9.ギルド
同日連続更新。3話目
我らが小国と呼ぶそこは、複数の村落と一つの都市で成り立っている都市国家である。人間の街への潜入を決めた我らは、まず地道な偽装工作のため、魔宮の場所とは反対側の国境最寄りの村落から順に辿って行った。滞在はせず、リリスの霊術によってその道程を捏造してゆく。これで万が一にも我らの出自を疑われても、この小国における経歴は村人の口から曖昧に語られるはずである。曖昧であることが肝だ。ただの旅人のことを村人がいちいちはっきりと覚えているはずもない。その辺りをリリスに助言しながら、我らは順調に都市へと到着する。
門でのやり取りもまた、霊術で印象を操り、難なく突破。我らは感慨を覚えるような苦労もなく人間の街に潜入を果たした。
都市の様子は、意外なほど清潔だ。これが地球の中世であれば、道端に糞尿が堆積し酷い悪臭を放っていたらしいのだが、田舎の地方都市でありながらそのような様子はない。おそらく魔法による文明の発展に起因するところだろう。
また、城壁は思いのほか低い。これは人類間での戦争が少なく、また、魔物相手であれば飛行するようなモノ、恐るべき怪力を誇るモノなどによって呆気なく破られてきたことに起因するのだろう。その代わりとばかりに、魔法によって結界が都市全体に張られていることが感ぜられる。城壁は見張り塔としての役割の方が大きそうだ。
大通りには石畳が敷き詰められており、地方都市のせめてもの見栄のようにも、経済を活性化させる施策のようにも思える。だが、細い路地や住宅街の道路事情は、土が剝き出しになっており国の財政の限界が伺えた。また、無計画に建設したのか、雑多な建築物の配置が景観を著しく損なっており、細い路地の先は迷路のように複雑だ。そのために、大通りの石畳は外から訪れた者たちが迷わないための案内路にも思えるのだから、無計画さこそ見栄を隠すための計画とみるのは、穿ち過ぎであろうか。
小一時間ほど、宿を確保しながらの散策を終えた感想はそのぐらいだ。地球の現代文明を知る身としては、面白みもなければ嫌悪するようなところもない普通の街である。唯一、異なる点があるとすれば、武装している人間の数であろうか。それも統一感に欠ける明らかに正規兵ではない者たち。地球であれば、それは傭兵であろうが、戦争のないこの国にそのような者がいる道理はない。彼らは対魔物、対魔宮を目的とした戦士たちであり、魔宮という未知の領域に踏み込む者として冒険者と呼ばれる存在である。
その全ては、魔王である我の潜在的な敵対者であり、そんな彼らを管理・援助する団体こそが今回の主目的である冒険者ギルドだ。命を懸ける稼業故に、所属する者の多くは食うに困った貧民たちだ。そのため、都市の治安維持の名目もあってギルドにはそれなりの援助金が政府より供給されており、生活支援を目的とした都市の雑用依頼もまた斡旋している。そのような経緯で冒険者ギルドは人々の間で最も身近な存在となり、ギルドと言えば冒険者ギルドを指すようになっている。
この都市の冒険者ギルドは、木造三階建ての王城の次に大きな建物だ。丸い球体と剣を表した看板が垂れ下がっている。球体は、おそらく魔石か魔宮核であろう。出入りが激しいためか、西部劇でよく見るスイングドアを押し開けながら、堂々と乗り込んだ。経年劣化に錆びついたのだろう蝶番の軋む音を響かせ、内部の人間たちの注目を浴びる。だが、リリスの霊術によって印象操作されたことにより、彼らはすぐに興味を失った。
正面に見える受付窓口を目指して歩みを進める。特に、案内板もないので空いている者のところで良いのだろう。
「何の御用でしょうか?」
どこか愛嬌のある細見の職員の営業スマイルに、リリスの霊術の成功を再確認しつつ要件を述べる。
「冒険者登録をしたい」
「かしこまりました。それでは、まずギルドにおけるいくつかの規則を説明させていただきます」
職員は、カウンターの下からマニュアルらしき書類を取り出すと、ギルドの規則とやらを読み上げる。およそ、常識的な事柄でしかない。そもそも魔王である我は、真面目に利用するわけでもないのでテキトーに聞き流す。
「規則に納得はできましたでしょうか?」
「あぁ」
少し言葉遣いが粗い気がする職員をみて、冒険者による性質かギルドの教育不足かと答えの出ない疑問を考えながら、返事をする。
「では、お名前を教えてください」
「ネモだ」「リリスです」
職員は、我らの名前を聞き取ると手元の木片を削って記載する。そして、それをそのまま我らに渡してきた。
「どうぞ、こちらがG級冒険者である一応の証となります。G級は仮登録であり、何がしかの魔石を納品することによって、F級へと昇格、正式に冒険者と看做されます。正式な冒険者となった場合、会費を頂く決まりとなっておりますので、ご承知ください」
「わかった。これで終わりか?」
「はい、ご武運をお祈りいたします」
我らは、頭を下げる職員に会釈を返して、その場を立ち去った。最後の言葉は、果たして彼なりの優しさか、それともギルドの定型文であるのか。またも答えの出ない疑問を持ちながら、その日は無目的に街を散策することで余った時間をつぶし一日を終えた。