1歩目
突如として、それは訪れた。
賑やかな喧騒も、穏やかな昼下がりも、雄大な大自然も、壮大な人々の往来も、小鳥の囀りでさえ突然の出来事に、静まり返った。
隕石の衝突。
巨大なそれは、地球にぶつかれば命を有す生物は全て息絶え、元の環境に戻る事さえ困難だと専門家が口々に言い出した地球の寿命宣言。
たった一年、その一年で終わってしまう。
世界は最期の日を迎えてしまうのだ。
そうなれば、皆が皆思い思いの行動を取り始め、暴動や逃避行、果てには狂乱へと至り、世界終末の様相を呈していた。
そんな私も、たった十六年で幕を閉じる事が嫌ではあった。ただ、嫌いではなかった。
「むしろ、好都合でしょ」
世界が終わるというなら、何をしても許されるわけでもない。しかし、誰かに咎められる事をしたいわけでもない。
ただ、うん。自分のしたい事をして、好き勝手に終わる。それが理想だろう。
学校だって有志が運営しているから、勉強したい者は勉強出来る。
最期の日を恋人と過ごす者もいれば、愛する家族と自決する者もいる。
それが咎められる事もなく、ただの事象として過ぎ去っていく。
だったら、私のしたい事をするだけ。
「旅に出よう」
終わりゆく世界を歩く。
この終末を迎える人間社会の行く末がどうなろうと、見た事のない景色や出会った事の無い人に会う。
それが、私の最期の過ごし方だから。
◆
私の家族は、考えられる全ての行動を取って満足したのか、父親も母親も家の中でテレビを観て過ごしている。
ただ無気力ではなく、一つの楽しみとして。
そんな二人に「私、旅に出るから」と言えば、最初こそ心配な曇った表情はされたが、ある物を手渡して送り出してくれた。
それは、十六歳が持つにはあまりの大金。
父親が言うには、百万円用意しておいたとの事で、それが私の手元へ天使のように舞い降りた。
なぜ、こんな用意をしていたのか。
なぜ、現金なのか。
それらを問いただしても、「気をつけて行ってらっしゃい」と送り出すのみ。
厄介払いかのようなその所作に、私は荷物を詰めてパンパンに膨れ上がったバックパックを背に、我が家を後にする。
今まで、過ごしてきた一軒家。
新築でもないし、古民家改装で余っていた安い物件ではあるが、そこには確かな思い出が詰まっている。
人生で一番過ごしてきた、馴染みの場所を離れる決断はそれこそ世界終末でおかしくなった思考そのものだと思いつつ、願わくば強盗に入られる事無く、終わりを迎えて欲しい。
そんな思いを抱いた私は、ひとまず道を歩いているわけだが、一つ重大なミスを犯している事に気づいてしまった。
「くそ重い……」
自宅を出発し、およそ五分で音を上げた旅路の始まりは準備不足と準備万端の弊害による悲鳴であった。
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