8.魔物
同日連続更新。二話目
「【魔物創成】」
魔術はあっさりと成功した。我の前には、中型犬サイズの蟻がいる。
「成功でございますね、ネモ様。魔蟲種でしょうか?この世界では見ない形状をしています」
「あぁ、我の世界で蟻と呼ばれていた生物を参考にした。本来は、指先ほどの生物だったが、流石にそれでは魔石が機能しないのでな、この大きさとなった。さて、あとはイメージと合致する機能を有するかだが……」
リリスと話している間に、仮称・魔蟻は触角を忙しなく動かし周囲の状況の把握に努めていた。そして、手近な地面に顎を立て掘ってゆく。それを我らは静かに観察した。
ほんの数分の間に、魔蟻の掘った地面にはそれなりの穴が空いている。さらに、魔蟻の腹部の先端から分泌された液体が壁を補強しているのがわかる。物質的なそれではなく、魔力的なものだ。仮に、あの穴に魔法が着弾したとしてもおいそれと破壊されることはないだろう、と【魔眼】により把握する。
「思った以上に、使えそうだな」
「はい、ネモ様。魔宮を整えるに当たって、極めて有用な眷属でありましょう」
「さて、では次といくか」
「ネモ様?」
魔蟻の有用性を確信し、我は魔宮核に再び手を添える。しかし、その様子にリリスが疑問の声を上げるのは、我の様子に敏く気づいたからか。
我はそれを気に留めず、魔術を応用する。
「【魔宮主変成】」
魔宮核それ自体を魔石に見立て、強大な魔物すなわち魔宮主へと変成させる。今回は、女王蟻だ。
追加された魔力が、彼女の肉体を創り上げる。先ほどの魔蟻よりも一回り以上大きな身体、さらに肥大化した腹部。遠目にも大蛇のように見えるかもしれないそれは、まさしく女王蟻の姿だ。
魔蟻の女王は、その生誕に喜びの産声を上げることもなく、ボコりという擬音が聞こえてきそうな所作ですぐさま産卵した。一つ二つ三つ四つ五つ……続け様に産まれたそれはすぐに孵化する。そこから産まれたのは幼虫ではなく、すでに成虫の姿をとった魔蟻たちだ。最初に創成した魔蟻と合わせて六匹の彼らは、やはり喜びの産声を上げることもなく、働き始める。最初の魔蟻が指揮をとっているように見えた。
満足げにほくそ笑んでいれば、リリスより声が掛かる。
「流石でございます、ネモ様。魔宮核を魔石と見立てた強大な魔物の創成。先代の魔王様はじっくりと魔宮を整えていたために気づくことのなかったこれは、魔宮核防衛の観点からして非常に有用なものでございましょう。さらには、自律的に思考する魔宮核なれば、環境の整わぬ現状においてもしばらくの自由行動が見込めます。世界はまた一歩、均衡を取り戻しました」
「あまり褒めるな、成功するかはまだわからん。さて、リリス。お前も言ったように自由行動がある程度は可能となった。とはいえ、ここを人類に明かしてもすぐさま攻略されるのがオチだろう。故に、同じ魔宮を他のところにも設置しようと思うのだが、どうだ?」
相変わらずのリリスに釘を刺しつつ、次なる行動の是非を尋ねる。それに対するリリスの反応は、もはや語るまでもない傾国の艶笑だった。
さて、最初の魔宮を設置してから一月ほど経った頃。我はリリスの案内で小国各地を渡り歩き、魔宮の設置に励んだ。成功すれば、地下で複雑に絡み合う複合型の巨大魔宮と化して安定するだろうが、今はまだ蟻の巣でしかない。魔法を操る人類は簡単に対処してしまうことだろう。
次なる手のためには、味方の数と、人類の状況を把握する必要がある。そのため、我は最初の魔宮へと様子を見に戻っていた。
魔宮は順調に整えられ、複雑怪奇な迷路を形成しつつある。魔蟻たちは数を三百まで増やし、その効率は増加の一途を辿っている。
最初の産卵ではすぐさま孵化していたが、あれは数を揃えるための緊急手段であったらしい。成虫の姿で生まれることに変わりはないが、卵はしばらくの間、その状態で留まっている。必要な魔力を吸収次第、順に孵化してゆくようだ。このペースならば、あと二月もすれば千に迫る。人類側は既に未発見の魔宮は現存していないと考えているだろうから、ここが見つかる可能性は低い。問題は、生物を殺さずにいては魔力が足りなくなることだろう。徐々に、ここの存在を認知させる必要があるのだ。
だが、魔宮が現存しているとバレるのはダメだ。こちらの戦力が整う前に、国主導の攻略部隊が送り込まれる羽目になり、魔王の復活もまた把握されてしまう。幸い、先代の残した魔物たちは生殖で数を増やし、魔宮の外にも棲息している。魔蟻たちは新種ではあるが、情報に乏しい小国であれば、ただの群生地と誤認させることはできなくもない。それが個人となれば、尚のこと。運頼みなところもあるが、やはり街に潜入する必要があるか。
「リリス」
「はい、ネモ様」
「街に潜入する。できるな?」
「はっ、ネモ様のお望みとあらば」
頼れる美女の肯定に背中を押され、我は作戦を何度も反芻しながらその成功を目指して歩き出した。