23.夜魔の宴
『月下の冥王』ヴァルプルギス。
そして、その眷属たる夜魔サバト。
彼らの元となった地球上の怪物の名を、吸血鬼と呼ぶ。
夜の貴族、不死身の怪物、神出鬼没、怪力無双、墓場の王、あるいは、黄泉帰りの禁忌を象徴する幻想上の存在。
彼らは、穢れた魂であり、神の祝福に灼かれる宿命を背負った罪人だ。神の恩寵たる太陽を避け、夜の世界で跳梁跋扈し、爛れ腐ったその生命を保つために何千何万の人の生き血を啜る最新の悪魔。
それは正に、皮肉の効いたモチーフだと我ながら思う。
さて、実際にここに誕生した怪物たちは、特に陽光を嫌ったりはしない。その代わり、地球で謳われるほどに怪物として力強くもない。
「あぁああ!!」
半ば狂乱したような魔法使いの男が一人。拳を握り、近くに現れたヴァルプルギスに殴りかかる。
ヴァルプルギスはそれに反応できず、否、反応する必要は無く、殴られた。されど、その拳が肉を打った音は響くことは無く、男の拳は血霧と化したヴァルプルギスの肉体を通過した。
手応えのない結果に、男はたたらを踏んだ。
「え?」
男は予想外の事態に、思考を真っ白に染め上げて、その隙をついたヴァルプルギスに噛みつかれた。
我が彼らに求めたのは、不死身の怪物としての在り方だ。
彼らの担う役割を思えば、それは当然の帰結だった。
「ネモ様」
呼び掛けに振り向けば、そこにはいつの間にかリリスたち三人がいた。我からの指示を果たしたのだろう。
「準備は整いました」
「そうか」
ふと、スカーレットの手元を見遣れば、所在なさげに街道の魔道具を弄っていた。
それが彼女らへの指示だった。手分けしてミズガルズ周辺の街道の魔道具を撤去してもらったのだ。あれがあっては、今回の試みの邪魔になった。
「しばし待て、この宴が終わる時まで」
「はい、ネモ様の仰せのままに」
紅き月の見守る中、今宵、ミズガルズにいた人類はロクな抵抗も許されぬまま全滅した。
我が眼前に跪くは、ミズガルズの人類掃討を成し遂げた元ミズガルズ市長ヴォルフガングにして、新たなる始祖魔族『月下の冥王』ヴァルプルギス。
そして、その眷属となった数百のサバトたち。
やはり、そこまで数を増やすことはなかったか。
この都市はおよそ数十万の人口を抱えていたはずだ。しかし、その中からサバトとなったのは僅か数百。
これは生存能力へのリソースを極端に割り振ったため仕方の無いことではあった。始祖たるヴァルプルギスであれば、眷属化は確実に起こすことのできるチカラだ。しかし、その眷属であるサバトによる眷属化の成功率は低い。
何せ、ただ魔族と化しても素体が人類である以上、そのままでは味方になってくれるとは限らない。そのために、こちら側の知り得る真実と、それを受け入れるだけの精神性への変容を為す必要があった。
ヴァルプルギスは、その両方を十全にこなすことができる。しかし、サバトは保有できるチカラの関係上、真実は十全に伝えることができるが、精神の変容は最低限とならざるをえず、多くの人類が聖心教の教えを土台とした精神を持つ以上、眷属化という真逆の在り方への変容を拒絶することは致し方の無いことだった。
事前に我が受け入れやすい話をしてもこの程度か。
「面を上げよ」
我のその言葉に、一斉に俯かせていた顔を上げるヴァルプルギスとその眷属たち。
「汝らはここに贖いの機会を得た。人類の犯した罪を、汝らは知り得た。汝らは世界の終末を回避する救世主の一人となれる。汝らは愚かな人類を、滅ぼすことができる」
?いや、そうだ。救うのだ。
「汝らこそが、この時代の英雄となり得るのだ。躊躇うな、恐れるな、正義は我らにある!」
「「「ウォォォォオオオオ!!」」」
我の演説に、サバトたちが雄叫びを上げる。
「行け!我の耳となり、目となり、影となり、世界を救う礎を築け!」
我の言葉に、サバトたちは己の役割を自覚し、人類だった頃の記憶を頼りに四方八方に散っていった。
これこそが、彼らに求める役割。
人類を素体とした理由。
モチーフとなった怪物のもう一つの側面である神出鬼没もまた、彼らの在り方。
魔王の諜報機関だ。
我にとって、諜報機関に求められる資質は二つ。
正しい情報を掴むこと。
必ず情報を届けること。
人類であった以上、そして、人類であった頃とその肉体にほとんどの違いはない以上、彼らが潜入するのは簡単だ。そして、人類に成りすませばまず、疑われずに情報を得ることができる。
そして、万が一にもその正体が暴かれたとしても、彼らはその生存能力によって、必ず撤退を果たし、我に情報を届けてくれることだろう。
人類たちの動向を知ることで、より効率良く世界の修復を果たせることだろう。
あとは、一つずつこなしていけば良い。
「さて、ヴァルプルギス。もう一仕事、頼まれてくれるな?」
「勿論でございます、魔王陛下。我が忠誠は既に貴方様に全て捧げております」
一人残ったヴァルプルギスは、慇懃な礼でもって我が問い掛けに答えた。




