5歩目
それから先の事は、あまり大した話ではない。
おばあちゃんの絵が完成するまで、傍にいるというのも本人の邪魔をしてはいけないだろうと、そこそこ話をした後、私はその場から離れた。
非常に優しい笑みで送り出してくれたのを、今でも覚えている。
数時間も一緒にいたとは思えないほど、今後の人生を左右する。そんな時を過ごした気がする。
燃え尽きて、残骸しかない金閣寺は非常に残念だったが、そのおかげでおばあちゃんに出会えたと思えば、ここに来た意味もあったのだろう。
誰かを愛し、愛され、お互いの考えが読めるようになった夫婦が、何を残していくのか。
それは気になるけども、彼女たちの秘密かもしれない。もしくは、人に見せる程、誇らないかもしれない。
でも、いつか。もし、いつか。見る事ができたなら、この世界が終わる事にも意味があったのだと、思えるそんな気がする。
まぁ、ここに来られる時が来るのか分からないけど、けど……。
もしかしたら、おばあちゃんが旦那さんに『見せつけている』ところに遭遇できるかもしれない。そう思えば、幾分気分も穏やかであったが、その緩やかな感情も駐車場までであった。
「…………原付は?」
停めてあった愛車が姿を消していた。
いや、勝手にいなくなるわけもないし、確かにここへ停めたのは覚えている。
ただ、私は忘れていたというだけ。
「盗まれたか……」
この世界が終末を迎える。
それに伴い、あらゆる人々の思考回路がゆっくりと壊れていくのを、私は忘れていた。
◆
「不思議な旅人さん」
金閣寺が見渡せる場所であった、観光客が好んで座っていた椅子へキャンバスを広げながら、老婦人は呟く。
件の人物は、見た時よりも背中を伸ばし、少し見える先が遠くになったそんな歩き方をしながら。
「あなたが、無事に旅を終える事を祈っているわ」
例え世界が終わろうとも。
人々が終わろうとも。
それでも、この残酷な世界を旅する人が、無事目標を果たし、家路に迎えるよう祈りながら。
老婦人は、少しだけいつもの風景画にはない、新しい色を作り出す。
たった数色を混ぜ込んだ、なんとも言えない色味。
それを消失した金閣寺のみを描いたキャンバスへ、落とし入れる。
表情は諦めが滲んでいながらも、希望へと切り替えるそんな瞬間を。
顔立ちは、ちょっと怖い印象の目元だが、奥側に優しさを含ませて。
服装は、旅人とは思えないどこかの学校の制服を着ていて、重そうなバックパックを抱えながら。
「また会いましょう。うら若き旅人さん」
老婦人はそう呟く。いつか出会えるその時に、完成した絵を見せつけてやる。そう思いながら、筆を走らせる。
届けたい相手は、原付バイクを失い途方に暮れていた。
読んでいただきありがとうございます。
そして、いつも応援ありがとうございます。
これで第一部は完結となります。
はい。第一部です。
つまり、これから第二第三と続いていくわけですが、章で分けるよりかは完結方式にしてテーマ毎に区切った方が、長くなりにくいと思いこのような方法を取りました。
という感じで、世界は徐々に着実に終わっていきます。
また、第二部でお会いしましょう。