4.属性
「それで、我が魔法を使うことができるとは、どういうことだ?霊術が使えるのならば、必要無いだろう」
呆れに満たされた感情を切り替え、さらなる疑問をぶつける。リリスはそれに淀みなく答えた。
「それにはまず、属性の説明が必要でしょう。属性とは、この世界を構成し輪廻させる自然法則のことであり、幻竜王様の説明にもありましたように、八つございます。自然属性とされる火、水、地、風、法則属性とされる聖、死、夢、魔。これら八つの自然法則によりこの世界は構成され、輪廻していますから、当然、世界に干渉する上でも重要な要素となります。熱量の増幅には火が、液体操作には水が、固体操作には地が、気体操作には風が、それぞれに必要な属性となります。人類の間では、さらに上位属性として光明、氷雪、闇黒、雷電、聖誕、死滅、時空、妖魔が存在するようですが、これは属性の延長上に存在するものでしかありません」
「闇黒は何だ?」
「闇黒は、重力操作を表しています」
ふむ、となると氷雪が浮くようにも思うが、まぁ、エネルギーは与えるよりも奪う方が困難なのだろうから、上位属性でもおかしくはないか。
「法則属性については?」
「そちらはほとんど形而上の概念であり、説明も抽象的になってしまうのですが……。まず、聖と死はそれぞれに正常と異常を司ります。それは霊力と魔力であったり、創造と破壊であったり、薬と毒であったり、祝福と呪詛であったり、様々なイメージで語られます。そして、そのどれもがこの二つの属性の本質であり、性質です。生と死を繰り返す生命の輪廻を司る属性とされるのが一般的ですね」
「霊力と魔力をそれぞれに司るのなら、魔属性はいらないのではないか?」
「いえ、そうではありません。正確には、聖属性は確かに魔力を霊力に戻せますがそれは自身の魔力のみが対象であり、死属性は魔力そのものを操作するのではなく霊力を魔力に変換することを得意とするのみであり、魔属性とは異なるのです」
「なるほど」
つまり、霊力と魔力の話に限れば、聖属性は質の高いエネルギーを扱い、死属性は量を用意することができるということ、なのか?
この認識の正否を問えば、リリスはこれを肯定した。そして、さらなる説明を続ける。
「続いて、私や幻竜王様が司る夢属性についてです。こちらは、積み上げられた記憶という時間、五感が捉え認識する空間に関わる世界の場の属性です。すなわち、精神に干渉することであると同時に、それは時空に干渉することなのです。故に、上位属性は時空であり、これは精神たる内面世界から現実たる外面世界に干渉範囲が拡張されたと人類の間で認識されているためです」
「なるほど」
つまりは、精神に干渉するということは結局のところ、記憶の改竄は時間干渉であり、認識の改変は空間干渉であるとこの世界では定義されているわけだ。脳の方を弄るのではなく、場に干渉されるのではほぼ不可避の厄介な属性と認識できる。
少しの間の後、我が説明の咀嚼を終えたとみたリリスが、遂に最も重要な説明を始める。
「そして、魔王様のみが司る魔属性ですが、これは魔力そのものに干渉する属性です。魔法とはそもそもが魔属性であり、そうであるが故に人類はこの属性を十全に扱うことができません。何故なら純粋な魔力は通常には存在しないからです。唯一そのために調整され生み出された魔王様のみが、純粋な魔力を創れるのです。純粋な魔力とは、影響された欲望、感情、意思に偏りの無い、つまり、属性の無い魔力のことであります。そして、性質が均一化された魔力となって初めて魔力は霊力に変換することができるのです。そして、ネモ様の疑問の答えとしましては、偏りのある通常の魔力は属性を帯びるため、霊術によって魔力を操作できる魔王様は自身の属性に関わらず全ての魔法を使うことができるのです」
「つまり、魔王はある意味で全属性を司ると言えるということか」
「はい、仰る通りにございます。その特異性から、神様方が生み出すのに精霊王と竜王という世界の管理者二柱分の力を必要とし、魔属性霊術は魔術とも呼称され、魔力を純化することで魔法を無効化してしまうその御力は人類にとって畏怖の象徴となったのでございます」
「そして、討たれた。そうだな?」
「はい……」
リリスの物憂げな表情に少し罪悪感が湧くものの、これは確認しておかなければならなかった。討たれているというその事実が、一見して無敵の魔属性にもまた、何らかの欠陥、弱点となる部分があるということなのだから。油断はせず、常に警戒することを心がけねばならないだろう。
「先代はどのようにして討たれたのだ?」
「……先代魔王様は、人類の物量によって押し潰されました。多種多様な魔法により処理能力の限界を超え、後に勇者と呼ばれた者の剣によって斬り伏せられたと伺っております。世界の管理に注力し、その在り方故に近接戦闘の経験の無かった先代魔王様は、抵抗することもできなかった、と」
「戦闘経験か……」
それは一朝一夕で獲得できるものでは無い。無いが、どうにかする必要はあるだろう。