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私の魔王様  作者: 龍崎 明
序編 魔王再臨
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2.自失

 意識を浮上させる。自身が仰向けに臥せ、手を組んで腹の上に乗せていることを自覚する。背から伝わるのはゴツゴツとした硬い感触。にもかかわらず、後頭部から伝わるのは柔らかな感触だった。鼻腔を擽ぐる甘い香りが、やけに優しげに感ぜられる。


 目蓋を押し開けると、視界に映り込んだのは美しい女性だった。


 長い銀糸のような艶やかな髪、それと同色のハッキリとした眉と瞳をクッキリとさせる睫、スッと通った鼻梁、陶磁器のような白皙の肌。視線の合った瞳は鮮やかな紅に輝いていて、色気に濡れる唇は聖女のように慈愛に溢れ魔女のように悪戯げな微笑を浮かべていた。


「おはようございます、魔王様」


 そんな絶世の美女の声は、その意味を理解するのがたっぷり数十秒ほど遅れるほどに魅惑的だった。


「……あぁ、おはよう」


 呆けた、自分でも失笑しかねないないようなそんな声で応えた。それに対して美女は微笑を僅かに深めながら、自己紹介を始めた。


「私は、魔王様の補佐を幻竜王様より仰せつかりました。夢の精霊が一体、名をリリスと申します。以後、末永く宜しくお願い致します」


 リリスと名乗ったその女性は、そう言って目蓋を閉じ僅かに頭を下げる。そこで自身が膝枕をされていることを遅ればせながら認識した。


 羞恥心が急激に身体中を熱くする。耳の先に一際、強く熱を感じ、顔面にそれが移るのにそう時間は掛かるまいと、妙に冷静な部分が囁いた。


「どうなされましたか?」


 既に頭を上げ目蓋も開けていたリリスに動揺を悟られる。


「いや、今の状態は話をするのに不適切だな、と」

「あぁ、確かにそうかもしれませんね。これは失礼致しました。どうぞ、起き上がりなさいませ」

「あぁ、ありがとう」


 正直な自分の言葉に、特に疑問を持った様子も無くリリスは、起き上がるのを手伝うためこちらの肩にその白魚の手を添えた。それに少しの名残惜しさのようなものを感じながら、自身の身体を起こすために行動した。


 そして、視界からリリスが消え、自身が何処にいるのかを遅ればせながら知る。……洞窟、だろうか。自身の背丈の二、三倍ほどの高さに見える鋭い岩垂氷、ヌラヌラとしたように見える岩壁。自然にできた鍾乳洞だろうかと、少ない知識で判断するもその道の専門家ではない自分では考察と辛うじて言えるものはその程度。


 この現状の詳細を知るだろう唯一の手掛かりの方に、立ち上がって振り返る。相も変わらず(にこ)やかな表情で正座をしたリリスの姿が視界に映る。嫋やかな肢体もまた美しく、形の良い胸に押し上げられた金糸と銀糸で幾何学的に飾られた黒衣がそれをさらに際立たせていた。


「リリス、だったか?」

「はい、夢の精霊が一体、名をリリスと申します、魔王様」

「立たないのか?その、この床では脚が痛いと思うが」

「魔王様は、痛みがございましたか?」


 自分の率直な当然だろう疑問は、何故か答えではなく質問で返された。


 自分に痛みが無かったか、と問われれば、当然、あったと答えるものだと常識が即答する。だが、改めて尋ねられると、先程までその痛みを感じる程度に凹凸があるはずの岩床で寝ていた時、自分は凹凸を感じるだけで痛みは無かったように思う。


 それを確かめるように、自分は腰を下ろした。


「無い……」


 ポツリとそう言っていた。それを返答としたかリリスが口を開く。


「はい、私や魔王様のような肉体を持たない存在に、通常の痛みはございません。それは別として、御配慮のほど嬉しく思います」

「そうか……」


 ……息が詰まるかのような錯覚があった。リリスは本当に嬉しそうに笑ったのだ。それはどこまでも澄み渡る空のような透明な喜色が窺えるように思えた。


 しばらく間があったが、その間にリリスが次の言葉を紡ぐことはなかった。そして、自分の名乗りがまだであったことに気づく。


「あぁ、遅れてすまないな。こちらも名乗ろう、自分は……」


 そこで、はたと思う、己の名は何だったろうか?いや、そればかりか両親の姿は?兄弟姉妹はいただろうか?友人は?経歴は?


 積み重ねたはずの人生の記憶がゴッソリと抜け落ちていた。一般的なイメージとして経験に分類される記憶は無く、あるのは知識とされるもの。数学や地理、歴史をはじめとした学問、時代の流れとともに移り行く常識という名の偏見、当然の如く享受し生活を簡便にした文明の利器、余暇を潰しても消費し切れない娯楽……それだけの知識を覚えている。だが、経験の記憶は無かった。


「どうなされましたか?」

「記憶が、無い……」

「なるほど、しかし、名前までも忘却していたとはこちらとしても予想外ですね。お気を確かに、魔王様。それは正常なことでございます」


 自分の茫然自失したような様子に、リリスが慰めなのか(とど)めなのかわからない言葉を掛ける。


「何を知っている?」

「その前に、魔王様。自身がこうなる直前のこと、自身が魔王と呼ばれることに違和感を抱かれないその理由を、思い出してくださいませ」

「直前……」


 リリスの言葉に導かれるように、夢見のような記憶が呼び覚まされる。


 この世界のこと、幻竜王の威容、その頼みを引き受けたこと……既に自身は大凡(おおよそ)の事情を把握していた。

しばらく説明回が続きます

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