19.散策
我らはスカーレットの案内に従って、商店街の方に繰り出した。
威勢の良い声で客寄せする店主たちと、その声に誘われてフラフラする客とで、通りはごった返している。ある程度の人の流れはあるものの、ボーッとしていれば、すぐさま逸れてしまうだろう。
「不快ですね」
群れる人類に対するリリスの一言だ。まぁ、このようなところであれば、リリスでなくとも不快感を示す者はいるだろう。
「いやぁ、普段はもうちょい大人しいんだけど、祭り時だからね。アタシもあんまり顔出さないから、忘れていたよ」
「まぁ、良い。しかし、食品の種類が豊富だな」
「あぁ、それは魔法で環境を整えて、時期外れのモノさえ生育させてるからだよ。魔法の戦闘利用が本流なのは、今でも変わらないけど、他のことに目を向ける程度には、人類にも余裕があるってことの証左だね」
余裕、か。結局のところ、魔法を使えば使うほど、世界は乱れ、自滅することになるというのに、無知なるは罪というか、無謀というか。
まぁ、知っていたとして、それを認め、それを危険視し、便利なモノを手放すことができる人類がどれだけいるのだろうか。
「本屋はないの?」
「本屋かい?あるにはあるけど、魔道書ばっかりだよ?」
ベルトリンデの問い掛けに、スカーレットが答える。自分の目で確認したいらしいベルトリンデは、それでもいいと案内を促した。我らは他に目的もないので、それに大人しく従った。
「確かに、魔道書ばかりだな」
本屋に入った我は、目についた本をペラペラとめくりながら呟いた。
なお、この世界における魔道書とは、ただの研究報告のようなモノだ。それそのものに力が宿る場合は、魔導書と呼ばれる魔道具であり別物だ。
「『ヴォルフガングの基礎理論』か。ふむ、魔力に対する危惧も一応、書かれているな」
「ん?あぁ、それ今の市長の著作だよ」
我が流し読んでいた本の著者について、スカーレットが言葉を寄越す。
「市長か、随分と出世しているのだな」
「あぁ、普通はそう思うよねぇ。でも、ここミズガルズの場合、市長は閑職だよ。魔法研究の資金は各国からの投資で賄っているんだけど、それはそれとして自由に研究したい連中が独立自治を維持する方針を絶対のものにしてるから、権力欲に取り憑かれる前に過労死することが大半だよ。確か、彼は基礎研究ばかりしていたから、派手な応用系研究者たちから下に見られて押し付けられたんじゃなかったかなぁ」
不遇だな。本の内容からして、最悪を想定するタイプの思考回路を持っていそうだし、その点では政治家に適性があるとも言えるが。
人は見たくないものは見ないからな。この研究結果ならば、蹴落とされて当然か。
『以上のことから、魔力は世界を改変するのではなく、歪曲させているに過ぎない。である以上、正常な状態への揺り戻しによって、人類に多大な害を及ぼす可能性がある。』
魔力が招く厄災。それは確かに存在する。そして、それは人類どころではなく、世界の終末にまで波及することになるのが実際のところだ。
まぁ、市長も人類の端くれである以上、人類側の立場で物事を述べるだろうから、人類への害と書いたのにも他意はなかろう。好感の持てる人物であるが、さて、生き残るかどうかは運次第だな。顔を知らんしな。
「これですか、ベルトリンデ」
「えぇ、ありがとう」
声した方に視線を向ければ、小柄なベルトリンデでは届かない位置の本を、リリスが取っていた。そこだけ見れば、仲の良い美人姉妹のようにも思えるが、容姿は全く似ていない。まぁ、リリスの認識阻害の幻術によって、案外、外から見れば本当に姉妹に見えているかもしれないが。
ベルトリンデが確認しているのは、僅かな物語系の書籍だ。あまり売れないのか、店内の隅に乱雑に陳列されている。
恋愛ものだろうと冒険活劇だろうとお構いなしだ。あそこから自分の趣味に合うモノを見つけ出すのは、少々手間だ。
「意外だな、彼女、君以外に興味無さそうなのに」
スカーレットもまた、我の視線を追って見ていたらしい。そのような言葉が聞こえた。
「さてな、そもそもリリスがどうして、我に執着しているのかが分からないので何とも言えん。お前との対話の中で、先代への想いの片鱗は覗けたが……」
「あはは……いや、藪を突いて蛇を出すわけにもいかないしね。本人に聞くのも憚られるかな」
「そうだ。結局、信じる他にないのだ」
スカーレットの苦笑に含むものはない。彼女の方は、一応、割り切りができているのだろうか。
信じる他にない、か。リリスはこの世界に現れてから、ずっと共にいる存在だ。信じたいだけではないのか?
思わず自嘲的な微笑が浮かぶ。
「ネモ様、お待たせ致しました」
思考の流れから離れれば、本を抱えたベルトリンデとリリスがそばにいた。
「では、出るか」
我の言葉に皆が頷くのを確認して歩き出す。その後を、リリスが続く。
彼女に出会ってまだ、短い。だというのに、我はまるで長き時を過ごした親しき間柄のような心地であった。




