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再会と聖母神オフィーリア?!

 空気が固まるというのはこういう状態を言うのだろうと思った。

 俺の周辺をおおっているはずの空気は、まるで硬い金属のようになっては、俺から身体の自由を奪って見せた。

 そう、鷺ノ宮千歳さぎのみやちとせの一言で、俺の身体は金縛り状態に陥ってしまったのだ。

 動く事のできなくなった身体とは正反対に、俺の思考はマッハを超えんばかりの勢いで無秩序に回り始めていた。

――フィアンセ? フィアンセとはいわゆる結婚を誓い合った男女のことを表す言葉だよな……。そして、俺と鷺ノ宮がフィアンセ。そうなれば、俺と鷺ノ宮が結婚を誓い合っているという事に?! まて! いつだ! いつの間にそんな事になったんだ? まさか、俺は夜寝ているうちに、鷺ノ宮に対してエロチシズム溢れんばかりの行為をしてしまっていたのか!! そんなの全くもって身に覚えがないぞ! いやまて、寝ている間に俺の眠れる野生の本能が目覚めては、鷺ノ宮の若い肉体に反応をし、そして……。

「いやぁぁぁ、俺のケダモノォォォォォ!!」

 俺は、頭を抱えてその場に膝から崩れ落ちた。

「一つ言っておくけれど、確実に和久がいました妄想は間違っていると言えるから安心しなさい」

 鷺ノ宮は、まるで哀れな下等動物を見るような目で俺に言葉を与えた。

「ほへ?」

 間の抜けた顔、それが今の俺を表現するにふさわしい言葉だろう。

「私が言いたいのは、これから二人が生活していく為には、世間体というものを考えなければならないという事なのよ」

「はぁ……」

「血の繋がらない男女が一つ屋根の下で生活するのだから、それ相応の理由がなければいけないわ」

「そういうもんなのか?」

「和久、あなたは私よりも年齢を重ねているのに、何も知らないのね。まぁ年齢というものも、意味もなく怠惰に重ねただけというものもいるということね」

「すみませんねぇ! 意味もなく怠惰にただ歳だけとっちゃいまして!」

「いいのよ。もう過ぎてしまった時間は戻りはしないのだから、これから有用な時間をすごしていけばいいのよ」

「はい……」

 一回り以上年下の女子高生に、慰めの言葉をかけられる28歳の男がそこに居た。

「フィアンセが一つ屋根の下で暮らすというのは、ごく自然なことであると私は思うわ。和久はそうは思わないかしら?」

「いや、まぁ確かにそういうものなのかもしれないが……。結婚する前に同棲なんて事はあってもおかしくないしな」

「そうね、同棲なんてした事もない和久にしては、良く想像力の翼を羽ばたかせて思考できたものだと褒めてあげるわ」

「わぁい、褒められたぁ! ってそれ確実に褒めてないだろ! むしろ俺の女っ毛のなさを嘲笑っている言葉だろ!」

「でも、事実なのでしょう?」

「はい……」

 いっその事、どこかの海にでも沈めて欲しいと思った瞬間だった。

「そういう訳なのだから、これから私と和久はフィアンセという事にしておこうと思うの」

「しておこうって、そんな事勝手に決めるんじゃねえよ! 俺の意見はどうなるんだよ!」

「却下よ」

「はい……」

 どうも、俺の遺伝子はこいつに逆らえない様に書き込まれているような気がしてならなかった。

「まぁ、形の上でのフィアンセなのだから、別に何がどう変わるということではないのよ」

「そんな事を言いながら、段々と俺のことを好きになっていったりとか……」

「ないわ!」

 返事が来るまでに要した時間は、光の速さよりも早かった。

「少しは悩むとか、頬を赤らめて見せるとか、そういうことはないのかよ!」

「ないわ」

「そうですか」

「そうね、私が和久に好意を抱く確立は、朝目が覚めたら、前世の記憶が蘇り、実はとある異世界の王だったということに気がつき、いきなり襲い掛かってくる異世界の魔物と戦い、異空間の扉を開き、その世界を滅ぼそうとしている魔王を倒す。そんな出来事が起こるのと同じくらいの確立で無いわね」

「よくわかる説明をありがとう……」

「いいえ、どういたしまして」

 朝の会話はこれで終わった。

 とにもかくにも、否応無しに、俺と鷺ノ宮はフィアンセであるという設定が作られてしまったのである。

 



 朝の日差しが、窓から差し込んでは、俺の頬に暖かい温度を与えてくれる。

 俺は早朝のコンビニで、適当に漫画雑誌を物色しては立ち読みをしていた。

 なぜ、このような事をしているのかを簡潔に説明すると――追い出されたのである。

 

「着替えるから出て行ってもらえるかしら?」

 その堂々たる口調、完全にこの家の主人の風格を備えていた。勿論、この家の主人はこの俺、碓氷和久うすいかずひさであるはずなのに……。

「何で俺が出ていかなけきゃならんのだ!」

 その言葉に返事は無く、俺の胸に向けてスタンガンを突きつけては、ニッコリと微笑む鷺ノ宮の姿があった。

 そして、俺は言葉も無く部屋を後にしたのだった。


「はぁ、なんでこうなるんだかなぁ……」

 そんなぼやきをしながらも、俺は漫画雑誌のページをめくった。

 漫画の中に出てきている主人公は、異世界の力を使って、異世界の魔物と戦い、ヒロインとラブラブシーンを繰り広げていた。

「ねぇよ! そんなのあるわけねぇんだよ!」

 早朝のコンビニで、漫画の主人公に本気で突っ込みを入れる人が居たら、目をあわさずに逃げるべきである。なぜならば、もし俺がそういう状況に遭遇したら、確実に逃げているからだ。

「あのぉ~。碓氷さんですよね?」

 逃げずに声をかけてくる人物がそこにはいた。

「へ?」

 俺が漫画雑誌から顔を上げると、そこには見覚えのある女性が立っていた。

「やっぱりぃ! 良かったぁ、勇気を出して声をかけて」

 その女性は、その場でピョンピョンと三度ほど跳ねた。短いスカートが少しばかりまくれあがっては、むっちりとした肉付きの良い太ももが顔をのぞかした。

 俺の視線はその太ももにロックオンされてしまっていた。

――いい、これはいいものだ。鷺ノ宮の貧相な太ももと違い、これはとても良いものだ!

 目の保養とはまさにこの事だと実感した。

「あのぉ、私の足になにかついているんですかぁ?」

「ぬおっ!」

 海老のように、俺の身体は後方に1メートルほど仰け反った。

 俺は太ももにロックオンをしていた視線を解除して、彼女の顔に眼を向ける。

 そこには、嬉しそうな表情でこちらを見つめる女性、それもどこかで見た覚えのある女性の姿がって、おい、この子は……。

「あの、もしかして、前に同じバイト先にいた……」

「そうです! 覚えていてくれたんだぁ、嬉しい。私、あのバイト先で助けてもらった、中条桃子なかじょうももこです」

「そ、そうそう。中条さん! そうだよねぇ、うんうん、ちゃんと覚えていたよ」

 勿論、大嘘だった。

 向こうが名前を名乗っていてくれていなければ、確実に名前を思い出すことは無かったであろうし、それ以前に顔を思い出すのにすら時間を要したことだろう。

 まぁもし出会うのが数日前であれば、もう少しちゃんと思い出すことができたはずだろう。なぜならば、昨日の出来事があまりにも強烈過ぎて、それ以前の出来事の印象がぼやけてしまっていたからだ。

 俺は改めて中条さんに視線を向ける。

 ゆったりとしたニットのセーターと、短めのデニムのスカート。そのセーターからは、たわわな2個の膨らみが、強調されている。さらに、デニムのスカートからは、先ほども俺に眼福を与えてくれた、素敵太ももが顔を出していた。

 そういえば、飛び跳ねたときに胸は揺れていたはずだ、俺は太ももばかりに気をとられていて、胸というターゲットをロックオン出来なかった事を嘆いた。

「どうかしましたかぁ?」

「いや、別になんでもないんだよ、はははは」

 ゆったりとした口調は、鷺ノ宮と正反対に柔らかく優しい印象を俺に与えてくれた。

「私、あの時助けてもらったお礼を言いたくて……。でも、何処に住んでいるのかも、電話番号もわからなくて……。なのに、こんな所で偶然に出会うなんて、神様のお導きですよね!」

今現在死神さんに狙われている俺としては、神様の導きという言葉には、なんというか違和感を感じた。

「どうかしたんですかぁ?」

「いやいや、なんでもないんだよ。まぁここ数日色々あってね」

「色々あっちゃったんですかぁ! それは大変です、一大事です!」

「ま、まぁそうなの……かな?」

「任せてください、この私が何とかしてあげます!」

 中条さんは、大きく胸を一つ叩いて見せた。

 勿論、胸はその反動で揺れたのを、俺は見逃しはしなかったのだった。

 



 俺と中条さんはコンビニを後にした。というか、追い出されたというほうが正しいだろう。

 早朝のコンビニで、雑誌コーナーにて大声で会話をしていれば、店員から無言のプレッシャーを幾つか与えられるというものだ。

 俺たちは、店員に作り笑いを一つプレゼントし、申し訳なさげに缶コーヒーを2本購入するとコンビニを後にした。

 とりあえず、会話が出来るところをという事で、俺は自分のアパートの近くにある小さな公園に行くことにした。

 時計を見ると今は朝の8時半、この時間公園で遊ぶ子供の姿はなく、完全に二人の貸しきり状態となっていた。

 きっと普通の子供は、幼稚園なり小学校なりに行っているころだろう。

 冬の迫る秋の終わりのこの季節に、わざわざ公園で話をするというのもおかしいと思うだろうが、俺にはファミレスに入るような金銭的余裕は存在せず、さらに俺のアパートに関しては、あの毒舌お姫様が鎮座しておられるので問題外なのだった。

「あのベンチにでも腰掛けようか」

 俺は公園の隅に設置されたベンチを指差した。

「はい!」

 元気の良い返事が返ってくる。

 しかし、この子はこんな元気の良いタイプだっただろうか? 俺の記憶にある中条さんと言えば、いつも下ばかり向いているような暗いイメージしかなかった。まぁ、俺はバイトをしていた時に、ほとんど中条さんと会話をしていないので、本当はそうではなかったのかもしれないのだけれど。

 中条さんと俺はベンチに腰を下ろした。

 お尻の辺りが冷たかった。

「ひゃん」

 中条さんはまるで子猫のような声を一つ上げた。きっと、俺と同じようにお尻に冷たさを感じたからだろう。

「えへへっ」

 照れ隠しに笑う中条さんの姿は、見ていて微笑ましいものだったし、こういう女の人を見ていると、守ってあげたいなどという気持ちが芽生えるのだろうなぁなどと思ったりもした。

「改めて、お久しぶりです、碓氷さん」

 そう言うと、中条さんは深々と頭を下げた。

「いやいや、こちらこそ、お久しぶりだね中条さん」

 俺も中条さんにあわすように、深く頭を下げた。

 ベンチに隣り合って座り、互いに深々と頭を下げあう男女の姿と言うものは、きっと奇妙なものだろう。

「ところで、お話戻しますけど、色々あった大変なことってなんなんですかぁ? もしよければ、この私、中条桃子がお力になります!」

「あ、あははは、嬉しいけど、それはなぁ……」

 まさか、『死の運命』とやらのせいで、いつ命を落ちしてもおかしくない状態で、それを守ってくれる女子高生といきなり同棲するはめになりました! なんて事を正直に言うのは如何なものかと思えた。

「私、碓氷さんを助けたいんです! 恩返しをしたいんです!」

 凛とした瞳で俺を見る中条さんの言葉は、誠実さに満ちていて、俺はそれにほだされる様に、いつしか今の状態を語りだしてしまっていた。

 とは言え、鷺ノ宮とフィアンセだとか、同棲しているという部分はカットの方向でだ……。



「なるほど。そんな事があったんですねぇ」

「な、納得するのか!」

 両腕を組んで、うんうんと頷く中条に、俺はある意味度量の大きさと言うものを感じた。

 普通、こんな話をすれば、嘘だと思われるのが関の山だ。なのに、何一つ疑うことなく、この子は信じてしまっている。

――いい子なんだろうけど、怪しい宗教とかに一発で引っかかるタイプだよな……。

「でも、大丈夫です、私に任せてください! 私の信仰する、聖母神オフィーリア様のお力を持ってすれば、どのような難題だって、簡単に解決しますから!」

「え、あの……。今なんていいました?」

「聖母神オフィーリア様のお力は無限なんですよ。ほら、この私が付けているネックレス、これには聖母神オフィーリア様のお力が込められていて、私にパワーを与えてくれているんです」

 そう言って、中条は首にかけているネックレスを見せてくれた。

 俺はと言えば、そのネックレスよりも、胸元に視線を注いでいたのは言うまでもない。

「と、ところで、その素晴らしいネックレスはどうしたんだ?」

「買ったんです。高かったんですよぉ。でも、いいんです。このおかげで私は元気いっぱいになれたんですから」

 中条は俺に向かってガッツポーズを一つして見せた。

 プラシーボ効果と言う言葉が、咄嗟に頭の中に浮かんだ。

 きっと、中条はそのネックレスの力で元気になれると思い込み、それが実際に中条に自信を与えてくれているに違いないだろう。

「私の言う通りにすれば、きっと碓氷さんに付きまとっている『死の運命』とやらを退けることが出来ますよ! だってだって、聖母神オフィーリア様は全知全能なんですからぁ」

 両目をキラキラと輝かせ、両手を組んで祈りのポーズをとる中条さんには、今何の言葉を言ったとしても通じはしないだろう。

「そ、そうなんだ」

 ゆえに、俺は納得したような返事を返すしかなかったのである。

 だって、言えるわけが無いだろう、こんな嬉しそうに俺に聖母神オフィーリアとやらを語る中条さんに向かって『確実に騙されてるよ』等とどんな顔で言えるというのだ。

「さぁ、今すぐ行きましょう、さぁ行きましょう」

 そう言って、中条さんは俺の腕を強引に引っ張る。

 その時、俺の腕に当たるこのなんとも言えない柔らかく暖かい物体の与えてくれる至福の感触に全身系が集中してしまい、俺はそれに抗うことが出来なかった。

 ずるずると引っ張られるままに、何処に行くのかまるでわからないままに、俺は中条さんの乳の感触を堪能しながらついていくのだった。

 乳は強し!




 続く。


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