキップするような軽やかな足取りで、中条さんは大聖堂に足をすすめていく。

 俺はといえば、引き返したい、今すぐ家に帰って何もなかったかのように、鷺ノさぎのみやの作るご飯を食べていたい、暴言の一つや二つくらいどんとこいだから、今すぐ帰りたい! そんな思いでいっぱいだった。


 現実逃避、そいつは俺の得意技の一つだ。

 今居る現状から目をそらして、もしもこうだったら、ああしていれば、などと今となっては何の意味も無いことを思考する。

 そんな事をしても、何一つとして事態が好転しないことをわかっていたとしても、俺は無意識のうちに現実から逃げてしまう。

 それは、まるで鳥が空を飛ぶのを教えられなくても知っているかのように……。

 俺は、ごく当たり前のように、現実から逃げてしまうのだ。


 勿論、こんな事を考えている間も、時間は止まってはいてくれない。無常にも時間は進んでいる。

 俺の足は、いつの間にか、大聖堂の中へと入り込んでいた。

 予想通りというべきか、大聖堂の内装も、これまた見事なものであった。

 一体何処から持ってきたんだよ! と突っ込みを入れたくなるような調度品の数々。

 今俺の横にある彫刻などは、たしか前にテレビで見たような気すらする。

――あれか? 模造品ってやつなのか? それとも……。

 それよりも驚くべきことは、信者たちの姿だ。

「な、なんなんだよ、あの格好は……」

 今俺の目の前を通り過ぎた女信者の服装は、純白のドレスに、胸元を強調させたつくりでありがなら、深い切れ込みからふくよかな谷間が見え隠れしていた。さらに、スカート部分にも、見事なまでに深いスリットが眩いばかりの太ももを露出させていた。

「ああ、あれですかぁ? あれは、この神殿に使える巫女装束なんですよぉ」

「な、なんてイヤラシイ――もとい、素晴らしい!!」

 まさに桃源郷ではないか!

 しかも、そんな巫女装束に身を包んだ女性達はすべて見目麗しく、豊満なスタイルを持つものばかり。そんなセクシー美女が何人もこの大聖堂の中には居るのだ!

――何億円もする調度品なんかよりも、よっぽどすげぇ財宝だぜ、宝の山だぜ……。

 俺の鼻の下は、もうこれ以上伸びないと言うところまで伸びきっていた。

「あぁ、わすれてましたぁ。私も巫女に選ばれているんですよ~」

「なんだと! 本当なのか! それはまことなのか! 揺るぎのない真実なのか!!」

「ひぃぃ、なんだか碓氷さん怖いですぅ~」

「え? そ、そんなことあるわけないじゃないかぁ! あっはっは。中条さんったら、もぉ~」

 俺は笑顔だったが、目は血走っていた。

「ただね、僕は思うんだよ。選ばれた巫女たるものが、この大聖堂の中で、ちゃんとした装束をまとっていないのはどうかなぁ~ってね! それは、聖母神オフィーリア様に対してしつれいにあたるんじゃないのかなぁ~。うんうん」

 俺の述べていることは正論だと思う、いや思いたい。ただ惜しむらくは、俺の鼻息は異様なほどに荒かった。

「そうですよね! 私ってば、とんでもない不信心な子ですよね! 待っていてください、私すぐに着替えてきますから~」

 ビンゴ!

 俺がこの時、脳内でコサックダンスを踊るほどに、興奮していたことは言うまでもない。

「そうだ!」

 衣装のある場所へと、向かおうとしていた中条さんは、こちらを振り返り、少し大きな声で声をかけた。

「このもう少し先に、聖母神オフィーリア様の、それはもうありがたい像があるんですぅ。そこで待っていてもらえますか?」

「わかったよ」

「それじゃ、行ってきますねー」

 小走りで中条さんは去っていった。

 勿論、魔乳は元気に揺れていた。


「さてと……」

 俺は、中条さんの言われるままに、聖母神オフィーリアの像があると言う場所へと向かった。

 ここで、中条さんのいない間に逃げてしまっていれば、面倒に巻き込まれることはないのであろうが、そんな事よりも、中条さんのあの巫女装束に対する知的好奇心のほうが百億倍勝っていたのだ。

 知的好奇心ではなく、性的欲求の間違いではないかとの意見があるかもしれないが、気にしないでいただきたい。

「しっかし、少し先にいったところにあると言われても、これだけ広いんだから、そう簡単に見つけられるのか――って、あった!」

 それはいとも容易く見つけることが出来た。

 と言うか、これを見つけることが出来ない奴はいないといって法が正しいだろう。

「これまた、とんでもないな……」

 俺の首の筋が痛くなるくらいに、顔を持ち上げていた。

 そう、そうしなければ全景が見ることが出来ないほど、聖母神オフィーリアの像は大きかったのだ。

 三つの巨大な塔の一つの中心部分が、きっとここにあたるに違いないだろう。

 聖母神オフィーリアの前には、大勢の人だかりが出来ていた。

 その人たちは、像の前に膝を着いて、みな静かに祈りを捧げていた。

 俺はオフィーリアの像の周りをぐるりと一周して回った。

 なるほど、これもまた見事なできばえだ。

 これを作るために掛かった資金の、一万分の一でも俺が貰いたいくらいだ。

 もし、今俺の頭の中がわかるエスパーが信者の中に居たら、俺は袋叩きにあっていたことだろう。

 まぁそうはいうものの、信者でない俺でも、このオフィーリアの像が神聖で美しいことはわかる。それくらいの美意識は存在してる。

 しかし、このオフィーリア、名前と反して、何故だか、顔立ちが日本人ぽくみえてならなかった。

――って、あれ……。ちょっと待てよ。これって何処かで……。

 俺は何故かデジャブを感じた。

 このオフィーリアの顔を見ていると、何故だか不思議と親近感のようなものを感じるのだ。

 これは、俺だけが抱く感覚なのか、それともこの像を見たものがすべてそう思うように計算して作られたものなのか。

 勿論、その事実を俺が知るはずもなかった。

 その時、俺の胸ポケットにしまってあった携帯が、着信メロディを流した。



 続く。 

 


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